第273話 将来計画

 6月最初の月曜日、今日もアデラインと昼の司書当番として司書コーナーに座っていた。

平素は利用者もなくほとんど二人きりなのだが、今日は珍しくゲストが遊びに来ている。


義妹いもうとちゃんも、大胆になったよねー」

「お兄さまが、遠慮することはないと仰ってくださいましたので…」

「アディーがしたいようにすると良いよ、俺も嬉しいしね。」

「はい…////」

「うわぁ、甘々だぁ、わたしには最早毒々だよぉ。」

「ふふ、二人とも絵になっていて、とても良いと思いますよ?」


 この時間の俺たちの過ごし方は、アデラインが俺にピタリとくっついて左肩に頭を預けて手を恋人繋ぎにするのが定番となっていた。

最初のうちこそ俺の恋人たちや利用者の目を気にしていた彼女も、最近は誰憚ることなく寄り添っている。


「まりちゃんは先週甘えてたけど、神崎さんはこんな風にしないよねぇ。」

「私は元々が堅めの性格ですので、学園では難しいですね。うちではたくさん抱っこしてもらいますけど。」

「アタシは先週で懲りた、やっぱ、キャラじゃないことって出来ないわー」


 先週金曜日にまりちゃんが見せた甘えっぷりは、クラスメイトの弄りに合わせたノリだった。

前々から一度やってみたいとは思っていたようだが、結果は今彼女が言ったとおりだったらしい。

 俺としては既に気持ちが通じ合っていることは分かっているので、彼女たちが好きに振る舞ってくれればそれで良いと思っている。

もっとも、触れ合いを求められれば嬉しいと思うことも、また事実なのだが。


「ふ〜ん、じゃあ、まりちゃんは神崎さんみたいに、悠樹くんと手を繋いで登校とかってしないの?」

「あー、あれねー、アタシは無理かなー、ってか、そもそも通学路違うし、出来ないじゃん。」

「例えばよ、た・と・え・ば。でも、そっかぁ、まりちゃんが悠樹くんと手を繋いで登校したら、わたしは一人寂しくトボトボ歩くことになっちゃうのかぁ…」

「いや、だから、ないっつーの、アタシはこれからも由香里と一緒だから。」

「うう、まりちゃん、ありがとう、やっぱ親友だよねぇ。」

「まあ、ほら、由香里と通学するのも、あと2年我慢すりゃ良いんだし。」

「ちょっと、それ酷くない?! まりちゃん、そんな風に思ってたの?!」

「冗談よ、じょ・お・だ・ん。由香里ぃ、アンタ今日はテンションおかしいよ?」


 今日の由香里さんは、朝から浮き沈みが激しかった。

登校して来た俺を捕まえて問い詰めたかと思えば、祝ってくれたり嘆いたりを行ったり来たり、とにかく一喜一憂の振り幅が大きかったのだ。

親友が自分の想い人と恋人同士になってしまったのだから心が乱れてしまうのは致し方ないとは思うものの、正直大丈夫なのかと心配になってしまうレベルだった。


「分かってるよぉ、でも、しょうがないじゃない、多分明日には元に戻ってるから、今日1日は大目に見て!」


 傷心の彼女にそう言われて仕舞えば、もう誰も何も言えないだろう。

と、この場にいる四人のうち三人は思ったのだが、一人だけは違っていた。


「じゃあ、今日だけだからね。明日、元の由香里に戻ってなかったら絶交だよ?」

「ええぇ?! それ厳しくない?! ちょっとくらい引きずるかも知れないじゃない。」

「ダーメ、自分が1日って言ったんだから、ちゃんと守ること!」

「ぐっ、強気に出たなぁ? 今に見てなさいよぉ? わたしだってぇー!」


 由香里さんは拳を力強くグッと握りしめた。


 言葉をかけることが出来なかった俺と愛花、アデラインと違い、まりちゃんは普段と何ら変わらない遣り取りで由香里さんを奮起させた。

きっとこれこそが、互いに認め合った親友と言うものなのだろう。

俺にはその繋がりの強さが、とても眩しく感じられた。




「これで六人かぁ、バレーボールが出来るよね。」

「彩菜さんは球技得意でしょうけど、私は役に立ちませんから、マネージャーってことでお願いします。」


 清澄家での晩御飯が終わり、いつものお茶会が始まっていた。

当然の如く、まりちゃんが俺の恋人になったことが最初の話題だった。


「あら、じゃあ、最低でももう一人は必要ってことよね、悠樹くん、次の予定は?」

「ありません、大体、彼女ってスケジュール立てて作るものじゃないでしょう。」


 彼女や彼氏が計画どおりに出来るなら、世の男女は誰も苦労しないだろう。

そうではないから皆、必死になるし、場合によっては涙を飲むことになるのだ。


「あなた、アデラインがうちに来る時にも、同じこと言ってたわよね。」

「それはそうですけど…」

「ねえ、あなたたち、次の候補はどうなってるの?」


 美菜さんが恋人たちに話を振った。

この状況に既視感デジャヴュを感じるのは気のせいだろうか…。

このあと、勉強会メンバーをはじめとして数人の名前が上がったのだが、俺が貝のように口を閉ざしたのは言うまでもないだろう。


「うち、本格的に下宿屋始めようかしら。」

「いっそ建て替えて、ゆうくんの彼女専用マンションにしちゃう?」

「それなら後々のことを考えて、1LDKや2LDKの部屋も必要ですよね。」

「愛花ちゃん、後々って?」

「子育てする人もいるでしょうから、世帯用がないと困ると思いますよ?」

「そうか、じゃあ、私は2LDKで決まりかな。ゆうの子供、二人は産みたいし。」

「あたしも2LDK希望! アディーはどうする?」

「わ、私は、お兄さまがお望みでしたら何人でも!」

「アデラインさんは、ペントハウスが良いかも知れませんね。」

「分かったわ、駅前の不動産屋にタワマン建てさせるわね。」


 最後は不動産屋にまでお鉢が回ってしまった。

話の流れで言ったことだとは思うのだが、美菜さんが言うと冗談に聞こえないところが怖い。

取り敢えず、紗代莉さんが新居の引き渡しを受けるまでは、美菜さんには自重してもらおうと思う。


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