第42話 星に願いを

「でな、今見える星の光ってのは、恐ろしいほど昔からきた光となるわけなのだよ、小枝君。これはつまり距離ではなく光を基準としてて、光の速さは1秒間に30万km……1秒で地球を7周半できるスピードだな。地球から月までは光速で1.3秒、太陽までは約8分となる。しかしながら、太陽から一番近い恒星ケンタウルス座α星までですら約4.3光年。あっ、1光年てのは光が1年かけて届く距離のことな」


「うへぇ~……」


「1光年は距離換算だと9兆4600億km……約10兆だな。東京~大阪間が500kmだとして、新幹線で100億往復の距離だ。光の速さでもこれなんだから、一番近いケンタウルス座まで行くのにも、とんでもない叡智が求められるわけだ」


「うへへぇ~……」


「となると、太陽系より遠い銀河系の恒星から来た光はいったいどれほどの年月をかけて届いたかすらなんて想像すらできないだろう。オリオン座の中で最も明るいベテルギウスですら500~600年前だ。銀河系の彼方ともなれば、下手すりゃ数千年・数億年前の光だってありえるわけだ。目の前の夜空の輝きがだぞ?」


 いつもの小枝らしからぬ、弱った表情が見えた。いささか弁が過ぎただろうか。


「あ、すまん。少ししゃべりすぎた」


「い、いいえ! こちらこそすいません。せっかく安藤君がお話してくれてるのに……天文学的数字についていけなくて」


 少し疲れた様子の小枝にこれ以上の説明はこくだろう。せっかくのプラネタリウムなのだ……星のお話を堪能たんのうせねば。


「安藤君、お星さま……好きなんですか」


 しばし沈黙ののち、小枝がふとたずねてくる。


「ん? まぁな……勉強の合間に空を見上げると、いつもそこに天体があった。暗い空で輝き続ける星。星を見てるとな、どんなに苦しい時でも「お前も輝け」と励まされてるようで、無限の可能性を感じられたんだ。きっかけはまぁ、そんなところだな」


「素敵ですね」


「ば、別にそういうの求めてないから。もっとこう、気の利くジョークとか言えよ。「男のくせに星ですかぁ?」とか」


「いえいえ、安藤君の好きなものが知れてうれしいです。転校してきてから、謎が多い方でしたから」


 自分の好きなものが褒められて、なんだか気恥ずかしい。真っ赤になった顔を、暗い空間が隠してくれて本当に助かる。


「そういうお前はどうなんだよ? 星は好きか?」


「大好きですよ。私のお願い事を叶えてくださいましたから」


「お願い事?」


「はい。こう見えても、昔、お星様には毎日のようにお願い事していたんですよ」


「そうなのか」


 小枝の願い事……一体なんだろうか。気になり聞いてみようかと口を開こうとしたが。


『本日のプラネタリウムはこれで終わりとなります。星をめぐる旅はいかがでしたか? またのご来場をお待ちしております』


 終わりのアナウンスにさえぎられる。


「あ、そうだ!」


 すると、小枝は思い出したかのように、お祈りするようにして両手をにぎる。


「何してるんだ?」


「安藤君が準備を頑張ってくれた遠足が、どうか楽しく過ごせますように」


 プラネタリウムの天体に向かってそう呟く。疑似的な星に祈ったところで効果があるのかどうかは怪しいところだが、悪い気はしなかった。


「小枝、そのな」


「何でしょう?」


「今度は星座にまつわる話でもしてやる。それならお前でも退屈はしないだろう」


「はい! 楽しみです!」


 こうして、プラネタリウムの鑑賞を終えたのであった。

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