フライ
星賀 勇一郎
プロローグ
窓ガラスに垂れる水滴は、外気と店の中の気温差と湿度のせいだった。店の前に停まった大型トラックの数は、その店の味の良さを示していて、そのトラックやタクシーの運転手などで店はいつもいっぱいだった。
石油ストーブにかけられた薄汚れたやかんの口は、一定のリズムで湯気を吐き出している。
男はその運転手たちの中にまぎれ、その店の名物のおでんと大盛の飯を食らう。
「兄ちゃん、お代わりいらんね」
その店を切り盛りする腰の曲がった老婆は、男に言う。
「大丈夫よ。ありがと」
男は老婆に微笑み小さく頭を下げた。
最近ようやく替えた、天井から吊られた液晶テレビでは昼のニュースをやっていた。
「先日起きました、松本栄一郎議員狙撃事件ですが、いまだに捜査の進展はなく、地元は厳戒態勢のままで、現在も数百名の警察官が非常線を張り、検問を続けております」
昼のニュースを他人事の様に読み上げるニュースキャスターは、それを溢れ返る事件の一つとして淡々と口にした。
「まだ、捕まっちょらんとね…。
そのニュースに見入って箸を止めた運転手が呟く様に言った。
「こがんか田舎にゃ、関係無かばってんねぇ」
横に座ったタクシーの運転手がラーメンをすすりながら同じ様にニュースを見ていた。
男もその会話につられ、テレビに視線をやった。
現地の、雪深い目が痛くなる様な真っ白な映像が流れていた。事件現場は北陸のその町出身の国会議員の自宅前で、そこで撃たれた松本栄一郎は即死だった。しかし至近距離から撃たれた訳ではなく、手掛かりはまったく掴めていない様子だった。
「ご馳走さん」
男はそう言って立ち上がる。
その声に店主の老婆はゆっくりと歩いて、古いレジスターの前に移動した。
「おばちゃん、美味かった…」
男はレジの横にある金を置く青いプラスチックのトレイに千円札を一枚出した。
「ありがとね…。七百円ね」
老婆は千円札を取ると指で弾き、札が一枚である事を確認する。これも老婆の癖なのだろう。レジの中からお釣りを取ると男に渡した。
「また来てね」
老婆はニコニコと微笑んで顔をくしゃくしゃにした。
男は曇った入口のドアを開けて、外に出た。
今年最大級の寒気が来ているらしく、外の冷え込みは肌を切るかの様だった。
今にも雪が落ちて来そうな灰色の空を男は目を細めて見上げる。そして上着の前を合わせると、大型トラックの間に停めた車まで小走りに走った。
「ここに帰って来る事になるとはな…」
車に乗り込んだ男は、そう呟いてエンジンをかけた。そして勢いよく車はその店の駐車場を出て行った。
海岸線に沿って作られた道幅の狭い国道には、強い風に煽られて飛沫を上げる波が時折打ち上がっていた。
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