第10話 トラブル
「晴琉、起きて!」
意識の遥か彼方で声が聞こえる。家には俺しかいないはず…
「晴琉ってば!」
俺は飛び起きた。目の前に見覚えのある女子が立ってた。
「…世奈?」
「早く起きて!荷物の準備はできてるみたいだから、身支度整えたら出発するよ!」
「…おう」
俺はダラダラと世奈が用意してくれた朝飯を食べ、歯を磨き、寝癖を直し、世奈と一緒に家を出た。
外は少し肌寒かった。それもそうか、もう10月半ばだ。
「どういう風の吹き回しだ?俺の家にはもう来ないんじゃなかったっけ?」
「気が変わったの」
「ふぅーん」
内心すげぇ嬉しいけど、顔に出ないように気を付けないとな。
「プログラム確認した?スタートリストとタイムテーブルも載ってるから見ときなよ」
「あ、そういえばプログラム忘れたかも」
「もう、しょうがないんだから」
世奈はスポーツバックの中からプログラムを取り出した。
「お、サンキュ!えーっと、俺の種目は…初日の15時スタートか」
スタートリストは、全国の奴らの名前がいまいちわからないから、自分のレーン番号だけ覚えておく。
「次のページに、出場者ランキングも載ってるはずだよ」
「おぉ、まじか!俺のランキングはっと…」
上から指をなぞって順番に見ていくが、中々俺の名前が出てこない。
「に、28位…」
世奈がクスッと笑った。
「なんだよ。よーし、世奈が何位かも見てやる!」
…世奈、4位。まじかよ。動揺する俺を世奈が励ます。
「ランキングはランキングでしかないよ!本番で何人食えるか、下位の方が楽しみでしょ?」
「確かにな。見てろ世奈、俺の前にいる27人全員食って、1位になってやるからよ」
「それは大きく出ましたな〜。…でもホントに楽しみにしてるよ。頑張ろうね」
世奈が俺に微笑んだ。なんだコイツ、めっちゃ可愛い。
今、告白してしまいたい。けど、まずはこの試合に集中すること。目の前の壁を越える事に全力を尽くす、それができて、本当にカッコいい男になれる。きっと。
俺達は監督と待ち合わせて、東京に向かった。
♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎
(世奈)
「え、嘘でしょ?」
私は耳を疑った。先生は受付の人から鍵をひとつもらう。
「すまん、俺のミスだ。親御さんには謝罪の連絡してあるし許可ももらったが、どうする?嫌なら、どちらか俺と一緒に会場からかなり離れたところに宿泊する事になるが」
私はため息をついた。
「わかりました。晴琉、あんたもそれでいい?」
「お、俺は別にかまわねぇぞ」
「2人共、すまん。じゃあ明日の朝10時にまた迎えに来る。チェックアウトしてロビーで待っててくれ」
晴琉と同じ部屋、しかもシングルルームって…ベッドもシングルベッドに2人?
まあまあ大きなホテルだったけど、今日は他に近くで有名歌手のライブや、格闘技の試合もあるみたいで、部屋は満室。他のホテルにも空きがない状態だったみたい。ていうか何をどう間違えたら、シングルルーム一室だけの予約になるの?
追加料金を払ってシングルルームに2人入る事を許可してもらったみたいだけど、年頃の中学1年生2人をひとつの部屋に入れる事に、お互いの親も先生も、もっと警戒心を持たないものなのかな。
「同じ部屋に泊まる事、絶対誰にも言わないでよね」
「わかってるよ、俺も皆にいじられるの嫌だしな」
お願いだから誰にも言わないで、特に沙耶には。こんなの絶対言えないよ。
昨日せっかく陸と電話して、晴琉とは今まで通りの関係に戻ろうって決心したところなのに。帰ったら沙耶と、またいつもの様に仲良く話そうと思ってたのに。
ママや陸の話を聞いて、私は沙耶と晴琉を応援する事に決めた。でも、沙耶に気を使って晴琉と距離を置く必要もない。晴琉とは大切な幼馴染として今までと同じ関係でいる事が、今の私が何も失わなくて済む最良の選択。私が好きだって言わなければ、この関係は変わらない。そうしたら私も、ママみたいに晴琉とこの関係でよかったんだと思える日がきっとくるはず。
だからこそ、そうして腹をくくった矢先にこんな事態になったのには正直参った。
部屋は案の定よくあるシングルルームで、床に2人分の荷物を置いたら足場が無くなるくらいの狭さだった。
「この狭い空間にずっといるのもなんだからよ、どっか出掛けようぜ」
「…そだね。せっかくの新宿だし、ちょっと歩こっか」
私達は駅近のビル内をブラブラする事にした。各階のフロアにはオシャレなお店が沢山入っていて、田舎の中学生の私達にはとても新鮮だった。
服を見てると、女性の店員さんが話しかけてきた。
「カップルで今日はデートですか?」
体が急に暑くなる。
「ち、ちがっ…」
「ま、そんなとこですかね」
晴琉がそんな事言うから私は更に焦る。
「ちょっと、晴琉」
「はは、とってもお似合いですよ。どうぞゆっくり見ていって下さいね」
お似合い…。私達、他人から見たらカップルに見えるんだ。嬉しい…嬉しいけど、ダメだ。この気持ちは閉まっておかないと。晴琉に気取られない様に。
「晴琉、なんであんな事…店員さん勘違いしてたよ」
「いいじゃねーか、別にもう会う事もないんだからよ。そんなに俺とカップルと思われるのが嫌か?」
「別に…、嫌じゃないけど…」
自然とか細い声になる。私の声は都会の雑音に飲まれた。
「あ?なんて?」
「なんでもないよ!」
その後も少しお店を見て回ってたら、気付けば夕暮れ時になってた。
「そろそろ戻る?」
「そうだな、明日も試合だし戻ろうぜ」
そう言って晴琉は私の少し前を歩く。
「あ、そういえば」
晴琉が歩みを止める。
「県大会のレース中さ、応援が全然聞こえないくらい集中してたんだ。でも、ゴール寸前の世奈の声だけは聞こえた。あれがなかったら多分、陸に負けてたよ。ありがとな」
晴琉はニカッと笑った。
やっぱりあの時、晴琉に私の声が届いてたんだ。胸の辺りがキュッと締まる様な感じがした。あんなにずっと叫んで応援してた沙耶の声は聞こえなかったのに、私の声は聞こえたんだって思ったら嬉しくて。私って性格悪いなーってちょっと嫌になるけど、気持ちなんてコントロールできないんだから、しょうがないよね?
「全国大会の時も、しっかり応援してあげるから、ちゃんと走ってよね!」
「当たり前だ」
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