第13話 おぞましき発覚
いきなり呼び出されたリジュは、イーガルの背中から発する無言の迫力に圧されてしまっていた。横目でイェルンを見るが、とにかくついていこうとゼスチャーで示しただけだった。
イーガルについて歩を進めている途中で、イェルンには目的の場所が分かった。昨日漂流物が激突した箇所、すなわち格納庫だ。場所が分かったと同時に、イーガルの考えていることも見当が付いた。彼はビーズが勝手に漂流物の調査をしていると考えたのだ。
現在のカ・シィーツォの責任者であるイーガルは、はっきりと調査することを禁止した。それは指示というよりも命令だった。にも関わらず無視をされたのでは、面目を潰されることになるし、帰還後には調査委員会に責任を追及されることになる。いつもと違う冷静さを欠いた態度はそのせいかと、イェルンは心のうちで納得した。
格納庫の扉を開けると、中は暗かった。扉が開けばセンサーが反応して照明が点くはずだが、室内は暗いままだった。
「センサーが切られてる?」
リジュが扉の横に設置されているスイッチを押した。人感センサーがオンになり、すぐに照明が点いた。真っ先に目に飛び込んだのは、やはり正体不明の漂流物だ。それなりに整頓はしたが、まだ雑然としている箇所の方が多く、昨日の事故の跡が生々しい。
イーガルの指示により扉は閉じられ、宇宙服を展開装着した。溶接した部分が完全でなかった場合に備えてのことだ。もっとも、ビーズがいるなら、そんな心配は無用なのだが……。
イェルンは気を張っていた。イーガルが考えた通りに、ビーズが勝手に漂流物の調査を進めていたのなら、一悶着あるだろうからだ。
だから格納庫に入った時、人の気配を感じなかったことに少しホッとした。静まり返った室内に散らかったままの機材。静と動が入り混じってるみたいで、なんだか落ち着かなくなる。
「いないみたいだね」
リジュはイーガルに言ったが、彼は聞こえなかったかのように漂流物に近づいた。イェルンとリジュは顔を見合わせてから、イーガルの後に続いた。
そして、すぐに異変に気づいた。漂流物の一部が違っていた。昨日は見られなかった穴がある。スライド式のハッチが開いているように見えた。
「なんか……」
イェルンの口から「変だぞ」というセリフは続かなかった。ハッチの下に、倒れているビーズの姿が飛び込んできたからだ。それだけではない。彼が倒れている床にはおびただしい量の血液が広がっており、イェルンは一瞬息が止まった。
「ビーズッ⁉」
イーガルの行動は素早かった。駆け寄ると血で汚れるのも意に介さず、ビーズの脈や呼吸を調べた。その間に、イェルンはオムニックでエマを呼んだ。
「なんだよ? なにが起こったんだよ?」
刺激が強すぎたのか、リジュは呆然と立ち尽くして、ブツブツと独り言を言っている。両手でヘルメット越しに頭を抱え、大きく口を開けている。
予想の範囲を大きく超えた状況に、3人ともろくな行動に移せなかった。ビーズを囲んで必死に焦燥と葛藤していると、エマはすぐにやって来た。メディカルバッグを手にしている。
「こっちだ! 早く!」
イェルンが手を上げて彼女を呼んだ。呼んだというよりも叫んだと表現した方が近かった。
「どうしたの? なんだか要領を得なかったけど、ビーズが見つかったって?」
駆けつけたエマは、ビーズの変わり果てた姿に目を見開いた。悲鳴を上げなかったのはさすがだった。
彼女の表情が一変した。一瞬で医者の顔つきになり、素早く行動に移った。しかし、行ったのは治療ではなく、イーガルと同じく生死の確認だった。
「ひどい……」
髪の毛で隠れているが、後頭部が陥没している。これではほんのわずかな可能性すら見いだせない。
「いったいなにが……いえ、誰がやったの?」
「え?」
エマの質問に、イェルンは自分の間抜けさを呪いたくなった。後頭部への強烈な一撃。自分でできるはずがない。凶行に及んだ者がいるということだ。
答えられる者などいなかった。室内が静まり返る。それは先程までは感じなかった不気味な静けさだった。彼女自身気づいていないのかも知れないが、エマの問いはこれは事故ではなく人の手によるものだと言い切っていたのだ。
「そんな、まさか……殺人だというのか?」
リジュの呟きには不透明な疑惑が染みて、室内の温度を急激に下げた。抗い難い恐怖が大きな口を開けて、イェルンたちを飲み込もうとしていた。
どんなに否定したところで、ある一つの事実はひっくり返せない。この凶事を実行した犯人は、間違いなくカ・シィーツォの中に潜んでいる。この密閉された宇宙船から、犯人が脱出する術は限られている。
「おい、あれは?」
イェルンが指さした方向に、全員の視線が集中した。
点々と続く血痕の向こうには、先端が血塗れのバールが転がっていた。隠そうともせず、無造作に投げ捨てられたのが血の散り方で分かった。
「なんだよ……。なんなんだよ。いったいなんだってんだよ⁉」
リジュが混乱に陥り、喚き出した。うるさいと怒鳴りたかったが、イェルンの方は逆に声が出なかった。息苦しく、喉の辺りから鼓動が聞こえるくらい速くなっている。迂闊なことは言わない方が良いと、本能的に感じ取っていた。
「一度戻ろう。むやみに周りの物に触れるな。エマももう良い。みんな食堂に戻るんだ」
「ビーズをこのままにしておくの?」
「そうだ。動かすな。そのままが良い」
「でも、犯人がまだ格納庫に潜んでいたら……」
「それはないと思うが、念のため俺たちが出たら、通路側からロックをかける。ブリッジでクリュモエントゥを経由しなければ起動しない特殊な施錠だ。内側からは絶対に開けられない」
リジュは犯人が近くに留まっている可能性に思い至らなかったらしく、怯え方が一層際立ち、滑稽なくらい落ち着きをなくした。
「は、早く、早くここを出よう。なんだか、気分が悪くなっていた」
「そうだな。物陰には充分に注意しろ。犯人はすでに他の区画に移動しているとは思うが、万が一ってこともある」
せっついておきながら、リジュは動こうとしなかった。エマも同様に目でせがんでいる。犯人が物陰から飛び出してきて、襲ってくるのを恐れているのだ。イーガルはなにも言わずに移動し始めた。2人の視線を慮ったわけではなく、初めから自分が先頭に立つつもりだったのだろう。これもリーダーの務めというわけか。
イーガルに続き、リジュとエマも歩き出した。しかし、イェルンだけは足を動かそうとせず、視線は扉にもビーズにも向けられていなかった。
「どうしたんだよ? 早く来いよ」
リジュは苛ついた言い方をしたが、イェルンは身振りでそれを制した。
「ちょっと、その前に……」
イェルンは、漂流物によじ登り、昨日はなかった穴に体を滑り込ませた。位置的にはビーズの遺体のほぼ真上にある。
「イェルンッ!」
イーガルが大声を出した。張り詰めた空気が更に強引に引っ張られて破裂しそうになる。しかし、イェルンはすぐに出てきた。
「デザインが奇抜過ぎてピンとこなかったけど、これは小型の船だよ。中にちょっとしたスペースがある。けど、誰かが隠れている様子はない」
「勝手な行動はするな。迂闊だぞ」
「すまない」
穴から飛び降りたイェルンはビーズを一瞥すると、3人に続いて格納庫を出た。
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