第235話

「私のイルマ君に何をしているんだ!!すぐに離れろ!!」


ややぽっちゃりとした少年が息を切らせながら全速力でこちらへと向かって来ているのが見えた。


「イルマ、あれは……?」


「あれは……その……なんて言ったらいいか……」


イルマはラグナにどう説明したらいいのか悩んでいた。


『なんて説明したらいいんだよ!私の分の学費を支払ってくれようとしている……その代わりに私を嫁に……やっぱりこんな事ラグナには言えねぇよ……』


正直にラグナに打ち明けることをイルマは躊躇していた。


なんて説明すればいいのか頭の中で整理する前に少年が2人の元へとたどり着いてしまった。


「お、お前!いつまでイルマ君の隣に座っているんだ!それに……目の錯覚でなければ、イルマ君を無理矢理抱き寄せていなかったか!?」


ぜぇぜぇと息を切らせながらもラグナに対して少年は怒鳴り散らしていた。


ラグナを案内していた職員は慌てて生徒を止めに駆け寄ろうとしたが、ラグナが来なくていいと手で合図してきたので見守ることに。


「僕の名前はラグナ。君は?」


怒鳴り散らしている相手からの第一声が名前は?と言われて頭が真っ白になる少年。


「君の名前は何かな?」


「……サッシュだ。」


「サッシュ君か。それで……君はこの子の何なのかな?」


ラグナからイルマとの関係を聞かれたサッシュは堂々と答えていた。


「彼女は未来の私の妻だ!不用意に近寄らないでもらいたい!むしろはやく離れてくれないか!」


いくら怒鳴ってもイルマの隣から退かないラグナに再びサッシュは怒鳴り散らす。


しかしラグナは全く気にしている様子が無かった。


「イルマ、婚約したの?」


未来の私の妻だと聞いた瞬間、無表情になったラグナはイルマに問いただす。


婚約したのかと。


慌てて首を振るイルマ。


「こ、婚約なんてしてねぇよ!勝手にこいつが言っているだけだ!しかもワザと周囲に聞こえるように!」


イルマの口調がいつもと違う事にサッシュは全く気付く素振りなく反論する。


「うちが彼女が卒業するまでの学費を肩代わりするんだ!嫁に貰うのは当然だろ!」


サッシュがそう言った瞬間。


明らかに周囲の温度が変わったのが判った。


「……おい。」


先ほどまでの気安い感じの口調から一変。


ドスの効いた声へと変化していた。


「お前、まさかうちのイルマを金で買おうとしてるんじゃねぇだろうな?」


イルマが小さい頃から見守ってきたラグナにとってそれは許せることでは無かった。


ラグナはイルマに対して恋愛感情というものを全く持ってはいないが、一番近い感情で言うとあれだろう。


小さい頃から可愛がっていた姪っ子のような存在。


可愛がってきた姪っ子を金に物を言わせて自分の物にしようとする男を許せるだろうか?


否!


許せるわけがない!


「あぁ?てめぇ、うちのイルマが誰の嫁だって?」


「い、いや、あの、その……」


サッシュは恐怖で震えが止まらなかった。


『何なんだ、こいつは。めっちゃこえぇぇ……』


一気に雰囲気が変わったラグナにサッシュは完全にビビッていた。


「ラ、ラグナ、お、落ち着いて!私はこいつと結婚したりなんてしないから!」


今まで見たことが無いラグナの雰囲気に慌てたイルマは急いで止めに入る。


「……本当に?」


「あぁ!私は絶対に金で結婚なんてしねぇ!そんなことをしたって私の両親は喜んでくれねぇから!」


両親というワードを出されて正気に戻るラグナ。


しかしもう一人の少年。


さっきまで豹変したラグナにビビッていた彼は再び調子にのった事を言ってしまう。


「だが、現実的にうちが金を出さなければイルマ君は退学だぞ?今後も学園に通いたいのならば私の嫁になる以外に道は無いんだ!」


「それは……」


サッシュの言う通り。


現実問題として学費の支払いについてイルマの力ではどうにもならない。


幼馴染のラグナに頼るわけにもいかない。


頼った所で11歳の子供にはどうすることも出来ない金額だから。


つまり学園に今後も通いたいのならばサッシュの妻になる以外に道は無かった。


イルマとサッシュはそう考えていたが……


「あーっ……学費については何も心配するな。イルマが気にする事じゃない。」


「いや、気にするも何も払わなきゃ退学なんだけど……」


ラグナが視線を合わせないことに違和感を感じたイルマはラグナを案内してくれていた学園の事務の人を見つめる。


「……先ほど学園長よりイルマさんの卒業までの学費が一括で振り込まれたと連絡がありましたので、退学の件は取り消しとなりました。」


「「えっ!?」」


イルマとサッシュの視線がラグナへと向く。


「バカな!?そう簡単に支払える金額じゃないだろ!?君は一体何者だ!?どうして他人であるイルマ君にそこまでの金額を……まさか!?君も彼女を狙って!?」


「お前と一緒にするな!!僕とイルマはそんな関係じゃない!なぁイルマ、お前からも何か……」


お前からも何か言ってくれとイルマに頼もうと視線を向けると……


そこには顔を真っ赤にしたままモジモジしているイルマの姿が……


「えっと……イルマ……?」


「な、なんだ?」


「何だって……俺たちの話聞いてた……?」


「は、話?お、おう聞いてた聞いてた……つまりサッシュの代わりにラグナが学費を支払ってくれたってことだよな?ってことは私はラグナと婚約すればいいんだよ……な?」


イルマはサッシュとラグナの言い争いを聞いてなかった所か、ラグナが想像もしてなかった答えを放ってくるのだった。


そして……


「貴様─!!やはりイルマ君を狙っていたのだな!?絶対にそんな事許さんぞ!」


事態はカオスな方向へと進んでいくのだった。

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