第346話 憧憬

『あははは、本当だ! これって絶対に血筋だよね! …って、ごめんごめん、何でもないからねー』


 結菜さんの大笑いに、ゆーちゃん共々、当の本人たちがキョトンとしてこちらを振り向く。

けれど、笑顔で手を振る母親を見て、すぐさま父娘の触れ合いに戻って行った。


「結菜さん、声、デカすぎですよ。」

『だって、すっごく納得できちゃったんだもん。あの子たちに会ったら、あやとすずがどんな顔するか見てみたいね』


 結菜さんは何でもない事のように、あっけらかんと言ってのける。

しかし、それは現実では成し得ないことだ。

あの子たちは、現世この世に生を受けることが叶わなかったのだから…


「あの子たちを産んであげたいな…」


 アタシは我知らず、以前から心の中で燻っていたことを口にしていた。


 結菜さんと出会って以来、アタシはこの人に強く惹かれ、知らず知らずのうちに同調していた。

形こそ違うけれど、きっと自分と彼女の境遇を重ねていたのだろう、とても他人事とは思えなかった。

アタシが女性おんなとしてゆーちゃんと愛し合いたいと、彼の子を産みたいと思ったのも、結菜さんと陽菜、輝菜のことが切っ掛けなのは間違いないのだ。


 しかし、だからと言って、思ったことをそのまま言葉にして良いわけではない。

あれはこの人の前では決して言ってはいけないことだ。

アタシは自らの心ない一言を悔いた。


「ごめんなさい、アタシ…」


 先ほどの姉妹へのことと言い、度重なる失言に唇を噛んで俯くアタシに、結菜さんは柔らかな笑みを向けてくれる…


『ありがとう、まりちゃん。あの子たちのことを想ってくれたんだよね』


自分は傷ついていないと言うように、アタシの膝にそっと手を添えて…


『でもね、あの子たちも、わたしも、今とっても幸せなの。だって、わたしたちは一緒に居られて、ゆーちゃんに会えるんだもの』


 世の中には二度と家族に会えなくなるような人もいる。

けれど自分たちはそうではないのだと、たとえどのような形でも共にあることが出来るのだと…


『だから、まりちゃんは、まりちゃんの子どもを産んであげて? 他の誰の子でもない、まりちゃんとゆーちゃんの子どもを、ね?』

「結菜さん…」


 結菜さんの言葉を聞いて、先日ゆーちゃんに話したことが頭に浮かんだ。


『アタシ、思い出したんだよ、小さい頃、お母さんみたいな母親になりたいと思ってたこと』


 幼い頃のアタシにとって、母親は女性としての、子を持つ母としての唯一のお手本であり憧れだった。

けれど今、アタシの目の前にはもう一人、憧れの人がいる。


 結菜さんのように、優しさと強さを持った、慈しみ深い女性ひとでありたい…


 アタシの中に、また一つ、新たな希望が芽生えていた。




『もう帰っちゃうの?』

『かえっちゃうの?』


 別れの時が近づいていた。

ゆーちゃんもアタシも、いつまでもここに留まることは出来ない。

ここはアタシたちが長く居るべき所ではないのだ。


「俺もまりちゃんも、また会いに来るよ。」

『いつ来てくれるの? 明日? 明後日?』

『ねえねえ、いついつ?』


 陽菜と輝菜は、芝生の上で胡座をかいたゆーちゃんにしがみついて離そうとしない。


『こーら、はる、あき、それじゃお父さんが困っちゃうでしょ?』

『だってー』

『だってー』


 二人はまるで双子のようにシンクロして駄々をこねる。

そんな二人をゆーちゃんは両手でギュッと抱きしめた。


「今度はいつになるか分からないけど、必ず会いに来る。俺はお前たちが大好きだからな。」

『お父さん!』『おとうさん!』


 互いの想いをしっかりと伝え合う父と娘。

アタシは瞳を細め、その美しい光景を見つめていた。



※ キャラ紹介はこちらです。

https://kakuyomu.jp/works/16816927861936465299/episodes/16817330657545683445


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る