血飛沫とポニーテール
カナンモフ
筋繊維
深夜2時…即ち、漢の時間。一日の全てを忘れ、ただ筋肉を鍛える時間だ。13kgのダンベルをクローゼットから引きずり出し、淡々と持ち上げる。高校に入ってからストレスが前よりも溜まりやすくなり、俺は筋トレへと傾倒していくこととなった。クラスメイトのややこしい会話や、馴染めない自分自身からも解放される。
5.10.11とダンベルの重さは徐々に増し、その分筋肉が発達していった。筋肉さえ有れば、いざと言う時に便利でもある。もしものことだが、今、家へと鎧武者がやって来たとしよう、やつの哀れで愚鈍な肉体は鎧ごと俺の筋肉に粉砕され、オゾン層へ帰ることとなる。筋肉は力でこの世の全てだ。
「フンッ! フンッ! フンッ!」
ダンベルを腕でゆっくりと上げる度に、上腕二頭筋の鼓動を胸で感じる。この時が俺の最高の時間だ。10回で1セット、これを1分休憩挟んで3セットだ。パンプアップした上腕二頭筋を触り、満足したら、そのまま腹筋、脚、肩をトレーニングする。風呂に入って寝るのは大体四時ごろだ。
「まあ…今日はこのぐらいで良いだろう…」
40分後、俺は至高の時間を終えて風呂に入ることにした。裸で廊下に出た瞬間、ドアがキキッと音を立てて切り刻まれ、侵入者はぬるりと裸の俺の前に現れた。右手に刀、左手にクロスボウを持った寝巻き姿の女が、俺にクロスボウを向けてこう言い放った。
「良い筋肉を持っているな、一日借りていいか?」
俺は筋肉が使用されようとしている喜びに心を震わせ、叫んだ。
「勿論!!」
「よし、服を着ろ。今、私は刺客に追われていてな、丁度良さそうな盾を探していたんだ」
「俺が盾か!」
「お前が盾だ。断られても連れて行くつもりだったが、奇妙なことにお前は動じなかったな。もしや、組織の一員か?」
「組織じゃない、俺は真の漢を目指しているんだ」
「そうか…まず、服を着ろ」
俺はクローゼットからスウェットと短パンを取り出し、着た。女の顔は俺と同じ位に見えたが、その気だるそうな目と隈、真っ白に染まったポニーテールに、所謂大人の魅力って奴を感じた。
「チッ、何をそんなにジロジロ見ている? そんなに見るのが好きなんだったら、これを最後の光景にしてやろうか?」
「すまん、目がお前を求めていたようだ。着替えは完了したぞ」
女は俺の片目を刀で薄く切り裂いた。激しい痛みを感じ、目からは血がじんわりと流れる。こんな日を待っていたんだ。
「目の躾はちゃんとするんだな……何故笑っている? 気色の悪い奴だ」
「行くんだろ? 行こうぜ」
女は目を細めながら、俺をクロスボウで脅しながら外へと移動させた。玄関を出ると、思った以上の寒さが肌に襲いかかってきた。夏という季節に合わない気温だったが、アドレナリンが寒さを和らげてくれていたので、案外耐えられるものだった。
「名乗っていなかったな、私の名前は薙だ。組織で殺しの仕事をしている。お前の名前は?」
「鹿谷だ。楽しい一日にしようぜ」
深夜四時、俺の青春がやっと始まった気がする。
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