3、わかりました、ここを辞めます
「そのリリアもなにも、うちの工房に働きに来てるリリアは一人だろうが。馬に食べさせようとしたのは昔の話だろ? 今は大人しいんだよ」
ダリミルはどこか嬉しそうに言った。嫌な予感がした。
「あんまりにもリリアの作業効率が悪いんで聞いてみたら、泣きながら教えてくれた。自分がどれだけがんばっても、全部ルジェナに横取りされてしまうってな」
「え?」
「他の人に訴えても、年数の長いお前の言うことを疑いもせず聞くってリリアは泣いていたぞ。ひどい話だ」
「ちょ、ちょっと待って」
ダリミルがリリアに丸め込まれているだけならまだいい。
——でも、もしも、リリアが嘘をついているのを承知でそれに乗ったとしたら?
私ははっきりと告げた。
「私、本当にリリアの成果なんて取ってないよ」
「素直に認めないだろうとは思ってたけど……見苦しいぞ、ルジェナ」
「認めないんじゃなくて」
ダリミルは口角だけ上げ、目の笑っていない笑顔を作った。
「そうそう、この間のジッドの苗。あれもリリアに手伝わせていたんだってな」
「……私が全部植え替えた」
ジッドは温室で育てている薬草のひとつだ。この間大きな鉢に植え替えたのだが、リリアは何ひとつ手伝っていない。
「ダリミル、信じて。私、リリアにも誰にも仕事を押し付けたことはないから」
むしろ魔力がない分、必死で勉強した。朝は誰よりも早く起きて準備し、夜は誰よりも遅くまで片付けをした。
置いてもらっている恩を返したかったから。
少しでも、必要とされたかったから。
と、そこに事務所の扉をノックする音が響いた。
「おお、来たか。入れ」
ダリミルが声をかけると、
「お邪魔しまぁす」
「失礼します」
リリアと、リリアと同じ頃に雇われたフランツさんが入ってきた。
フランツさんは別の村からきた薬師で、私たちより五歳上の二十三歳だ。
何度か一緒に作業したことがある。
リリアはともかく、フランツさんまでなぜ、と思っていたら、
「ルジェナ、もう罪を認めて!」
リリアがわっと泣き出した。
「つ、罪って?」
あまりにも芝居がかった様子に呆気に取られていると、ダリミルが立ち上がり、リリアの隣に移動した。
「かわいそうにリリア。こんなに怯えて」
——え? 怯えているのそれ?
どちらかといえば気持ちよさそうに号泣するリリアの肩を抱いて、ダリミルは私に言う。
「ルジェナ、お前、自分は魔力はないけどこの工房の役に立っている、そう思っているだろ?」
その通りだった。
ダリミルは、フランツさんに視線を送りながら言った。
「残念ながら、お前の調剤の腕はフランツに言わせれば、ひよっこもひよっこらしい。フランツ、説明してやれ」
「あの」
フランツさんは、気まずそうにボソボソと喋った。
「ルジェナさんの調剤だけじゃ不十分なところがあったので、いつも俺が手直ししてました」
——え?
「多分、今までのも、みんなこっそり直していたんだと思います。そういうの本人のためにならないと思って、俺、ダリミルさんに言いました」
「な? リリアとフランツ、この二人の話を聞いて俺はお前をここに置いておけないと思ったんだ」
私はフランツさんだけを見て、真っ直ぐ聞く。
「フランツさん、それ、本当なんですか? 本当に今までの私の調剤、直してくれていたんですか」
フランツさんは私から目を逸らして頷いた。
「はい。すみません、そのとき言わなくて」
「どうして……黙ってたの。みんなも」
最近来たフランツさんは無理でも、他の人は言う機会がいくらでもあったはずだ。その答えはフランツさんから、気まずそうに告げられた。
「みんな、気を使ってるんだと思いますよ。魔力のない魔女なのに調剤も下手くそなんて」
——そんな。
ショックを受ける私に、ダリミルが畳み掛ける。
「だから最初に俺が言っただろ? お前みたいな『赤毛の役立たず』。今まで置いてもらっていただけありがたく思え」
「……わかりました」
それ以上、置いてくれとは頼めなかった。
「辞めます……お世話になりました」
私はクビを受け入れた。ダリミルは当然のように言う。
「じゃあ、荷物をまとめて出ていってくれ」
「はい」
とりあえず小銭をかき集めて村外れの宿屋にでも泊まろう。今日だけなら何とかなる。明日のことはわからないけれど。そう考えた私がノロノロ動き出したそのとき。
「待ってください」
フランツさんが私を呼び止めた。
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