第87話 おしどり夫婦
ゆうくんの部屋のドアを、音を立てないようにゆっくり開ける。
そ〜っと中に入ると、ベッドの上で寄り添って寝ているゆうくんとあやねえが目に入った。
忍び足でベッドに近づいて、二人を見下ろす。
あやねえの様子を見ると、顔に赤みが差していて少し呼吸が早いかなと思うものの、穏やかな表情で眠っているのでホッとした。
体温を測ってみようかと思ったけど、うちの体温計は耳に入れるタイプなので起こしてしまうかも知れない。
仕方なくおでこにそっと手を当ててみると、やはり熱かった。
添い寝しているゆうくんが、あやねえの髪を指にくるくると巻いていたので、思わずくすくす笑ってしまった。
もちろん声を顰めている。
普段、三人で寛いでいる時も、ゆうくんはあやねえの髪を弄んでいることがある。
指で梳いてみたり、ぱらぱらと広げてみたり、匂いを嗅いだり、ちょっと編んでみたりと様々な楽しみ方をしていて、一体どれだけ好きなんだと思ってしまう。
この前は、髪束の毛先であやねえの頬をくすぐって、彼女に怒られていた。
もっとも、怒っている筈のあやねえの顔はとても楽しそうだったけど。
こうして寄り添っている二人を見ていると、あらためてお似合いだなと思う。
あたしは時々二人のことを『夫婦』と呼ぶことがあるけど、冗談などではなくて本当にそう思っている。
朝、揃って学園に向かって歩き出す様子や、二人だけで話をしている時、リビングで戯れあっている姿などを見ると自然にそう思える。
それを特に強く感じるのは、夜、二人が睦み合っている時だ。
一つ一つの所作にお互いがどれだけ相手のことを良く知っていて大切に想っているかが見てとれるし、時に優しく、時に激しく繋がっている姿を見ても、この二人以外の組み合わせはあり得ないと思えてしまうほど綺麗なのだ。
どんな時でも、場所でも、常に寄り添って微笑んでいられる二人が夫婦でなかったら、一体なんだと言うのだろう。
おしどり夫婦とは、この二人のためにある言葉だと思う。
三人で同居を始める時、あやねえは、あたしたちは三人で一つだと言ってくれたけど、あたしは違うと思っている。
おしどり夫婦+α、やっぱり、あたしは+αなんだ。
あたしは、ゆうくんを愛しているし、ゆうくんもあたしに優しくしてくれる。
昨夜もたくさん可愛がってもらって嬉しかった。
たとえあたしが受け取っている愛情が、
心が壊れかけているこんなあたしに、二人は一緒に居ても良いと言ってくれたのだから…。
少しすると、あやねえがぶるっと身じろぎして、薄らと瞼を開けたと思ったら、口元に笑みを浮かべた。
あやねえは体を横向きにして丸まっているので、目の前にゆうくんがいるのが直ぐに分かったようだ。
彼女は
すると、今度はゆうくんがゆっくりと瞼を開けてにっこりと微笑んで、頬に触れているあやねえの手を大きな手で優しく包み込んだ。
二人は暫し見つめ合い…
「具合はどうだ?」
「ちょっと怠いかな。」
「もう少し熱が上がると思う、解熱剤を飲むか?」
「うん、そうする。」
「はい、これ。」
二人の会話を聞いて、サイドテーブルにあった解熱剤を箱から取り出してゆうくんに手渡す。
スポーツドリンクがベッドの上、ゆうくんの側に転がっていたので、それも渡した。
「ありがとう、すず、助かるよ。」
ゆうくんは受け取った解熱剤をケースから取り出して自分の口に入れる。
そして、スポーツドリンクを含んでから、あやねえの上半身だけを起こして、口移しで飲ませた。
「もっと…」
潤んだ瞳でゆうくんを見つめて、あやねえは弱々しくおかわりをせがんだ。
「分かった。」
あやねえのリクエストに応えて、ゆうくんはもう一度口移しする。
けれど、今度は唇が触れ合ったまま離れようとしない。
耳を澄ますと、くちゅくちゅと微かに音が聞こえてくる。
どうやら、二人はそのままキスを始めたようだ。
これには流石のあたしも苦言を呈さずにはいられない。
「ちょっと二人とも! それじゃあ、ゆうくんに病気が移っちゃうよー」
あたしの声が聞こえているのかいないのか、二人はそれから暫く甘い触れ合いに興じていた。
翌日、今度はゆうくんが発熱して、学園をお休みすることになった。
あやねえは、あの後ひと汗かいて徐々に熱は引いてきたけれど、今朝もまだ微熱が残っていて、やはり学園をお休みすることにした。
お母さんに相談すると、『まったく二人揃って何をやってるんだか』と呆れていたけれど、食事のお世話をしてくれることになり安心した。
あたしも学校をお休みして、二人の看病をすることにした。
と言うか、二人の監視だ。
ゆうくんとあやねえは二人っきりにしておくと、病人だと言うのに何をしだすか分かったもんじゃない。
まったく、夫婦仲が良いって言うのも考えものかも知れないね。
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