モザイク
大学生の頃、バイト先で親睦会と称してカラオケに呼ばれたことがあった。歌う曲のレパートリーがないというAにシンパシーを感じて隣の席に座ったが、すぐに後悔することになった。
仕事場ではわからなかったが、Aの雑談は陰口やネットで拾ってきたようなゴシップばかりでとてもいい気分にはなれなかった。ほとんど無視するような態度を取ったのは少し大人気なかったかなとも思うけれど、Aはおかまいなしに喋り続けていた。
Aが「フーディーニの画像やろうか?」と言ったとき、僕は気まぐれでなんの話をしているのか聞き返した。曰く、フーディーニというのは画像変換ソフトの一種で、モザイクのような画像を生成できるが、同じソフトを使えば元の画像を復元できるのだという。使い道は推して知るべし云々。
一応わかると思うけれど、「フーディーニ」という名称はフェイクだ。本当は日本の中堅手品師の名前をもじったような名称だった。Aは得意げに、使うとIPをぶっこぬかれるぞとかなんとか言っていたが、それがなんの自慢になるのかさっぱりわからなかった。
深入りしないことに決めた僕に向かって、Aがスマートフォンの画面を向けた。てっきりAがもったいぶると思っていた僕は、「フーディーニの画像」なるものをモロに目に入れる羽目になった。
元画像は女性の肩から上を写した画像のようだったが、ゆっくり観察する余裕はなかった。その女性の顔にあたる部分が、奇妙な同心円で埋め尽くされていたからだ。
自分の語彙の中で一番イメージしやすい表現をするなら、蓮コラの蓮の代わりにロイコクロリディウムの触覚を平たくしたものがびっしり顔面を覆っているような画像だった……と言えば直視できなかった心情が理解してもらえるだろうか。
嫌がるそぶりを見せればAを喜ばせるだけだと半ば本能的に感じていた僕は、平静を装って会話を続けた。案の定Aは興ざめした様子だったが、その後も僕の気分は晴れなかった。
そもそものあの女性の画像はなんだったのだろうか。どれほど妄想をたくましくしても、アナウンサーの宣材写真か健康食品のチラシについている体験者の写真ぐらいのものとしか思えず、画像変換を使って尤もらしく取引する写真とは思えない。
結局、「フーディーニ」の存在そのものがアナログ精神ブラクラをだれかに食らわせるためにAがでっち上げた嘘の一環なのだと結論づけるのが一番簡単だった。
数日後、バイト先の別の同僚のBが、「フーディーニって知ってますか?」と声をかけてきた。Bはスポーツ刈りの好青年で、とてもじゃないがAと気があうようなタイプには思えなかった。僕はAの陰口にならないように気をつけながら、得体のしれないソフトウェアの危険性を説いた。
Aは微笑んで、「それは◯◯さんがAさんにからかわれたんですよ」とこともなげに言ってのけた。それから「ホラ」とでもいうように自分のスマートフォンを見せた。
スマートフォンの画面には、やはり奇妙な同心円に覆われたBらしい人物の写真が映し出されていた。そんな画像の一体何が面白いのか、結局聞きそびれたまま僕は別の事情でバイトをやめた。
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