第776話 稲荷さん、大狐モードになる

 リンゴン、リンゴン、リンゴンと重い鐘の音が応接間まで聞こえてきた。この家の呼び鈴らしく、なかなかお腹に響いてくる音である。

 しばらくして、無表情のメイドさんがやってきた。


「ガイオス様とオーデン様がいらっしゃいましたが」

「はぁ……貴女の表情からすると、かなり荒れているみたいね」

「……申し訳ございません」


 レィティアさんの言葉に、メイドさんは表情も変えずに謝る。


「いいわ。私がいきます」

「私も行こう」

「あなた」

「まぁ、たまにはねぇ」


 稲荷さんがニヤリと悪そうな顔で笑みを浮かべて、レィティアさんの後をついて部屋を出ていく。

 私も様子を見に行ったほうがいいのか迷っているうちに、部屋の外が騒がしくなる。


『ほほお』


 イグノス様が面白そうな声をあげる。


「え、何です?」

「あー」

「稲荷のおっちゃん、やっちまったな」

「ちょ、何をやっちゃったって」


 マリンとノワールの言葉に、慌てて私は応接間を出る。

 玄関のフロアにはすでに人影はなく、外で何やら揉めているようだ。


『まったく、精霊の言葉もきちんと聞き取れないエルフなど、エルフではないだろうっ!』


 稲荷さんの太い声が外から聞こえてきたので顔を出してみると、狐の神様の姿になった稲荷さんが歯を剥きだしながら、地面で腰を抜かして倒れている二人のエルフを威嚇している。

 その二人が、里長と次期里長なのだろう。顔立ちのそっくりな二人は、血の気がひいて引きつった顔も同じだ。


「どういう状況?」


 ぽそっと呟いた私の隣に、するりとメイドさんがやってきた。


「奥様につっかかってきた彼らを、旦那様が追い出したんです」

「ほお。稲荷さん、やる~」


 二人は今回の森の火事の消火作業の後、火の手がレィティアさんの屋敷のあるほうからあがり森へと広がったこと、そこに巨大な黒いドラゴンの姿があったとの報告を受けて、慌ててやってきたらしい。

 それを、どういうことなのか、と食ってかかってきたのだとか。

 精霊たちの声が聞こえてたら、状況なんてすぐにわかったはずなのに。残念エルフたちである。


「ただ、ちょーっと強かったみたいで」

「な、なるほど?」


 玄関から押し出すだけに留まらず、勢いよく飛ばされて地面に転がるはめになったということらしい。

 そこで立ち上がって、また文句を言おうとしたものだから、稲荷さんもキレて神様モードになったらしい。

 

「はぁ……本当に、伯父様も従兄にいさんも、遅すぎるんですよ」

「な、なんだと」

「伯父様、どうしてこんなに精霊たちの声が聞こえなくなったと思います?」


 レィティアさんが頬に手をあて、深いため息をつく。


「あなたたちが大事にしていた、あの『緑の手』が精霊たちを使い潰してたからですよね」

「そ、そんな」

「えぇぇ、まさか、気付いていませんでしたの?」


 レィティアさんが、呆れたように声をあげる。


「グレースがそんなこと」

『していたから、声もあげられないような精霊しか残っていないのではないかっ』


 稲荷さんのどすの効いた声が辺りに響く。

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