第166話 デート

「ゆ、悠樹くん! 日曜日に、わたしとデートしてください!」

「うん、良いよ。どこか行きたい所とかある?」

「…へ? い、良いんだ…」

「誕生日のお祝いにってことだよね、俺は構わないよ?」


 今日はわたしの誕生日、日付が変わった途端に、まりちゃんを始めとするいつもの仲良しメンバーから、お祝いのメッセージが届いていた。

その中の一つ、悠樹くんのメッセージに『誕生日のお祝いに何かリクエストがあれば応える』という一文を見つけて、わたしは小躍りした。

 もちろん、彼が言いたかったのは、今度の土曜日に予定してくれている、わたしのお誕生会の料理のことだろうと思っていた。

けれど、それらしきことが書かれていなかったのを良いことに、普段出来ないことをお願いすることにして、今朝、学園に登校してから思い切って彼にリクエストした結果が先ほどの遣り取りだった。


 なんと、悠樹くんは料理のことではなく、メッセージの文面どおり、わたしに何かしてほしいことがあれば、出来る限りのことをしてくれようと思っていたのだ。




「う〜ん、気持ち良い〜、晴れてくれて良かったぁ。」

「くすっ、そうだね。でも、ホントに、ここで良かったの?」


 日曜日の朝、悠樹くんと一緒に□△市の市民公園に来ていた。

彼にデートを申し込んだ時は、映画を観に行くとか、ショッピングモールで買い物に付き合ってもらうとか、様々なことを考えたのだが、今ひとつピンと来なかった。

以前、彼氏がいた頃はそんな感じでデートもしたけど、実のところ、わたし自身があまり人混みを好まないので、それほど楽しいとは思っていなかったのだ。


 悠樹くんに聞く訳にもいかないので、彼の恋人の一人である神崎さんに相談してみると、彼女はこう教えてくれた。


『南雲さんが、本当に好きな場所に行くのが良いと思いますよ? 悠樹はこちらに合わせることを苦にしませんし、寧ろ南雲さんが好きだと思うことが分かって、喜んでくれると思いますからね。』


 友人とは言え、自分の恋人が他の女の子と二人きりで遊びに行くというのに、焼きもちを焼くどころかアドバイスまでしてくれる彼女に、悠樹くんとはお互いに信頼し合っているという余裕を感じて、こちらの方が嫉妬を覚えてしまう。

多分、こういうところが、わたしと彼の恋人たちとの大きな違いなのだろうと思った。


「うん、実はわたし、人混みとか苦手で、こういう所でぼーっとしてるのが好きだったりするんだよねぇ。」

「そうだったんだね、俺もどっちかと言うと、そっち派かな、こういう所で風を感じながら過ごすとかって、気持ちが良いよね。」

「うん、そう、そうなの! ああ、悠樹くんが分かる人で良かったよぉ。」


 きっと、人によっては何も面白いものがなくて、つまらないと言うだろう。

何にも煩わされることなく、ひたすらにのんびり出来る時間と空間を得られることが、どれだけ貴重なことかということを知らない人にとっては、そんなものなのだ。


 だから今までは、誰かと一緒にここに来ようと思ったことはなかった。

この感覚を誰かと共有できるとは、思っていなかった。

けれど、今日は悠樹くんが隣にいて、わたしと同じ気持ちで楽しんでくれている。

はたして、こんなに嬉しいことがあるだろうか。

神崎さんに教えてもらったとおり、彼をこの場所に誘って本当に良かった。




 暫く二人で公園内を散策してから、東屋のベンチに座って休憩した。

悠樹くんは温かいお茶や軽食を用意してくれていて、わたしたちは少し早めの昼食を摂ることにした。


「うん、美味しい! サンドウィッチってこんなに美味しい食べ物だって知らなかったよ!」

「大袈裟だよ、今朝、冷蔵庫の中にあったもので、簡単に作っただけだから。」

「ううん、そんなことない、やっぱり悠樹くんは、お料理上手だよねぇ、神崎さんたちが羨ましいよぉ。」


 昨日開いてもらったお誕生会でご馳走になった料理もそうだったけど、悠樹くんの作るものはどれも本当に美味しい。

わたしの場合は、母親が家を出てから、何も出来ない父親には任せられないので仕方なく家事をするようになって、料理も好きでしている訳じゃない。

悠樹くんも、両親が亡くなって、彼がするしかなかったのだと言っていたのに、この差は一体何だろう…。


 そんなことを考えていたら、わたしと悠樹くんの間には、大きな溝があるような気がしてきた。

折角共感できることを見つけたと思ったのに、なぜこんなことを考えてしまうのだろう。

わたしは、何だか悲しくなって来ていた。


「由香里さん? どうかした?」


沈んだ気持ちが出てしまっていたのだろう、悠樹くんが声をかけてくれた。


 わたしを気遣ってくれる彼の優しい声が、心に染みる。

フラれたことを納得するためと言って、ただ付き纏っているだけのわたしを、悠樹くんは友人だと言ってくれる。

今日もこうして誕生日のお祝いだと、晴れているとはいえ真冬の寒々しい公園に、何も言わずにランチまで用意して付き合ってくれている。

 ただ、優しいだけじゃない。

普段から出来ないことは出来ないと、ダメなことはダメだと言ってくれる。

わたしのことをしっかりと見て、わたしのことを思いやって物事を考えてくれる。


 こんな人、他のどこにもいる筈がない。

 この人から、離れることなんて出来はしない。


わたしは我知らず涙を零していた。


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