ミステリと呼ぶには愛くるしく、ラブコメと呼ぶには謎めいている。

平松 賀正

解決済み事案

プロローグ

#01 『 』を繋ぐ。 『 』が繋ぐ。

 放課後の教室。


 大抵の生徒は帰りのホームルームが終われば、部活に行くか、帰るか、自習室で勉強するか、いずれにせよ教室に残る者というのはほとんどいない。


 しかし敢えて俺はここで、今日の授業で課された提出物に取り組んでいた。この時期は窓から吹く春風が心地よい。図書室や自習室は勝手に窓を開けてはいけない風潮がある気がして、最近はここに一人でいることが多かった。


 そんな教室に突如、何者かがやってきた。


「……あったあった!」

「てか買ったパン忘れるとかうっかりしすぎだろ」

「先週もおにぎり忘れてたし、マジしっかりしろよ~?」


 さっきまでここは俺一人の空間だったが、どうやら忘れ物を取りに来たらしい。見たところ同じここのクラスの男子だな。まぁそんなこともあるか。


「あっそうだ……!」

「なんだ?」

「俺、この前忘れたおにぎりを取りにここへ来たんだけど……見たんだよ!」

「見たって?」

「噂の『放課後の令嬢』だよ!」


 『放課後の令嬢』……か。交友関係ほぼ死んでる俺でも聞いたことくらいはある。放課後の令嬢とはここ数日で存在を噂される、放課後にだけ現れるという女子生徒のことだ。


 肩の下あたりまで伸びる美しい髪、頭には白いリボン、そして赤い瞳。放課後の令嬢らしき生徒を見たと言う者は皆、口をそろえて同じ特徴を答えるという。


「話しかけたりしたか!?」

「それが見惚れちまって……すぐどっかに消えたよ」

「ウチの制服着てるんだろ? でも誰も知らない顔だって言うし、ホント謎だよな~」

「あ~また会えないかな~! そしたら今度は絶対告白を……」

「無理無理、お前に彼女なんて! そんだけ可愛いってなら、なおさらだろ」


 惚れた腫れただ、うるせぇな。


 俺は眼鏡を拭きなおし、シャーペンを再び握った。


 男子らの煩わしい会話を聞き流し、ペンを走らせる。彼らが話を切り上げて教室を後にしたのと、俺が提出物を書き上げたのはほぼ同時だったように思えた。


 ……俺は彼らの話し声が聞こえなくなったのを確認して、口を開いた。



 後ろを振り返る。教室内の掃除用具入れが、キィと小さな音をたてて開いた。


 中にいたのは、一人の女子生徒であった。


「……」


 制服についたホコリを払いながら出てくる。


「……あ、ありがとう」


 そう言いつつも彼女は照れくさそうに顔をそむけ、こちらと視線を合わせようとしない。


 俺はその姿を今一度見返した。……肩の下あたりまで伸びる美しい黒髪、頭には白いリボン、赤い瞳。顔も、全く見覚えがない。


 ……おそらくは、この女子こそが『放課後の令嬢』と呼ばれる本人その人だった。



~~~~



 時は戻って。例の提出物がさして進んでいない、それこそまだ名前くらいしか書いてなかった頃だ。


 場所は同じ教室。絵面は冒頭とほとんど変わらず、俺は自席でペンを走らせていたが……突如、教室の扉の方から風が吹いてきた。


 本来、風は目に見えない。『風が吹いてきた』という表現をする人間は、風を肌で感じたか、風の音が聞こえたか、風になびくモノを見たか、大抵はこのどれかだ。


 ……有り体に言えば、俺は廊下から風に乗って飛んでくる白いリボンを見た。そしてどういうワケか、そのリボンはこちらへ向かってきたのだ。俺はそれを反射的にキャッチしてしまった。


「……あっ!」


 そして、リボンを追いかけるかのように何者かが教室に入ってきた。……そう、放課後の令嬢(リボン抜き)である。彼女は俺を見ると一瞬ぎょっとし、それから少し考え込むような素振りを見せると、ゆっくり近づいてきた。


「あ、あの……そのリボン」


 ああ、この子のか。そう思った俺は握っていたソレを渡した。彼女は受け取ると、リボンを頭に巻き始めた。


「……えっと、ありがとう」


 そう言うと彼女は踵を返し、教室を後にした……ように見えた。


 彼女は扉の近くまで歩いたかと思えば、突然引き返してそのまま掃除用具入れの中に隠れてしまった。そして同時に聞こえてきたのは、廊下を歩く男子たちの話し声。


「今度はパン忘れたのかよお前~!」


 掃除用具入れの扉が閉まると同時に、彼らは教室に入ってきた。


 以上、冒頭へ……というわけである。



~~~~



 時は戻って戻って。


 俺の目の前には、やはり放課後の令嬢がいた。依然強張こわばった顔で固まっている。


「つーかお前、一体……」

「ひゃっ……」


 ひゃっとか言い出したぞ。俺の接し方の問題?


「……にしてもさっきの、ちょっと妙だったよな。そう思わないか?」

「えっ?」


 俺はもうすこし優しく語りかけてみることにした。


「妙……?」

「さっきの風だよ」


 俺の言葉に興味を示したらしい。さっきの風……そう、俺の元へあの白いリボンを運んだ風のことだ。


「見ての通り、この教室の窓は開いている。」


 この窓は放課後になってから俺が開けた。この時期は窓から吹く春風が心地よいのだ。


「一方でだが……実はお前がここに来るすぐ直前、俺はトイレに行ったんだ。そのとき教室や廊下の窓は、見たところ


 この教室は階の端近いため、ここからトイレに行くとなると廊下をほぼ端から端まで歩くことになる。そのときに見たのだ。


「であれば……あの風は一体どこから吹いてきたんだと思う?」

「……?」


 どうやら彼女も『疑問の余地』が存在しているのに気が付いたようだ。


 風が室内に吹くためには通常、”風の通り道”が必要だ。風の通り道を作るためには2か所以上で窓を開ける必要がある。1箇所はこの教室の窓……なら、もう1か所は?


 あのとき白いリボンを乗せた風は、廊下から教室の中へと流れていた。つまり、廊下側の窓がどこかしら開いていたと考えられる。


 そして窓が開けられたのは、俺がトイレより戻ってから彼女のリボンが流れてくるまでの間。かなり短く、限られた時間だ。


「……なんだか、謎めいてるね」


 彼女は考え込んでしまった。容姿がいいだけあって考える姿もサマになっている。


 俺はそんな様子を見て、おもむろに席を立ちあがった。彼女は俺のことを不思議そうに見ている。


「答え合わせ。気にならないか?」


 そう言って、俺は廊下に出た。彼女もおそるおそるこちらについてきた。廊下に出て、遠く向こう側を見ると……。


「お~食ってる食ってる!」

「可愛いなコイツ~!」


 小さいながら声が聞こえた。さっきの男子たちだ。彼らはここから離れた場所で窓を開け、どうやらそこにたたずむ鳩にパンをあげているようだった。


「そ、そっか! もしかして、あのパンは鳩の餌にするために……」

「そういうことだ」


 あの男子たちはおそらく、廊下で彼女のすぐ後ろを歩いていたんだろう。そして、その途中で鳩の存在に気づいて窓を開けた。……教室に置き忘れたパンのことを思い出したのはこのときだろうな。


 そうして男子たちが窓を開けることによって風の通り道ができた。今回は廊下の窓が風上に、この教室の窓は風下になったわけだ。この2つの窓が、白いリボンを乗せたあの『風』を繋いだのだ。


「……最初から全部分かってたの?」

「ああ。ま、世間話にしては楽しめたみたいだな」


 そんな彼女の態度からは、最初感じていた警戒心のようなものが抜けているように見えた。話をした甲斐はあったな。というか、こいつってもしかして……。


「……お前、男が苦手なのか?」

「えぇっ!?」


 彼女はえらく驚いた。


「ど、どうして……」

「いや分かるだろ。反応とか、話し方とか。ロッカーに隠れたのも、あの男子たちや俺に囲まれてしまうと思ったからとか……そんなところか」

「す、すごい……」


 俺の話を聞いて彼女は目を丸くした。


 それから、自分と俺との距離が近くなっていることに気付いて後ずさった。いや、近付くと言っても常識的な範疇だと俺は思うが。しかしながら……彼女にとってはそうではなかったらしい。


「あ、あの……君の推理、面白かったよ! 」

「それはまぁ、よかった」


 そんな笑顔を見ると、なんだかいいことをしたような気になれる。……もっとも、こんなことで身を清めることなど出来はしないだろうが。


「じゃあ、もう行くね」

「……待て」

「えっ?」


 彼女は一度俺に背を向け、それからこちらに振り返った。


「……名前くらい、名乗ったらどうなんだよ」

「あっ……そ、そうだよね! すっかり忘れてたみたい」


 彼女はあはは…と笑った。


「……私は青井颯あおいはやて

二駄木宗一ふだぎそういちだ」

「二駄木くん。それじゃあ今度こそ、これで。また会えるといいね……!」


 青井はそんな言葉と微笑みを残して、この場を去っていった。


 この時は知る由もなかった。これから俺は、彼女と深く関わっていくことになるということを。


 あの白いリボンを乗せた『風』が繋いだのは、これから長い、彼女との出会いだったということを。

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