たずねる(三)

 次の日、たまは休みの日だった。

 たまというよりもお店自体が休みなので、朝の炊事なり洗濯なりを済ませたら昼前には手持ち無沙汰になる。最初は暇だなあと絵草紙なんぞを読み耽っていたのだが、ふと思いついて、たまは夜四郎のところに行くことにした。なんだかんだ介抱してもらったお礼をしていないことに気がついたのだ。目隠しも貰ったことだし、ならば菓子の一つくらい持っていこう、ついでに先の佐七の人探しを夜四郎にも手伝ってもらおう、そんな魂胆だった。

 たまはおやつに取っておいた饅頭を幾つか包んで、小脇に抱えて早速飛び出していた。記憶の中、ついこの前の晩に歩いた帰り道を逆に辿りながら歩き始める。

 ええと、薬屋さんの角から来たような、長屋があって、一膳飯屋があって、小川が流れて小さな橋があって……と思い出しながら歩き始める。

 通りすがりざまに、辻に目を凝らす。

 人通りは多くはないが、ないほどではない。そこに美しい人が立っている。店の方を向いて立っている。何かを探すように立つその人は──たまは思わず足を止めていた。

「あらっ」

 それはたまにとって懐かしい人だった。

 たまは人違いがないか、もう一度じいっと観察して、やはりその人だと確信に変わると、すぐさまその人の元に駆け寄った。

 三十路ばかりの、よい香りをまとったその女は、隣町の小間物屋の一人娘だ。たまは幼い頃、何度か隣町に行った時に遊んでもらっていたのでよく覚えている。うんと幼い頃から遊んでもらって、祭りにも連れて行ってもらったこともあって、季節ごとに何度か文をやりとりもして。けれどこのところはすっかり疎遠になってしまっていた。

 あちらもあちらで、駆け寄ってくるたまに気が付いたらしい。少し眉間に皺を寄せて(彼女は少し目が悪かったから、遠くを見るときによくこの表情になった)、それからややあって

「あらあ、おたまちゃん!」

こちらが誰だかわかったらしい。

「まあまあ、久しぶりねえ。すっかりお姉さんになって」

美しく微笑んだ。たまも女の名を呼ぶ。

「お滝さん!」

「その目はどうしたの。怪我?」

やはりそこからだった。

「あ、えっと、そう、少し腫れてるだけで、実はなんともないんですけど、念には念をって……」

「ふぅん」

悪くないならいいけど、と滝は心配そうに眉尻を下げる。大丈夫です、隻眼のおたまです、隻眼おたまはカッコいいんです、と何度も言葉を重ねて、ようやく不安な色が消えた。

「それで、おたまちゃんは、お出かけかしら。良いお天気だものね」

「はい。お滝さんも?」

隣町に住んでいた滝がここに居るということは、きっと滝もお出かけしに来たのだろう、そう思ったのだが、

「──ううん、ただの散歩よ」

ゆるりと首を振って、

「少し前にね、この町の近くに越して来たの。……おたまちゃんの所には後でご挨拶に行くつもりだったのよ」

とお滝は言った。

「人を探していて……向こうの町はすっかり探しちゃったから、今度はこの町を探そうと思ってるの」

悪戯でも思いついたかのような笑顔を浮かべた。それにしても、今日は人探しが多い。

「お滝さんは誰を探してるの?」

「そうねえ、男の人よ」

「そんなの沢山いますよう」

「ふふ、そうね、そうね」

ころころと笑ってから

「……ね、たまちゃんは私の旦那さまに会ったことあったかしら」

そう聞かれて、固まった。

 ──たまだって知っている事だった。

 小間物屋の川副滝かわぞえたきが不幸な女だと聞かされたのは何年か前のことだ。結婚して幸せだった彼女は、ある晩に旦那と幼い息子とを病に亡くしたのだと、おかみさんからそう聞いた。いっぺんに愛する人を二人も失った滝は相当弱ったらしい。それをおもんぱかって、「しばらくはそっとしておきましょう」と滝の元を訪ねることが少なくなったのだ。

 たまは答えに窮したが、すぐに滝自身の明るい声が話を転じてくれた。

「そうそう、ここで会えたのも何かの縁だわ」

助かった、そう思いつつも、そういえば滝の表情が明るいことに気がついた。何か吹っ切れたような──最後に見た時はどこかうれいを含んでいたような気がしたけれど、今の滝は目を爛々らんらんとさせていた。いいことでもあったのだろう。それが何かは、たまにはわからないけれど。

「ね、たまちゃん、うちに遊びにいらっしゃいな」

 突然降ってきた声に、咄嗟とっさには反応できなかった。

「えっ」

それを拒絶だと思ったのか、慌てて滝は言い加えた。

「ああ、ごめんなさい、勿論今日じゃなくてもいいの。あなたはこの町に詳しいでしょう? 色々と教えてくれないかしらと思って」

今日は用事があるんでしょう、とたまの手の小包を見遣みやった。

「引き止めちゃってごめんなさいね」

「ううん、お滝さんに会えて嬉しいもの」

「あら、嬉しい」

そう言うと、滝は小さな紙片をたまに渡した。たまは字が読めるので、そこに書いてある文字を見て、ここに行けばいいんだとわかった。

「ね、たまちゃん。きっと遊びに来てね」

「はい、遊びに行きますね!」

たまは小さく頷いて滝の背中が雑踏に溶けるまで見送った。


 それにしても人探し多いなあ──と考えて、そういえば、団子屋の客が探していたのもだったと思い出した。それから、あの美しい人もなのだと。

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