第8話 遭遇

いい天気。今日の予定は午前中に美容室に行って、その後ママと買い物。最近朝晩と肌寒くなってきたし、秋服を調達しないとね。


髪を切ってもらったら、ママと合流して近くのショッピングモールへ向かった。


夏はほとんど練習だったし、こういうの久しぶりだから楽しみ。


「そういえば晴琉も全国大会決めたのに、まだおめでとうの一言も言ってないわ。あんたも珍しく1人で帰ってくるし。また晴琉と一緒に帰る時にでも、家に寄ってもらう様に言ってちょうだいね」


「そ、そうだね…また今度連れてくるよ」


突然の晴琉の話題。なんで私はこんなに焦ってるんだろ。


晴琉と陸のレース後、真っ先にゴール付近に向かおうとしたけど、すぐに足が止まった。沙耶の恋愛を応援するって約束したし、沙耶と晴琉が2人きりになれる方がいいと思って、用事があるから帰るって嘘ついたんだ。


あれから1週間経ったけど、沙耶と晴琉の関係が進展したかは聞いてない。いや、正確にいうと、聞きたくない。


私はどうしちゃったんだろ?


沙耶や晴琉、陸が頭の中をぐるぐる駆け巡る。そんな上の空の状態でも買い物ができる私は、我ながら器用だと思う。


買い物をひと通り終えて、ママと通りがかったカフェに入った。窓際の席に座る。


「世奈、今日なんだか元気ないね。なんかあった?恋の悩み?」


流石にママには見透かされてた。


「まーそんなとこ。…ねぇ、ママって仲の良い男友達とかいた?」


「ん?いたね、ちょうど世奈と同じ中学生くらいの時に、なんでも話せる男友達が。今でも大切な友達だよ」


「その人の事、好きになったりした?」


「好きになった事はないかなー。まぁ向こうは昔、私の事好きだったって、私が結婚したあとでカミングアウトしてきたけど」


「その男友達の事を好きな人が現れた時も、その女の子に嫉妬したりしなかった?」


「あー、それはちょっとあったかもね。その男友達はよく2人で下校したり、部活の応援行ったりしてたから、彼女ができてその時間が無くなるのは少し寂しかったかなー」


「それってママも男友達の事好きだったんじゃないの?」


「…多分違うと思う」


ママは少し私をじっと見て、一呼吸置いてから話し出した。遠回しに晴琉の話をしようとしてるのに気付かれたかな。でもこの際、ママにバレても別にいいや。


「彼との時間は、特別だった事は間違いないけど、恋愛感情にまで発展する事はなかった。『特別な友達としての距離感が1番よかったんだ』って、大人になってからも思うしね。多分付き合っていたとしても結婚してなかったし、きっと別れた後に付き合う前の関係には戻れなかった」


「そうなんだ…」


私はママのその答えにホッとした様な、少し寂しい様な感覚になった。晴琉に対するこの気持ちは、きっと好きとかそういうのじゃない、そうでなければならない。


「ありがとママ、参考になるわ」


「でもね、世奈。迷わせる様だけど、自分の気持ちに嘘をつくのだけは絶対にダメよ。自分の気持ちに従って行動しなきゃ、きっと後悔するから」


ママは私の悩みを見透かしてるかの如く、私の事をじっと見つめ続けながら言った。私は今、自分の気持ちに従って行動できているんだろうか。


しばらくくだらない話をしてから、私達は店を出た。


しかしその後、信じられない光景に出くわすことになった。

それは車を止めた駐車場に向かう途中、ゲームセンターを横切った時だった。確かに見覚えのある2人がこちらを見ていた。晴琉と沙耶だ。目が合ってお互い立ち止まる。


「よ…、よぉー世奈!麻里子おばちゃん!2人で買い物か?」


「う…、うん、そうだよ!そっちは?」


「見ればわかるじゃん、デートよデート」


それを聞いた私はうまく返す言葉が見つからず、フリーズしてしまった。なんとなくこの答えが来ることがわかっていたはずなのに。


「ち、違うんだ世奈。別に付き合ってるとかじゃなくて…これには深い事情が…」


気付いたら私は走り出してた。晴琉やママが私を呼び止める声を無視して。


別に良いじゃん、晴琉と沙耶がデートするくらい。


別に私と晴琉はただの幼馴染だし。


沙耶は晴琉の事が好きだったんだし、デートできてよかったじゃん。


そう言い聞かせても、目頭から涙が次々と溢れ出てきた。おかしい。これじゃまるで私、晴琉の事が好きみたい。


気付いたら、近くの河原まで走ってた。疲れたから、近くのベンチに腰を下ろす。頭の中をこれまでの沙耶の声が渦巻く様に流れる。


(『本当に好きな人は失ってから気付くもの』なんだって)


(晴琉って最近、どんどんカッコよくなってきてるよね)


(実は合宿中に、キスまでしちゃったの)


(あんたは陸と晴琉、どっちに勝ってほしいの?)


(晴琉が好きだから)




「晴琉が好き…」


気付いたら声に出してた。やっぱり私は晴琉の事が好きだった。











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