17、コプシバかコプナラか
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ダリミル・バレクスは、小さい頃から自分を天才だと思っていた。
文字もすぐ覚えたし、計算も簡単に出来たからだ。
「こりゃ、こんな村に置いておくのはもったいない。王都で勉強させよう」
そう言ったのは、ダリミルの祖父だ。
祖父に逆らえないハンスは二つ返事で、ダリミルを王都の知り合いの薬草工房に修行に出させた。
学校に行かせてもらえると思っていたダリミルはがっかりした。
「どうせ、お前はうちを継ぐんだから、王都のやり方を勉強してくればいい」
仕方なく住み込みで働いたが、全然楽しくなかった。扱う薬草の種類が多すぎて、覚えきれずいつも兄弟子たちに怒られた。
それでもなんとか覚えて調剤も任され、やりがいも覚えるようになった頃。
ハンスから、すぐ家に戻れと言われた。
嫌だった。
なにもかもこれからだったのに。
あんな田舎に帰りたくなかった。
そう思う程度には王都に馴染んでいた。
でも帰った。
それが一ヶ月前のことだ。
「息子のダリミルだ。知っての通り、私は腰がなかなか治らないのでね。後はこいつに任せることにしたよ。みんなよろしく頼む」
「ダリミル・バレスクです」
全従業員を集めてそう挨拶をしたものの、片手で足りるほどしかいない。
——こんなもののために帰ってきたのか。
村に戻ってからのダリミルは、常にイライラした気持ちを抱えるようになっていた。
そんなある日。
ダリミルは、井戸の横にコプナラとコプシバという二種類の薬草を雑多に置いて、少しだけその場を離れた。
この二つの薬草はほぼ同じ見た目なのだが、薬効は全然違う。注意が必要な仕分けだからこそ、自分がしなくてはいけないだろう。
そう思ったダリミルだったが、用事を済ませて井戸に戻ると、さっき置いたばかりのコプナラとコプシバが綺麗に分けて置かれていたので驚いた。
誰が一体、と思う間もなく、ルジェナが大量の乳鉢を持ってきた。
「ここ、使っていい?」
「あ、うん」
井戸の水でそれらを洗い始めたルジェナは、ついでのようにあっさりと言った。
「あ、ダリミル、それ分けておいたよ」
「分けて? なにを?」
まさかと思って聞き返すと、ルジェナはコプナラとコプシバを山を指した。
「それ」
——お前が? この短時間で?
そんなわけない。どうせディーゴーが手伝ったのだろう。そうだな、二人がかりならわからくもない。
なんとか気持ちを落ち着かせようとしたダリミルは、確かめてやろうと持っていた試薬石であらかじめ二枚の葉を確認した。
そしてその確認部分をちぎり、乳鉢を洗うルジェナに話しかけた。
——これでその鼻をへし折ってやる。
「ルジェナ、お前、コプナラとコプシバの区別がつくのか?」
「うん、そうだよ。葉っぱのギザギザが深くて刺がないほうがコプナラだよね」
「へえ……さすがだな。じゃあ、これとこれ、どっちがコプナラだ? 教えてくれよ」
ダリミルは用意した二枚の葉を差し出した。
「え?」
両方を見比べたルジェナは首を捻った。
「それはどっちもコプシバじゃないの?」
ダリミルは目を丸くした。
その通りだった。ダリミルはわざとコプシバを二枚出したのだ。
「ルジェナ! お前! こっそり試薬石を使ったな?!」
どず黒い感情が湧く。
ダリミルは叫んだ。
ルジェナはびっくりしたように答える。
「つ、使ってないよ! 見てたでしょ? 葉っぱに触ってもいないじゃない」
「ふん、どうだか」
絶対、何かズルをしたのに決まってる。でないとわかるわけがない。
「どうしたのよ、ダリミル?」
ルジェナは怪訝そうな顔をしながら、乳鉢を洗い続けた。
「じゃあ、これはどうだ?」
ダリミルは、今度は乾燥させた花弁をふたつ差し出した。
「どっちがサイリーの花で、どっちがカダの花だ?」
自分が兄弟子たちによくいじめられた問題だ。どちらもとても似ている。しかし、ルジェナは手を止めることなく答えた。
「ダリミルから見て右がサイリー」
正解だった。
この後もいくつか問題を出したが、ルジェナは全部すぐに答えた。出す問題が尽きると、ダリミルは不機嫌そうにむっつりと黙った。
「ダリミル? どうしたの? 気分でも悪いの?」
ルジェナが心配そうに声をかけたが、ダリミルは思わず怒鳴った。
「なんだよ! そのタメ口は!」
「え?」
「いくら同級生だったとは言え、今は俺が工房長、お前はただの薬師だろ! 言葉に気を付けろ! ただでさえ魔力がなくてみんなを困らせているくせに」
「え、あ、そうか……そうだよね。ごめん……じゃない、すみません」
「気を付けろ!」
ダリミルが、ルジェナが何をしても気に入らなくなったのはそこからだ。
あちこち動き回っているのを見たら、忙しいのにいい気なもんだと腹が立ち、ひとつのことに集中していたらもっと他にも目を向けろと言いたくなる。
——リリア・ステイトでぇす。よろしくお願いします。
リリアが採用されたのは、そんなときだった。
ダリミルの母ダナがハンスの看病に忙しくなって手が足りなくなったのだ。
——これ、どうするんですかぁ?
リリアはルジェナと違い、最初から敬語だった。なんでも聞いて頼ってきて、可愛かった。
そんな可愛いリリアから、ルジェナが仕事を全部リリアに押し付けていると聞いて辞めさせようと思った。
事実なんかどうでもいい。
ルジェナを困らせられたらそれでよかった。
だからあんな無理難題をふっかけた。
真冬にユスの実を探せだなんて——
——いや?
「工房長、お疲れ様です」
過去を思い返していたダリミルは、事務所に入ってきたフランツの声で我に返った。
ああ、と頷きながら、ダリミルはフランツの顔をじっと見つめる。
あのとき。
ルジェナにクビを告げたとき。
——無理難題をふっかけたのは、フランツだったよな?
フランツに金を渡して嘘をつくように持ちかけたのはダリミルだが、あそこまでするつもりはなかった。
困らせて、泣きついてくるのを待つつもりだったから。
——あのときはその方が盛り上がるからと、気にしてなかったが、そもそもこいつはなんであんなことを言い出したんだ? そんなにルジェナが嫌いだったのか?
ダリミルの視線を感じたフランツは、不思議そうに言った。
「工房長、どうしました? 俺の顔に何か?」
そんなにルジェナが嫌いだったのかと聞こうと思ったダリミルだが、直前で言葉を飲み込んだ。
じゃあ、お前もなぜあんな茶番を持ちかけたんだと聞き返されたくなかったのだ。
「あ、いや、なんでもない。新しい奴らの調子はどうだ?」
——まあ、今さらどうでもいいことか。
それよりは納品数を上げることが今は大事だ。
案の定、フランツは肩をすくめて言った。
「新人五人のうち、三人が今日で辞めるそうです」
「なに?」
「残りの二人も時間の問題じゃないですかね?」
「どうしてだ?!」
「素人には無理ですよ。覚えること多いし」
「ちっ」
どいつもこいつも使えない奴だ、とダリミルは舌打ちした。
フランツは相変わらず何も読み取れない顔をしていた。
——そう言えばこいつはディーゴーみたいにルジェナを呼び戻してくれとは言わないな。
気にはなったが、ダリミルはそのまま口を閉ざした。何を考えているのかわからないフランツが不気味に思えたのだ。
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