第169話 お出迎え

 1月最後の土曜日、俺と恋人三人は朝から電車に揺られていた。

この路線の電車はほとんどが通勤仕様のロングシートなのだが、稀に車内の前後のみがボックスシートになった車両が併結されていることがあり、今回は上手い具合にその席に四人揃って座ることが出来ていた。


「ねえ、ゆう、手土産だけど、本当に、前と同じので良かったの?」

「ああ、大丈夫だ。寧ろ、爺さんからリクエストされたくらいだからな。」


 今日は四人で、祖父の新居を訪れることにしている。

祖父はこれまで1LDKのマンションに一人暮らしをしていたのだが、キャロラインさんと再婚するにあたり、駅前に3LDKの中古物件を購入していた。

キャロラインさんが同居するのは3月になってからの予定なのだけれど、一足先に引っ越した祖父から、ぜひ見に来いとお声がかかったのだ。


「今日はアデラインさんも居るんですよね。受験勉強の邪魔にならないでしょうか。」

「大丈夫じゃないかな。入試は自信があるみたいだし、無理してまで顔は出さないよ。」


 同居はしていないけれど、新居ではグリーン母娘も出迎えてくれるらしく、昨日、アデラインから楽しみにしているとメッセージが来ていた。

先日我が家に来てくれた時に、皆で再会を約束してから存外に早く顔を合わせることになったのは、嬉しい誤算と言うものだろう。

ちなみに、愛花の言葉使いが敬語に戻っているのは、彩菜と涼菜にはタメ口を使えないので、俺も含めて敬語で通しているためだ。


「みんなで遠くに行くのって、初めてだね。すっごく楽しみ♪」

「今日は、すずの息抜きも兼ねてるからな、気楽に過ごすと良いよ。」

「うん、ありがとう。ゆうくん、大好き♪」


 ちゅっ♪


 涼菜が目尻をふにゃりと下げながら俺に抱きついてきて唇の端っこに瑞々しい唇を触れさせるので、こちらからも返礼とばかりに彼女のすべすべの額に口づけを落とした。


「ありがとう、すず、俺も大好きだよ。」


 ちゅっ…


「ふにゃ〜、朝から大サービスだ〜、ふにゃふにゃ〜♪」


「まったく、二人とも、何やってるんだか。」

「ふふ、微笑ましくて、良いじゃないですか。それに、この前の学園での彩菜さんも、中々でしたよ?」

「うー、しょうがないじゃない、目の前にゆうが居たら、ああなるわよ。」

「って、ことですよね? 涼菜さん、彩菜さんのOK出ましたよ、存分に甘えてください。」

「わーい♪  愛花さん、あやねえ、ありがとう♪  えへへ、ゆうくーん♪」

「よしよし、すずは可愛いな。」


 この様子を学園生が見れば、またしても所構わずイチャイチャしていると噂が立ちそうだが、これが俺たち四人の日常なのだから、隠すこともなければ遠慮することもない。

土曜日とは言え、他に乗客がいない訳ではないけれど、俺たちは目的地まで学生らしく(?)明るく戯れながら過ごしていた。




 時刻は10時半になり、電車は目的地の駅に到着した。

改札を抜けてからスマホを取り出し、祖父に駅に到着したことを連絡しようとしていると、直ぐ側から若々しく透き通った女性の声がかかった。


「皆さん、いらっしゃいませ、お待ちしていました。」


 振り返らなくても分かる、その声の主はアデラインだった。

彼女は俺たちが駅に着く時刻を予測して、駅前で待っていてくれたのだ。


「こんにちは、アディー、寒かったよね、大丈夫?」

「大丈夫です、電車に乗られる時にご連絡いただきましたから、ご到着に合わせて来られました。」

「それにしても、爺さんには、寒いから迎えはいらないって言ったんだけどな。」

「おじさまはそう仰ってましたけど、わたしが皆さんに早くお会いしたくて、勝手にお迎えに上がったのです。」

「そっか…、ありがとう、アディー、俺たちも会いたかったよ。」


 俺の言葉にアデラインは翠眼を細めてふわりと口元を緩める。

彼女の頬が桜色を帯びているのは、寒さのためだけではなさそうだ。

そんな俺たちの様子を見ていた愛花が、恋人たちを代表して苦笑混じりに一言くれた。


「お二人とも、再会が嬉しいのは分かりますけど、このままじゃ、風邪を引いちゃいますよ? そろそろ行きませんか?」

「愛花ちゃん、お熱い二人は大丈夫なんじゃない?」

「あたしたちの心には寒風が吹いてるけどねー、おお寒い。」

「へ? す、すみません、直ぐにご案内しますね!」


 アデラインは三人の揶揄いに気づくことなく、大慌てでマンションへ案内してくれる。

その遣り取りを見ながら、今度は俺が苦笑いを浮かべていた。




「こちらが、おじさまの新しいお住まいです。」

「へえ、中古と聞いてたけど、結構新しそうだな。」


 キー操作をしてエントランスに入るアデラインに続いて、四人でホールの中へと進む。

コンシェルジュは居ないものの、セキュリティーもしっかりしていそうで、中々良い物件のようだ。


「お部屋は3階です。下層階なので、お安かったそうですよ。」


 後で祖父に聞いたところ、もっと上の階にも出物はあったのだが、キャロラインさんがエレベーターで他人と居合わせるのが苦手だと言うことで、3階の部屋にしたそうだ。

きっと他の部分でも、彼女を気遣って新居を選んでいるに違いない。

そんなところが、昔から女性にモテていた所以なのだろう。


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