3-7
やすみに良いところを見せられなくても、試合は淡々と進んで行く。
三回に俺達、OBチームが山形のタイムリーで一点先制。
続く四回には、泰明がセンターの頭上を悠々と越えるランニングホームランを放って見せた。
その影に隠れて俺は、三振にキャッチャーフライと良いところなし。
やはり、持って生まれたヒーローは違う。泰明は投げても四回、八奪三振の大活躍。
そんな泰明の援護をするために、高橋がレフトの頭上を越えるヒットを放ちその間に浜田が生還。
結果、三点目をもぎ取り後輩チームに0-3と先輩としての威厳を保つ事には成功した。
そして五回の表を終えて俺達の攻撃に移ろうかという時に事件が起こったんだ。
「悪い。足つっちゃってさ、もう投げられそうもないんだよね。誰か代わってくれないかな?」
マウンドから降りてきた泰明が、右足を指差しながら、緊急事態が起こったとチームメイトに告げて来たのだ。
右ピッチャーにおいて右足は軸足。最後ボールを離すまで踏ん張り続けプレートを蹴る大事な足だ。
その右足がダメとなってはもう投球するのは厳しいだろう。
「そんな事言っても、他に誰が投げられる?……んー、正式な試合ってわけでも無いんだし、顧問に話してここまでにしてもらった方がいいんじゃないか?なあ、みんな?」
それに咄嗟に答えたのは、泰明とバッテリーを組む浜田だった。
その浜田の問いかけにチームメイトも各々、うんうんと頷いて同意を示している様子だ。
まだ、やすみを満足させられるほどの内容じゃないけれど、こうなってしまった以上、俺も同意せざる得なかった。
チームメイトの総意を受けて、浜田が顧問の方へと向かう___________________
やすみはどんな様子なのだろうかと、視線を這わせて様子をうかがうとニコニコと笑っていた。
この場にはにつかわしくない、今日一番の笑顔だった。
「いや、ちょっと待ってくれ。俺はそうは思わない。ねえ、やすみちゃん」
浜田の提案を受けて、すっかり試合終了ムードの漂っている中、それを否定したのもまた泰明だった。
泰明に名を呼ばれたやすみも、コクコクと首肯でその通りだと泰明の意見を肯定している。
「正式な試合じゃないのだからこそ、別に誰が投げても良いんじゃないか?
それにさ、可愛い後輩達も今日、俺達と試合するのを楽しみにしていたみたいなんだよ」
後輩達の為。気配りができる、泰明らしい答えだ。
公式戦で無いのだから、誰が投げても良いというのも筋が通っているように思える。
泰明の提案を受けて、顧問の所に向かいかけていた足を止めて、振り返り浜田が言った。
「泰明がそう言うのなら、俺はそれでもいいがよ、誰が投げる?」
泰明は今までとは少し違う、落ち着いたトーンでこう言ったんだ。
「涼が、いるだろ」
えっ!?俺?考えもしていなかった泰明の指名を受けて心拍数が跳ね上がる。
「んー、高木か……ふん。まあ、いいんじゃねえの。泰明が言うなら」
浜田が嫌そうな目付きで俺を見た。浜田の中には、俺という選択肢はなかったのだろう。
言葉尻から『めんどくさい』という感情も読み取れる。
場の空気から察するに、泰明を除いた他のチームメイト達も……
「いや、俺は、辞めと ___________________」
「いいじゃん!!やりなよ。ねえ、涼君!!」
重い場の雰囲気と俺の発言を切り裂き、元気いっぱいに発言したのはやすみだった。
なぜ、そんな事をやすみが言うのか、俺には理解ができない。
「良いこと言うね、やすみちゃん」
泰明は二度うんうんと頷いてからこう続けた。
「って事で、次の回からは涼が投げるから。涼もそれでいいな?」
キラキラと輝かせたビー玉のような瞳が俺を見つめていた。
ここまでお膳立てをされ、やすみにあんなキレイな瞳を向けられて、断れるはずなんてなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます