第29話 気になる視線

 翌日、いつものように少女のようなドレスを着て私は登校してきた。


 今日の講義も朝からずっとアルトと同じ講義だったけれども、昨日に比べると精神的にとても楽だった。

何故なら昨日はアルトから逃げ回っていたけれど、今日からは彼に近付きさえしなければいいのだから―。



 1時限目の講義は文学史だった。

階段教室の一番後ろの席に座り、前方に座るアルトの姿をチラリと見る。アルトは他のクラスメイトたちと親しげに話をし、私の姿を探そうともしない。


良かった…アルトも完全に私への関心を持つのをやめてくれたようで。


安心した私は鼻歌を歌いながらカバンの中から教科書やノートを取り出し、机の上に並べていると、背後から声を掛けられた。



「おはよう、エイミー。今朝は随分ご機嫌だね」


「あら、おはよう。ジャスティン」


声ですぐ分かったので、顔を上げながらジャスティンに朝の挨拶をした。


「今日もアルトの側に行かないのかい?」


「ええ。そうよ。少し…距離を置こうと思ったの。ほら、私って何でもアルトがいなければ出来ない人間だったじゃない?でもそれじゃいけないと思ったのよ。心を入れ替えたの。ただでさえ、こんな子供っぽい外見なのに…。せめて内面だけでも自立しようと思ったのよ。あ、この事は勿論アルトも了承済よ」


「ふ〜ん…そうだったのか。偉いじゃないか、エイミー」


そう言うと、ジャスティンは私の頭を笑顔で撫でた。


「そう…それよ、ジャスティン」


「え?何の事?」


「そうやって私のことを子供扱いするところよ。これでも私は19歳なんだから」


そして口を尖らせ…やめた。何故ならトビーの言葉が蘇ってきたからだ。


『唇を尖らせた姿なんて…くくく…ま、まるで本当のお子様みたいで…ククク…』


何だか笑い声までリアルに聞こえてきた。


「ククク…」


「えっ?!だ、誰ですか貴方っ!」


突然ジャスティンが驚きの声を上げた。


「え?」


背後を振り向くと、そこには口元を抑えて肩を震わせながら笑いを堪えているトビーの姿があったのだ。


「ト、トビーさんっ?!な、何でここにいるんですかっ?!」


「え?知り合いなの?」


ジャスティンが不思議そうな顔で私とトビーを交互に見る。


「ああ、そうだ。俺とエイミーは一蓮托生の仲間だからな。悪いが、こいつと2人で話がしたいんだ。席を外してくれるか?」


有無を云わさぬ強気な態度のトビーに押されたのか、ジャスティンはたじろぎながらもその場を去って行った。



「ちょっと、トビーさん。何故この講義に出てるんですか?」


隣に座ってきたトビーに尋ねた。


「え?何でだって?決まってるだろう?去年単位取りそ損ねた科目だから今年も受けているんだぞ。でも今まで気付かなかったな〜。お前もこの講義を選択していたんだな?」


トビーは頬杖を突きながら私に言った。


「ええ、こちらも驚きですよ」


「まぁ、丁度お前に話があったから会えて良かったよ」


「え?私に話…ですか?」


「ああ、そうだ。…っていうか、あいつお前の婚約者か?何だってこっちを見ているんだ?」


「え?」


すると、何故かアルトが険しい顔でこちらを見ている姿がそこにあった―。

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