アルト・クライス ①

 今日は僕とエイミーの婚約式の日だった。…にも関わらず、僕はビクトリアと言う恋人と湖のほとりで抱き合い、愛を囁いていた。


「僕が心から愛しているのはビクトリア…君だけだよ?」 


「アルト様…私も貴方を愛しています」


ビクトリアは僕の腕の中でじっと瞳を見つめてくる。


「すまない、ビクトリア。君を悲しませてしまって…。でも安心してくれ。僕は今日婚約式でエイミーとの婚約破棄を発表するよ。世間から非難は浴びるかもしれないけれど大丈夫だ。僕の方が爵位が上だからカイゼル家に文句は言わせないよ。両親だって説得してみせる。だから僕を信じてくれるかい?」


「ええ、アルト様。信じて待っております。誰も愛する私達を引き離すことなど出来ません」


 そうだ、僕はビクトリアを愛している。エイミーは僕の意思とは無関係に両親が勝手に婚約者にと決めてしまった相手である。

彼女は身体が小さい上に童顔の為、12歳位の年齢にしか見えなかった。その為、僕は一度たりとも彼女の事を女性として見ることが出来ずにいた。


 エイミーはとても可愛らしい人だった。けれども、例え結婚しても僕は彼女を幸せにしてあげる事は出来ないだろう。


僕は彼女を不幸にするだけに決まっている…。


 エイミーとの婚約が決まり、葛藤の日々が続いていたある日の事。

突然僕の事を好いてくれる女性が目の前に現れた。彼女の名前はビクトリア。

エイミーとは全く違う大人の美しい女性…。


 僕達が秘密の恋人同士になるには然程時間はかからなかった。

2人の関係は誰にも秘密だったけれど、これ以上秘密の関係を続けるのは限界だった。何故なら両親によって強引にエイミーとの婚約式を決められてしまったからだ。


だから…ごめん、エイミー。僕は今日君に婚約破棄を告げさせてもらうよ。

悪いけど君には全く愛情を感じる事が出来ないんだ。

 

 ビクトリアにキスをしながら僕は心のなかでエイミーに謝罪した―。



****


「え?エイミーが体調を崩して帰ってしまった?」


ビクトリアとの秘密の逢瀬を終えて、婚約式の会場に戻った僕はエイミーの両親から意外な話を聞かされた。


「ええ、そうなのです。本当にアルト様には申し訳ない事をしてしまいました」


「アルト様、申し訳ございません」



エイミーの両親は揃って僕に頭を下げてきた。


「い、いえ…。そんな事はありません。どうか頭を上げて下さい」


言いながら、内心僕は心の中で安堵していた。何故ならエイミーには全く落ち度は無いのに、僕は自分のあまりにも身勝手な理由で…エイミーとの婚約式の日に婚約破棄を告げようとしていたのだから。


良かった…これで婚約破棄宣言を延期することが出来る。


けれど僕はビクトリアと約束してしまった。仮にエイミーのお見舞いに行けば体調の悪い彼女に婚約破棄を告げなければいけない。


だから、申し訳ないとは思ったけれども、エイミーのお見舞いには行かなかった。


そうだ、明日どうせ学校へ行けばエイミーに会えるだろう。その時に婚約破棄を告げればいいのだから―。



 けれど、この時の僕は全く気付いていなかったのだ。


僕とビクトリアの関係がエイミーにバレてしまっていたという事に。


そして、彼女の心の変化に―。




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