第5話 仮病なんて可愛いもの
「仮病なんて可愛いもの…?」
「ああ、そうだ。仮病なんて子供の嘘みたいに可愛らしいものだ」
トビーは私の言葉に頷く。確かに口にしてみれば可愛い嘘のように思えて来た。
「そうですよね…?言われてみれば仮病なんて可愛いものですよね?」
「当たり前だ。よしよし、お前もようやく少しは素直に人の話を聞けるようになったじゃないか」
トビーは腕組みしながら満足げに頷く。
「分りました。膳は急げ…ですね。今すぐ具合が悪いと両親に訴えて、バックレる事にします」
「ああ、そうだ。頑張って真実味のある演技をしてくるんだぞ?お前の仮病が通じなければ俺達はもう終わりだという事を忘れるな」
「はい!分りました。今すぐ両親の元へ行ってきますっ!」
「おう!頑張れよっ!」
そして私はトビーの応援を受けながら、婚約式が開かれるパーティ会場へ急ぎ足で向かった―。
****
幸い?パーティー会場へ戻ってみると未だアルトの姿は見えない。恐らく今もまだビクトリアさんと熱い時間を…。
「な、何が幸いよ…。婚約者のアルトが浮気の真っただ中だって言うに…」
先程の2人のキスシーンを思い出し、再び眼尻に涙が浮かんだ時―。
「まぁ!エイミー。一体何所へ行っていたの?今日の主役が2人共いなくなったから皆で手分けして探していたのよ?」
突然背後から母が声を掛けて来た。
「あ…お母様…」
涙目のまま振り向くと、ドレス姿の母の背後には燕尾服を着た父もいた。
「ど、どうしたのだ?!エイミー!何故泣いているのだ?!」
私にとっても甘い父が驚いた様に私の傍に近付き、両肩に手を置いて来た。
さぁ、ここからが私の演技の見せ所だ。
「は、はい…。じ、実は…さ、先程からお腹が痛くて…苦しいんです…ハァハァ…」
大げさにお腹を押さえ、背中を丸めると両親の顔色が変わった。
「な、何ですって?これから大事な婚約式があるっていうのに?!」
「腹痛だと?…何とタイミングの悪い事だ…」
母と父が頭を抱えた。その姿に良心が痛む。
すると、そこへトビーの悪魔のような囁きが頭に蘇って来る。
『お前の婚約者のほうが余程迷惑かけることをしようとしているんだぞ?!』
『仮病なんて可愛いもんだっ!』
そう…アルトの行動の方が余程周りに迷惑をかける。そして私のつく嘘…仮病なんて可愛いもの…。
迷っていた自分の気持ちが吹っ切れた。
「お、お願いです…お父様、お母様。お腹が痛くてたまらないんです。どうか本日の婚約式は…中止にして下さい…」
私は迫真に迫る演技で訴えた。
いや、実際にばれたら大変な嘘をついているので緊張の為に先程から本当にお腹が痛み出して来た。
「よし!分った!クライス家には私から伝えておこう」
「ええ、そうね。折角の晴れ舞台だけど仕方がないわ」
「あ、ありがとうございます…」
良心に私の願いが通じた瞬間だった―。
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