死神となった少女のお話~死神となって好きな人と再開しましたが、もう会えません~
柚月ゆう
前編
灰色の薄雲が月にかかり、満月の橙色が淡く朧気に、町のほぼ中央を流れる川に映る。
大路地には雪が積り、様々な足跡が残っている。
おそらく、昼間に付けられたのであろう。大小様々な足跡があちらこちらへと向いていた。
月光を僅かに反射する地面の雪のおかげで、道路を難なく見渡す事ができた。また、数十メートル先には街灯が立っていた。
ここは、街灯も立たないような町の外れで、幅一メートル程の小川が流れている。小川を辿ると、町のほぼ中央を流れている川に合流しているのだろうか。
ふと気付くと、小川のせせらぎに別な音が重なっていた。
ざぶざぶと、何かを洗う音に、低く押さえたような笑い声。
男性だろうか。小川の岸に膝をつき、背を丸めて何かを洗っている。よく見ると、顔や衣服に赤黒い染みが付いていた。洗っているものは、タオルのようだ。
さあっと風が吹き、風に乗って小さくサイレンの音が流れてきた。
「ふ、はは…ははは……ついに……ふふははは…」
小さなサイレンの音に、男性の低く押さえ込まれた笑い声が重なる。男性は今もタオルを洗い続けていた。
ふと、男性に人影がかかった。月を背にして、何者かが男性の前に立っている。そして、影が動いた。細長い、棒のような物に座り込む。
男性の前には、川が流れている。つまり、そう。影の正体である者は、浮いているのだ。
「……あなたね?タダノ テルオ…さん?」
影が発した声は、少女のように高い声だった。しかし、月の出ない深い夜のような色をしたマントを羽織り、マントのフードを深く被っているため姿は分からない。
「タダノ テルオさん?」
影がもう一度、今度は確信を込めたように男性に問いかけた。しかし、男性は聞こえていないようで、なおも押さえた低い笑い声を発しながらタオルを洗っている。
影は、仕方ないわね、と呟くと、片手を伸ばした。
すっと、伸ばされた手は、男性の額に触れるか触れないかの位置で止められた。
指先に、ぼぅと蒼白い光が灯る。
影は指先に灯った光を自分の元へ引き寄せた。
そのまま光を覗き見る。
「…あなたがタダノ テルオさんで間違いないわね?」
ちらりと、男性を見るが、男性…タダノ テルオは気付かない。
「…ふぅん。あなた、今日、罪を犯したのね。ヒトとしての罪」
影は呟くと、光を消してすくっと立ち上がる。
立ち上がるとほぼ同時に、流れるような動作で細く長い棒の様なものを片手で持った。棒の先で、何かが僅かな月光を跳ね返す。
「まぁ、罪は関係ないけどね。……でも。今日じゃなければ、今の季節じゃなければ、もっと……」
男性は己の変化に気付いていない。
雪が積もる季節の深夜。流れる川は、凍ってはいないが、氷のように冷たい。
男性の動作は、緩慢になっていた。
影は棒を前に突き出し、両手で持って傾けた。
「もっと……生きれたのにね」
瞬間、ごぅと強く風が吹き、影の姿を隠していたマントのフードが取れ、マントの裾が翻った。
強く吹いた風に薄雲が晴れ、満月の月光が降り注ぐ。
影の姿は、16、7才程の少女だった。
月光を弾く長い濡羽色の黒髪は、片方にだけリボンが編み込まれ、フードを被っていたためか、片方の肩に流されている。長さは胸まであった。
首元には白いマフラーを巻いている。
マフラーと同じ白い服は、袖が七分丈程で、袖口、服の裾にはそれぞれ水色のリボンが編み込まれていた。
ミニスカートがマントと同じく風に翻る。
膝程まである編み上げブーツを履いた足が、一歩踏み出された。
両手に持った棒の先には、三日月を横半分にしたような形の刃が付いていて、静かに振り上げられる。
少女には哀しみとも取れる表情が浮かんでいた。
ふと、何かが聞こえた気がした。
「…さようなら」
少女は呟き、鎌を静かに振り下ろす。
鎌は音も立てず、男性を袈裟斬りした。
しかし、男性に傷は見られない。
鎌は男性を通りすぎただけだった。
男性から蒼白い光の玉が浮き上がる。その代わりに、男性は静かに倒れ込んだ。
「…い!おい、おっさん!大丈夫か!?」
ふいに、若い男性の声がした。
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