「アングレカム」を君に捧ぐ

この美のこ

 1

「おかけになった電話番号は現在使われておりません…………」

ツー、ツー、ツー、ツー、


何度、君の携帯に電話をしただろうか。

君に会いたい。

君に会いたい。

君の声が聞きたい。


どれだけ泣いてきただろうか。

君に会いたい。

君に会いたい。

君の笑顔が見たい。


君は突然、僕の前から姿を消してしまった。

ひとり取り残された僕はこれからどうやって生きていけばいいんだ。

教えてくれ。

答えてくれ。

僕はもう何もする気も起きない…………。





          *******





 君と初めて出会ったのは、半年前の4月の事だった。

同じ高校の同級生。

高校生になったばかりの僕には友達らしき人は1人もおらず、休憩時間などを友達と雑談で過ごす事はなかった。その空き時間を埋めるように僕はいつも教室の片隅の自分の席に座って本を読んでいた。


 その日も2時間目の授業が終わった後の休憩中、いつものように本を読んでいた。

そんな時、突然、

「倉橋くん、何読んでるの?」

僕はビックリして顔を上げると、そこに笑顔で立っていたのが、君だった。

不意を突かれた僕は

「あ~、え~、この本?」と不自然に驚きながらすぐに目を伏せて答えた。

「うん、その本面白いの?」

「あ~、うん、まあね」と下を向いたまま曖昧に答える僕。

「なんて本なの?」君は屈託のない明るい声でグイグイ聞いてくる。

「『アングレカムを君に捧ぐ』って本」と言いながら本の表紙を見せる。

「アングレカム?なにそれ?誰が書いた本?」次々聞いてくる。

倉須くらす 芽糸めいと

「くらすめいと?面白いペンネームね。聞いたことないし、でも興味湧いてきた。その本読み終わったらで良いんだけど私にも見せてくれない?ねえ、いいでしょ?」


 有無を言わせない君に、何故か嫌な気はしなかった。

それどころか、僕は目の前にいる君が気になる存在だった。

こんな、根暗の僕に、高校に入って初めて声をかけてくれた君。

君の名前は、須山すやま芽衣めいだよね。

クラスの中でも、一際明るくて可愛くて目立っていたから、一番に名前を覚えた女子だった。


 「もうすぐ読み終わるからいいよ。まだ無名の人が書いた本だけど」

かろうじて僕は平静を装って答えた、つもりだった。

だけど、きっと顔は赤くなっていたに違いない。

しかも涙目になっていたに違いない。

なぜなら、今読んでたこの本、かなりヤバいほど泣ける本だったので泣きそうになるのを堪えていたのだ。

まさか、君に気づかれてないよな。


 「やった~!倉橋くん、約束だよ、指切りげんまん」とそんな僕の動揺なんて知らない風に君は明るく言って小指を目の前に差し出してきた。

それを見た僕は、別の意味でヤバくて泣きそうになった。

勿論うれし泣きだ。


 これが、きっかけで君はいつも僕に声をかけてくれるようになった。

お昼休憩、僕は一人でいつも黙々とお弁当を食べていたが、その日以来、君が

「倉橋くん、一緒にお弁当を食べようよ」と誘ってくれて、屋上だったり、校舎の中庭にある木陰の下などで、一緒にお弁当を食べる仲になっていた。


 僕達はほとんど毎日、会っていた。

会えない日には、電話をしたり、ラインをしたり兎に角、いつも一緒だった。

人一倍人見知りの僕も、君には何でも話せるようになってだんだん明るくなっていった。

いつしか僕は君の事を「メイ」と呼び、君は僕を「いとくん」(僕の名は倉橋くらはしいとという)と呼ぶようになった。


 かなり親しくなってきた頃、君は教えてくれた。始めて僕に声をかけてきた日の事を。

君は入学した時から、いつも一人で本を読んでる僕が気になっていた。

そんなある日、本を読みながら僕が泣いているように見えたと言う。だから思わず声をかけてしまったと。ヤバい。気づかれていたらしい。しょうがない。僕は正直に言った。

「君に貸したあの本が悲しすぎてつい涙ぐんでしまった」と。

「ほんと、私も読んだけどあの本は泣けるね。いとくんが泣くのは無理ないよ。もう一回読みたいからもう少し貸しててくれる?」

「いつまでもどうぞ」と答えて、泣いてたこと気づかれたけど君も泣けたと言うなら気持ちは一緒だね。良かった。と思っていた。でも、それだけじゃなかった。

君は「いつも一人でいる、いとくんを見るのが辛かった」って言うんだ。

「今はいつも一緒にいて、いとくんの笑顔も見れて嬉しいよ。

私の心はいつもあなたの隣だからね」って言うんだ。

僕はもう天にも昇る気分で、君を離したくないって思ったよ。


 出逢いから半年経ったある日曜日、僕は君とデートの約束をして待ち合わせの場所に行く為、家を出ようとしていた。

”今から家を出るね。ずっと借りてた本、今日持って行くね。早く会いたい♡”と君からラインが来た。

僕は”了解!気をつけてね。僕も早く会いたい♡”と返信した。

待ち合わせ場所のカフェには10分前に着いた。

君は何時間経っても来なかった。携帯に何度かけても出なかった。

ラインもいつまで経っても既読にならなかった。


 翌日、学校に行くと、教室にやってきた担任の先生から君が昨日、交通事故で亡くなったと聞かされた。

僕は目の前が真っ暗になった。

「嘘だろっ!」気づいたら、先生に食って掛かっていた。

そのまま、学校を飛び出して、街の中をどこともなくさまよい続けた。

クタクタになって家にたどり着いた。

僕は君の通夜にも葬儀にも行けなかった。動く気力も食べる気力もなく、その後一歩も家を出ることがなかった。






「おかけになった電話番号は現在使われておりません…………」

ツー、ツー、ツー、ツー、


何度、君の携帯に電話をしただろうか。

君に会いたい。

君に会いたい。

君の声が聞きたい。


どれだけ泣いてきただろうか。

君に会いたい。

君に会いたい。

君の笑顔が見たい。


君は突然、僕の前から姿を消してしまった。

ひとり取り残された僕はこれからどうやって生きていけばいいんだ。

教えてくれ。

答えてくれ。

僕はもう何もする気も起きない…………。





 



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