22、万能薬のヒント
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ダンスの次の日。
「あの、エーリク様、昨日はありがとうございます」
午前の研究が始まる前に、私は思い切ってエーリク様の真意を聞こうとした。
ところが。
「ルジェナ! おはよう!」
すでに研究室にこもっていた様子のエーリク様は、なぜか疲労困憊の様子だった。髪の毛は乱れ、目も少し赤い。
「どうしたんですか?! 寝てないんですか?」
「寝てない……そうか、そうだな」
そう答えるエーリク様の表情はとても明るく、
「聞いてくれ!」
「なんですか?!」
さらに笑顔で言う。
「万能薬を完成させるヒントがわかったかもしれない!」
「ええ!!」
それには私も驚いた。
「一晩で何があったんですか」
エーリク様は得意気に説明した。
「昨日、ベルナルドとちょっと飲んだんだけどね、そこからも眠れなくて。諦めてここに来て、万能薬について考えていたんだ」
「はあ」
エーリク様、ベルナルドさんと飲んでいたのか。珍しい。
「やはり、ルジェナの証言が大きかったよ」
「え? 私ですか?」
なんのことかわからず聞き返すと、高揚した様子でエーリク様は語り出した。
「万能薬を飲むと、眠っている間に健やかに回復する……ということは、眠ることでやはりその人本来が持つ元気を取り戻す、という効果があるんだろう」
だんだん声も大きくなる。
「だけど、眠りに作用する薬草は入れていないとルジェナは言う。この証言だよ! これは大きかった」
「あ、ありがとうございます」
お礼を言ったものの、耳には入っていない様子でエーリク様は続ける。
「コプシバを使うことは間違いないが、コプシバはそれ単体では体を温めて発汗を促す作用しかない。それもホラゼで代用できる程度のものだ。いや、ホラゼの方が飲み口が爽やかで甘いし流通も多いから、一般的にはホラゼの方が好まれる」
「そうですね」
聞いていないと思いつつ、私は小声で相槌を打つ。私が最初に淹れてもらった薬草茶もホラゼが入っていたのを思い出したのだ。
エーリク様は続ける。
「だけど魔女はコプシバを使う。なぜ? コプシバじゃなきゃだめなんだ。必要があるからだ。きっと眠りに関係する」
エーリク様は腕を組んだ。
「眠りは万能薬にとって重要な鍵であり、コプシバはこの村でしか採れない。さらにルジェナは、他の材料も庭で採れる薬草から作っていたと言っていた。そこで私は、この二つをつなぐ薬草があるんだと思い付いた」
「コプシバから眠りの作用を引き出す薬草ですか?」
一気に話して落ち着いたのか、その質問はエーリク様にも聞こえたみたいだった。目を合わせて答えてくれる。
「そうなんだよ。それで昨日の晩からありとあらゆる薬草と反応させて、眠りの成分が出るか試していた」
「ここにある薬草全部ですか?」
私は目を丸くした。
「ああ。当時のルジェナの庭にもなかった薬草でも、反応はあるかもしれないし、目指すのは魔女の力を借りない万能薬だからね。あらゆる組み合わせを試したかったんだ」
「まさか一晩中かかりっきりになってたんですか?」
エーリク様はなんでもないように言う。
「気づいたら今だった」
「それで見つかったんですか?」
「それはまだだ。でもきっと見つかる。そんな気がするんだ」
なるほど、と私は納得した。それはすごい。それは確かにすごいのだが、私は別のことを言いたくなった。
「お気持ちはすごくすごくわかりますけど、まずは少しでもお休みになってください」
放っておくと、エーリク様はずっと研究してしまう。休ませるなら今のタイミングしかない。
「午後にはまた別のお仕事があるでしょう? 今のうちに横にならないと倒れてしまいます」
言いながら、私はやっとミレナさんの気持ちがわかった。隙あらば動こうとする私を休ませようとするミレナさんも、私のことをこんなふうに心配してくれていたのだろう。
——休むことは大事です。
ミレナさんの言葉がよみがえる。そして確かに、休んだ方が次の作業がはかどるのだ。
——ここに来るまでわからなかったけど。
自分だけで作業をしていたときは、どれだけ無理をしても平気だった。
でもこのお屋敷で、心配してくれる人がいて、さらに目の前のエーリク様が寝ていないと聞いたら、休んだ方がいいと言いたくなる。
——ミレナさんは偉大だ。
後であらためてお礼を言おう。と、関係ないことを考えてしまった私に、エーリク様は名残惜しそうに言った。
「だが、まだ途中なんだ」
私は胸を張って言った。
「私が続きをしておきます」
エーリク様は眉を上げる。
「君が?」
はい、と私は頷く。
「ここにある薬草は全部一覧表にしてまとめてますから、エーリク様がどこまでやったか教えてくだされば引き継げます」
「一覧表? いつの間に?」
「最初の頃に。何かお役に立てることもあるかと思って」
エーリク様は、ほっとしたように笑った。
「それならルジェナに頼もうかな」
「任せてください!」
任せてもらえた嬉しさとエーリク様が休んでくれる安堵で、私の声も大きく弾んだ。
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そこから少しだけ、一覧表を間に挟んでエーリク様の研究の引き継ぎをした。
「ほぼ、終えてますね」
驚いたことにエーリク様は、ここにあるほとんどの薬草を調べ終えていた。
「ここにないもので手に入るものがあれば、それも試したいな」
エーリク様は言い、私はふと思い出す。
「私がいた工房なら薬草は手に入ると思いますが」
しかし、エーリク様は眉を寄せた。
「あまりこの場所を教えたくないんだ」
「そうですか」
そう言えば、エーリク様は静かに過ごすのを望んでいたとミレナさんが言っていたのを思い出した。私としても、今さらかかわり合いたくないところだ。だけど薬草はほしい。
——あ、そうだ。
私はもうひとつ思い付いた。
ここに食料を運んでくれる宿屋には、いろんな行商人が出入りしていたことを。
「宿屋に声をかけておいてはどうでしょう? 薬草を手に入れたら次の荷に入れてもらえるように」
それならここのことは隠せるはずだ。
エーリク様も頷く。
「そうだな。荷は全部厨房に来るから、ブレンに薬草を多めに仕入れるように言っておこう」
「楽しみですね」
研究が進む高揚感を今更ながら感じて、私は言った。
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「いらないとはどういうことだ?」
ダリミルは苛立った声を出したが、行商人のパウルは涼しい顔で答えた。
「言葉通りですよ。いくら数は揃ってもこれだけ質が悪かったら買い取れません。人を増やしたみたいですが……」
パウルはにんまりと笑う。
「頭数だけあっても無駄ってことですね」
「なんだと、この!」
「おやおや、坊ちゃん」
パウルは微笑みを崩さず、ダリミルに一歩近づく。
「あんまり舐めていちゃいけませんよ」
浮かべているの笑みなのに、なぜか威圧感を感じ、ダリミルはパウルが近づいた分だけ後ろに下がった。
黙り込むダリミルを見て、パウルはいつもの調子に戻る。
「先代の頃は何もしなくても上質な薬がいただけたものですけどねえ。代替わりでこんなに変わるとは」
「知るか」
「まあ、いいですけど、じゃあ、私はこれで」
「待て!」
パウルはわざとゆっくり振り向いた。
「なんですか?」
「少しでいいから買い取ってくれ……」
にやり、と笑いたいのを堪えて、パウルは困った顔を作る。
「とはいえこれじゃあねえ……」
「頼む」
「だいぶお困りのようですね……そうだ薬草そのものならいくらか引き取ってもいいですよ」
「薬草?」
「ええ。私もかさ張る薬草より薬の形でいただきたかったんですが仕方ない。どうします?」
「薬草でいい。それを持って行ってくれ」
「……毎度あり」
パウルは満足そうに呟いた。
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