第98話

「トレイン娘は助かるのか!助けてくれるのか!」


「ハヤト、落ち着きましょう。トレイン娘は預かります。まずは転移前の記憶を返します」


 トレイン娘が光を放って消えた。

 更に女神の手から光が放たれ、全員が光に包まれる。

 これはゲーム世界に転移する時の記憶か。


 そうか、思い出した。

 転移する時、俺達は女神に会っていたんだ!




 転移する直前の話にさかのぼる。


 高校の休憩時間。

 俺は机を枕に寝ていた。

 その時周りが騒がしくなる。

 起きて周りを見渡すと周りが黒く染まっていく。


 俺が呑み込まれるとそこには光が広がっていた。


 青い空と白い雲が広がり、クラスのみんながいた。

 女子は不安になって皆喋りはじめる。


 皆きょろきょろと辺りをみわたす。

 だが、全員が同じ方向を向く。


 得体のしれない気配を感じて俺もその方向を向く。

 そこには恐ろしいほど見た目の整った女性が立っていた。

 見た瞬間に人でない者だと分かった。


「私の名はエロスティア、今から転移してもらう世界の神です。今からみなさんにイメージを送ります」


 頭にイメージが浮かぶ。


 女神エロスティアの世界は停滞から衰退し、滅びる道を繰り返している。

 俺達が異世界に行く事で、世界の人間が刺激を受ける事を望んでいる、か。

 更に、読み書きの基礎的な能力も頭に入ってきた。


「あなた方が異世界に行く事は決まっています。


 ですが、道を選ぶことは出来ます。

 道を選びなさい。


 1つめは固有スキルです。


 道は3つあります。


 1つ目は楽な道です。

【勇者】【賢者】【剣聖】などの特別な固有スキルを選ぶことが出来ます。

 ですが、おすすめはしません。

 この固有スキルを選ぶことで、ここにいる他の誰かが苦しい道を選ぶ必要があるのです。

 そして、見えるのはあくまで数日中の未来だけです。


 2つ目は普通の道です。

 この道がおすすめです。


 最後の道は苦行の道です。

 

 扉を2回通る事で、私の世界に転移します。

 ただし、私に会った今この時の記憶は封印します。

 さあ、選びなさい」


 俺達の前に固有スキルが表示される。

 俺はこの固有スキルを見た瞬間に気づいた。

 ゲームと同じだ!

 プリンセストラップダンジョン学園・NTRと同じスキルだ!


 俺が口を開こうとすると、女神の声が頭に響いた。

『言ってはいけません。転移者の多様性を持たせたいのです』


 多様性か。

 アメリカの大学で優秀な生徒だけじゃなく、勉強が得意じゃない金持ちも混ぜて入学させるって話がある。


 そしてアメリカはエリートだけで国を運営して、ベトナム戦争を起こして国際社会から大きな批判を浴びる結果になった。

 そこで、エリートだけの多様性の無い人選に問題があるって事になったんだったな。


 頭のいい人は多様性の大事さをよく言う。

 多様性は大事なんだろう。


 女神エロスティアの世界は今停滞している。

 停滞から脱却するために転移者を召喚するなら、様々な考えを持った者を呼んだ方がいい。


 その為の多様性か。

 ……でも、多様性を考えるなら、様々な年齢と、様々な国からランダムに召喚した方がいいんじゃないか?


『やっていますよ、多くの国から定期的に転移者を召喚しています。そして、変える者を求めているので、老人は召喚しません。国を変えるのは多くの場合若者ですから』


 いつの世も適応力があるのは常に若者だ。

 老人では急激な変化に耐えられない事が多い。

 


 



 俺達の前に3つの扉が出現した。

 3つの扉の上部には漢字で【楽】【普通】【苦行】と書かれていた。


 アサヒと不良グループは【楽】と書かれた扉の前に立つ。


 女神は笑顔で言った。


「その道を選ぶと、誰かが必ず苦行を強いられる事になります。


 そしてその扉は2つ目の扉も【楽】を選ぶことを意味します。

 2つの扉で苦行を選ぶ者が出てしまいます。良いのですか?」

「構わないよ、それにここでの記憶は消えるんだよね?ならいい道を選んだ方がいいに決まってるんだよ」


「ですが、魂の成長を考えると、普通の道を選択する方がおすすめです。苦しみに耐えられるなら、苦行を選ぶのもいいでしょう」

「必要無いよ!」


 不良グループとアサヒの考えは変わらない。


 俺はアサヒと不良グループに抗議した。


「それはひどすぎるだろ」

「うるさいよ!」


 俺はアサヒに殴られて地面に倒れる。

 更に不良グループに蹴られて意識を失った。




 目を覚ますと、ヒメが俺を膝枕していた。


「大丈夫?」

「ああ、大丈夫だ。皆は、もう道を選んだのかな?」


「選びましたよ。残るはハヤトとヒメだけです」


 扉を見ると、【苦行】の扉だけが残されていた。


 その上にはスキルが表示されている。


【料理・スライムアップ・ポーション強化】

【訓練】


 スキルを選んで扉に入る事で固有スキルが決定される。

 ゲームと同じならどっちも、最初は苦労するだろう。


「これって、俺とヒメの2人で4人分の苦行を受けるのか?」

「そうです。苦行の未来が待っています」

「俺が、4人分の苦行を受け取ることは出来ないのか?」

「無理です。どうやっても2人とも苦行を体験します。ですが、この中で苦しいのは【訓練】の固有スキルでしょう」


 俺は訓練の固有スキルを取得した。

 自動的にヒメの固有スキルが決まった。


 俺はヒメの手を引いて苦行の扉をくぐった。


 扉に入ると、また同じ部屋に戻っていた。


「2つめの道、ジョブを選びましょう。と、言ってもジョブは2つしか残されていませんし、苦行の道しか残されていません」


 苦行の扉の上には2つのジョブが表示されていた。


【ポーション錬金術師】

【闇魔導士】


 考える必要すらない。

 ヒメは固有スキルとシナジー効果のあるポーション錬金術師だ。

 俺は闇魔導士か。


 俺は闇魔導士を選択した。

 自動的にヒメのジョブが決まる。


「この扉をくぐれば、異世界に転移します。準備はいいですね?」


「大丈夫だ」

「私も大丈夫」


 女神が笑顔で答える。


「絶望する必要はありません。最初の苦しい道が間違っているとは言えません。人生は長いのです。後になってみなければどちらが幸せか分かりませんよ」


「さあ、異世界への扉です。旅立ちなさい」


 こうして、俺とヒメは、手を繋いで一緒に苦行の扉に入った。




 現実に引き戻され、周りを見渡すと、全員がアサヒから距離を取っていた。

 それは前からか、だけど、前より更に嫌われている。


 アサヒは俺とヒメに苦行を押し付けた。


 そして、記憶が消えるから何をしてもいいと考えている。

 全員がその事実を思い出したのだ。


 更に文句を言った俺を殴って黙らせた。


 嫌われないはずが無いのだ。


 アサヒは気にせず女神に質問をした。


「これから僕たちはどうなるんだい?」


「今度は転生してもらいます。

 同じ世界に転移しますが、世界の法則を変えます。

 簡単に言えば、ゲームのアップデートのような事を行います。


 ここにいる全員の能力を初期値に戻し、今の記憶を保持したまま転生してもらいます。

 良かったではないですか。

 器用貧乏な勇者のジョブから生まれ変わることが出来るのです」


 アサヒの顔が変わる皆


「今の記憶を保持する?それはここでハヤトを殴った事も僕が【楽】の道を選んだ事も全部皆が覚えているのかい?」

「そうなります」


 アサヒの表情が怒りで歪んでいく。


「勇者のジョブは弱いのかい?いや、よく考えたらおかしいと思ってたんだ。勇者なのにブレイブアーツ以外強いスキルが無いんだ」


「勇者はブレイブアーツ以外は器用貧乏です。そして威力の高いブレイブアーツも1時間に1回しか使えません。他のジョブの上級スキルならもっと高回転で使えたり、クールタイムすらない場合もあります」


「だからか、僕がハヤトに負けるのはおかしいと思っていたんだよ!


 それにここでの出来事を皆が覚えたまま転生するのはおかしい!

 おかしいおかしいおかしい!

 記憶が消えると言って騙した!

 女神が騙した!


 楽な道と言って僕を騙した!

 強くない勇者を僕に押し付けたんだ!


 レベルもスキルもリセットされるのは聞いてない!

 騙した!

 お前は女神じゃない!

 悪魔だ!


 僕はおまえにハメられたんだあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 女神は子供をあやすような口調で言った。


「騙していません。

 一度しっかり記憶は封印しました。


 楽な道と言ったのは数日後の未来までの話だと言いましたよ。

 

 レベルとスキルのリセットは言っていませんでしたが、これは転移者全員が受ける事です。

 今まではゲームのチュートリアルのようなものです。


 それに悪い事だけではありません。

 この経験のおかげでみんなの魂は成長しているのですよ。


 アサヒ、あなたはもっと苦労をして魂を成長させた方がいいでしょう。

 アサヒ、あなたは他の者に比べてそこまで苦労を経験していないのです」


 その後もアサヒは何度も怒って女神エロスティアに怒りをぶつけた。

 女神は子供をあやすように返答をする。


 アサヒから更に人が離れていった。


 女神エロスティアは愛の女神だ。

 アサヒですら母の愛で幼い子を愛でるように対応している。

 女神は人とは異なる存在だと思った。


 それに、女神と俺達では見ている次元が違うように思う。

 俺はレベルやスキルのリセットでショックを受けている。

 でも女神はそんな事よりも魂の成長を重視しているように感じる。


 俺は能力値のリセットを代償やペナルティーのように感じている。

 でも、女神は『代償』と感じていないように思えた。

 信託を受けた者が転移者の弱体=代償と捉えたのか?

 いや、そんな事より1番に聞くことはトレイン娘だ。

 話が終わったらその事を聞こう。


 魂の成長か……スティンガーも、アルナもアサヒも、魂の成長が足りない。


 そう感じた。

 魂が何なのかははっきりとは分からないが、魂が心の成長だとすれば、納得できる。


 だから世界が滅びるのか?

 

 女神の考えは俺には分からないのかもしれない。

 でも、魂の成長によって、アサヒのような人間がまともになっていけば、世界の滅びを防げるんじゃないか?


 俺は、そう感じていた。

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