第237話

「もごもご!?」


慌ててイルマの口を塞ぐ学園長。


「イルマさん?いい?いくら周囲に人があまりいないからって言っていいことと駄目な事があるのよ?お分かり?」


さすがの学園長であるエミリーもイルマが発した内容に冷や汗をかく。


急いで周囲を探知するくらいには慌てていた。


さすがのイルマも失言だったことに気が付いたのかコクコクと頷いていた。


「絶対に他で話をしちゃ駄目よ?本当に。この件に関しては一歩でも道を踏み外すと死が待っていると心に刻んでおきなさい。わかったわね?」


学園長が真顔で本気で言っている事を理解したイルマは


「本当にすみませんでした。」


と学園長とラグナに対して頭を下げて謝罪するのだった。


「まぁ、でもいろいろと話したいことはあるでしょうし……ラグナ様は今どちらに滞在しているのか聞いても?」


「エチゴヤの宿 マリンルー店に宿泊しています。」


「流石ねぇ。いくらお金を積んでもそう簡単にはあの宿に泊まることなんて出来ないのよ~?」


そこでエミリーは一つ気が付く。


「だからエイミーを知っていたのね!そうよね、エチゴヤの宿の隣がエチゴヤ商店だものね!」


「以前からエチゴヤ商会にはいろいろとお世話になっていまして……その縁でエイミーさんとも知り合いになりました。」


ラグナからそう聞かされたエミリーは「ふむ」と一瞬考え込む。


『エチゴヤがラグナ様を陰ながらサポートしていたって噂は本当だったのね。』


と、ここでぐぅというお腹が鳴る音が聞こえた。


視線はお腹が鳴った人物へと。


「お腹すいたのか、イルマ?」


ラグナにそう聞かれたイルマは顔を真っ赤にしながらもコクリと頷いた。


「そういえば、イルマさんは朝食を食べている最中にいろいろあったんだったわね。」


「ん?何かあったの?」


イルマは答えにくそうにしながらも、学園長にはバレていることだしと素直にラグナに打ち明けることにした。


「朝食を食べ始めてすぐにサッシュに絡まれて……その……食器をトレーごとひっくり返されてほとんど食べれなかったんだよ。」


「よし、ヤろう。サッシュの部屋はどこだ?」


ラグナが今にでもサッシュの元へと駆け寄ろうとしたので慌てたイルマはすぐに止めに入る。


「気にしてないから!大丈夫だから落ち着いて!」


「イルマさんも本当にごめんなさいねぇ。サッシュには明日の学園の休みを一日使ってゆっくりとオハナシしておくわ。」


獲物を狙うような目つき。


ラグナは改めてエミリーさんとエイミーさんは双子なんだなと感じる事が出来た。


「そうだ!どうせイルマさんは今日の授業を受ける気分じゃないでしょうし。せっかくおめかししたんだもの。外出許可は出しておくからご飯でも食べてきなさいな?」


「……いいのですか?」


「いいわよ。どうせ授業に出たって今日は集中出来ないでしょ?あれなら外泊許可も出すわよ?」


と舌をペロっと出しながらわざとらしくウィンクを飛ばしてきた。


「が、外泊って……私たちはそんな……それにまだ早いというか……」


更に顔を真っ赤にした様子のイルマに対してラグナの反応は、


「えっ?いいんですか?それじゃあ明日にはきちんと送り届けるのでよろしくお願いします!」


「「えっ!?」」


冷やかしのつもりでエミリーは言ったのだが、ラグナがノリノリでお礼を言ってきてしまったので断るに断れない状況に。


イルマはイルマでドキドキが止まらなかった。


学園に入学していろいろ話を聞いているうちにそっちの知識も増えていったらしい……


『どうしよ!どうしよ!私がラグナと!?確かにラグナの事は好きだし、学費まで払ってもらったし……使徒様だし……』


イルマの頭の中がどんどん桃色一色へと変化していっているのだが、全くそんなつもりは無いラグナは


「どうしたの?顔真っ赤だよ?熱でもある?」


普通に何気なくおでこに手を添えてくるのだった。


「あら大胆。ラグナ様?外泊は許可しましたけど、まだこの子にはいろいろ早いですからね?その辺理解しています?」


エミリーが遠回しにチクりとしてきた事でようやくラグナも気が付くことが出来た。


「あぁぁ。そういう意味で捉えちゃいましたか。大丈夫ですよ!可愛い娘みたいな子に手を出す訳ないじゃないですか。」


ラグナの返答にエミリーの脳内に?が浮かぶ。


「可愛い娘って……ラグナ様、私の目からはイルマさんと同じくらいの年齢に見えるのですが……」


「うーん。なんて言ったらいいんでしょう?本当に僕からしたらイルマは幼馴染って感じよりも大事な姪っ子みたいな感じなのですよ。」


未だに顔を真っ赤にしたまま思考が桃色一色のイルマの頭をぽんぽんとラグナはしていたが……


「……本当に間違いを起こさないと誓って頂けますか?」


真剣な表情でエミリーはラグナに問いただすのだった。


「それは絶対にあり得ないので大丈夫です。それに……」


ラグナの頭の中に浮かぶのは2人の少女の顔。


『イルマにそんな事をしたってバレたらサリオラとかフィリスになんて言われるか……言われるだけじゃすまないよね。』


「それに?」


「あー、なんでも無いです。とにかくそんな事にはならないので大丈夫ですよ。」


「……本当にお願いしますね?」


「そんなに心配ならエミリーさんも来ます?」


ラグナからそう言われた時点で大丈夫だとエミリーは安心する。


「それは嬉しいお誘いですが、今日の所は身を引きますわ。今度時間がありましたらお食事にでも行きましょう?それじゃあこの子の事、よろしくお願いしますね。」


「はい、わかりました!ってそうだ……流石にこのまま行くのはいろいろとマズいので神殿騎士の方と相談してきますね!イルマも準備しといてー。」


そういうとラグナは神殿騎士が待機している部屋へと向かった。


未だに桃色思考のイルマを見てため息を吐くエミリー。


「イルマさんも準備してきなさいな、大丈夫。あなたが今考えているような事には絶対にならないわ。」


エミリーに話しかけられてハッとするイルマ。


「え、えっと……準備してきます!」


学園でのお淑やかなイルマの姿しか知らなかったエミリーは改めて驚くばかり。


『あの娘ったら……学園に入学してから1年以上ずっと猫を被っていたのね。私としたことが見抜けないなんてね。でも……きっとあれは無理しているわね。そうよね……両親が亡くなったって聞かされたばかりですもの。仕方ないわよね……』


エミリーは深いため息を吐きながらイルマの後ろ姿を見送るのだった。

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