第一章 全ての始まりの記録
abyss:01 出会いの季節①
季節は4月後半、よそ風は涼しく頬を流れていきぽかぽかした眠くなるようなとても暖かい季節。
4月から大学生活が始まり新世界都市の大学に通うためいつもの満員電車に揺られていた。昔ここの都市は消滅するほどの爆発があったらしいけど俺は小さい頃の出来事で全く知らずに育った。中学生になって新世界都市をたまたま知り、調べたことがある。
尋常ではない被害だったことが資料でわかったが、なぜか段々と気分が酷く悪くなり二度と調べようとしなくなっていた。
大学にこだわりはなかったが母さんが薦めてきた新世界都市の大学に通うことにした。
勧められた理由は、俺の学力で余裕で行けるということ、最先端の学問・知識と経験を学べること、友達と彼女をつくって楽しい
世界中の技術や情報が常に飛び交っているこの都市なら退屈することはないし同じ時間をどこか他の場所で過ごすのであれば将来の自分の投資としてこの場がいいと最終的に自分で決めた。
今乗っている電車は超満員のすし詰め状態だ。
身長が180センチあるので暑苦しい下の空気を吸わないで済む。
車内の空調が直接当たるのはなんとも気持ちがいい。しかしこう毎日スマホも触れない満員電車に揺られているっていうのは時間が勿体無い。将来は満員電車とは無縁な人生を送りたいものだ。
といつも考えてしまう。
嫌味ではなく本当にありがたいことに母さんが美人なので親譲りの顔立ちはとても感謝しているが大学に行くと女子たちがキャーキャー騒ぐのはなんとかならないものか。
俺はアイドルじゃない。
アイドルになりたいわけでもモテモテになりたいわけでもない。
どちらかと言うと顔しか見られていないから母さんの言う友達と彼女を作って、というのが難しい。
俺はアクセサリーではない。
高校生の時はそこまで酷くなかったが大学生になると大人びた高校生あがりや先輩たちからの誘惑や誘いが多い。
これだけモテると目立たない服装で行かざる負えなくなる。
最近は毎日、黒い帽子を深く被り服装も地味な上下黒のモード服を着ている。
これはこれで違う層の女子に目を付けられてしまっているが目を合わすことなく空気を消すにはちょうどいいかもしれない。
とぼんやり考えていたら
<────そ─n>
誰かが自分を呼んだ気がした。
強いて言うならば誰かの視線を感じる、に近い感覚だ。
満員電車内を見渡すが、みんなスマホか読書をしていて俺を見ている人は誰もいない。
気のせいか、と目を落とすと目の前にいる女子大生が苦悶の表情をしていた。よくよくみるとモデルみたいにパチリとした目をしていてメイクも派手過ぎず引き算した顔の良さを際立たせるお化粧をしていたから余計にその可愛さと美しさが際立った。
上から見えるものと言えば顔と赤い髪くらいなもので手入れされた艶やかな毛質をしていた。
電車に酔ったのか、満員電車で圧迫されて体調が悪くなったのかどっちだろうか。
大丈夫かなーって見ていたら、おや? どうも気分が悪いようじゃないみたいだ。
片方の手を腰の後ろに回してなにやらもぞもぞしている様子からトイレという可能性も考えたがどう見てもそれではなさそう。
手で何かを払いのけるような動作と満員電車でこの状況は…………
ああ。痴漢か。
身長が高いから彼女の頭部を上から見ることはできるが女子大生の背後で誰が触っているのかまでは目視ができない。
犯人が確実にわかればいいがもし違う人を犯人扱いしてしまったら冤罪になりかねない。見て見ぬ振りが無難なんだろうな、普通なら。
そういう星の下に生まれているのかたまたまタイミングが悪いだけなのか…………
またトラブルに巻き込まれた。
もう慣れたけど。
事件・事故に巻き込まれた人に出くわして助けるのは今回の痴漢が初めてではない。いつもなにかしら定期的にこういうフラグが立ってしまう。
見て見ぬ振りができないんだ。
俺の母さんが困っている人、怪我をした人を見かけたら「困っている人を助けるのに理由なんかいらない」といつも助けている背中を見て育った。母さんの行動が頭をチラつくから尚のこと俺もほうって置けなくなる。
助けて感謝されることで自分が良いことをした、やってよかったと納得することができる。
相手も自分も嫌な気持ちになることはない。気持ちがいい。
自己満足といわれればそうかもしれないが、自己満足でOK!
俺が助けたいと思ったから助けただけで、なにも行動しなかった他人が外野から何を言おうと俺にはそれこそどうでもいいことだ。
痴漢は犯罪だ。なので今回の痴漢現場を見てしまったからには見て見ぬ振りはしない。俺の目の前で女子大生が被害にあっている。
今ここで犯罪者を捕まえれば明日の別の被害者を出さないで済む。
こういうのはやらない
さて…………誰が犯人か。
彼女の周りの男どもの挙動を一人ずつ確認して行く。
彼女の隣にいる茶髪の成人男性はちょっと睨んだら目をそらしたし彼女の苦悶の表情が収まったわけではないから犯人ではない。
なんとなく犯人を絞り込めたが確証が持てないまま降車駅に着こうとしていた。
彼女は自分のカバンの中に手を入れゴソゴソと何かを持って背後に手を回した。
駅に着く前に彼女のおしりを触っている男の手を掴まなければ確実に犯人を突き止められないし現行犯の証拠にならない。しかしこの満員電車というものは身動きができないくらい密度が高いため思うように両手の自由が利かないままドアが開いてしまった。
一斉に人が電車の外に濁流のように出ていく中で彼女はさっきより険しい顔になり背後の男の手を掴ん上に持ち上げ
「この人痴漢でーーーーーーーーーす!!!!!」
と叫んだ。
男の手の甲には赤い口紅がついていた。さっき彼女がカバンの中から何かを取り出したのは口紅だった。
おしりを触っている男の手の甲に塗り付け言い逃れできないようにしたのだ。
必死に逃げようとしている男を逃がさないよう必死に手をつかんでいる。
周りの人間は関わりたくないのだろう。見て見ぬふり、急いでその場から離れて階段を登って行ったりする者も少なくはなかった。人間慣れていない出来事が起きると回避か傍観のどちらかになるよな。
痴漢は手を振りほどこうとバタバタしたが、しっかり掴まれ振りほどけずにいた。
目はキョロキョロ泳ぎ、顔から滝のように汗が流れ焦っている。
「この口紅が痴漢していた証拠です!!!」
彼女に目印を付けられたことで逃げられないと悟った痴漢はカバンの中に手を入れると、なんとナイフを取り出した。
彼女は痴漢がカバンに手を入れた瞬間、痴漢の手を離して数歩下がり肩にかけていたカバンを自分の前に構えナイフで刺されないように防衛姿勢を取った。
この女子大生、冷静に状況を判断して対処できている。
おいおいおい!ナイフ出すって、お前やりすぎだろ。
(そんな簡単人を殺そうとするな)
どんだけ普段から命狙われるような脅迫ライフを送っているんだ。
これは俺が育ってきた環境の話になるんだが、幼少より母さんから武術、武器の扱いは叩き込まれて育てられた。
武器の中にナイフもある。ナイフの殺傷力がどれほど高いか過去の実践経験が頭の中で蘇る。
彼女だけでなく他者を含めて血の惨状になる可能性が大いに予測できる。大怪我どころか最悪命を落とす可能性がある。仮に命は助かっても傷が酷ければ一生
素人が力任せに振り回すナイフほど怖いものはないのだ。
もしここの誰かが命を落とすようなことがあれば家族はとても深い悲しみに包まれる。何も悪いことをしていないのになぜそんな目に遭わなければならなのか。
世の中ってのは理不尽で無情なことが突然やってくる。
今起きていることがまさに理不尽だ。
もう一つ俺の話なんだが、これが過去のトラウマによるのか自分でもはっきりわからないが、男か女かわからないくらい顔に切り傷があり血の涙を流しながら半分飛び出た大きな目玉をギョロリと瞬きもしない顔の記憶が出てくる。
この映像が初めて頭に浮かんだのは小学校5年生のとき、クラスの女の子が酷いいじめにあって大泣きした姿を見たときだ。
女性が傷つけられている姿を見ると無力で何もできなかったいつかの自分を思い出し我を忘れかける。
悪い感情が爆発し、いじめをしたやつボコボコにしちゃった。さすがにやりすぎて問題になったけど周りのみんなが擁護してくれていじめをした奴らは転校したっけ。
そんなわけで冷静に解説をしているが今の俺に目の前にある危機的状況に一刻も対処しなければ、と怒りで意識が飛びそうになるのを抑えながら痴漢との距離を詰めていた。
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