憧れの俳優に恋をしてしまいました。もういちファンじゃいられません!

長岡更紗

01.クリストフ様の大ファンです。

 わぁああああッ!!


 飛び散る汗。

 満面の笑みの役者たちが、観客に向かって丁寧にお辞儀をした。

 客席はスタンディングオベーションで彼らを称えている。

 スヴィもその観客の一人で、感動の涙をどばどば流しながら、手が痛いくらいに拍手を続けた。


 もうもう、クリストフ様は今日も最高だったわ!!


 舞台の真ん中で、はちきれんばかりの笑みを観客に振りまいているクリストフ。

 長身で甘い顔立ち、美しいプラチナブロンドの髪、そして圧倒的演技力。

 彼に勝る役者がこの世にいるとは思えない。

 その彼が、舞台上からスヴィを見て、目が合った……気がした。


 このスヴィ、地の果てまでもクリストフ様の追っかけを続けますともーー!!


 劇団タントールの小劇場で、スヴィは拳を固めてそう誓いを立てたのだった──




 ***




 スヴィの左の袖には、『薔薇の覚悟』と呼ばれるキアリカ隊のマークがある。

 ここアンゼルード帝国、唯一にして最強の女性騎士隊の隊員だ。

 一年前、キアリカ隊の発足と同時に、スヴィはディノークス騎士隊から引き抜かれた。


 劇団タントールのある場所は、ランディスの街だ。

 現在スヴィは帝都騎士団のキアリカ隊での勤務のため、ランディスを離れて帝都に引っ越している。

 帝都からランディスの町まで、馬で約二時間。クリストフが公演する舞台の時は、意地でも早く仕事を切り上げる。


「キアリカ隊長! 私、今日は絶対に定時にあがりますから!」

「あら、今日はタントール太陽組の公演の日?」

「そうです! 今日から二週間、私は何があっても残業しませんから!!」

「そう言い切られると、いっそ清々しいわね」


 キアリカは長く美しい金髪を後ろに流しながら、フフっと笑った。


「けど二週間、ずっと同じ内容の劇をしているんでしょ? 一回観れば十分じゃない」

「な、何を言ってるんですかーー!!」


 スヴィは上司に食ってかかる勢いで顔を寄せた。


「その日によって、役者の声の伸びや表情が違うんです! それに何度も観るからこそ、どこで役者がアドリブしているのかわかって楽しいんですよ! 私はクリストフ様の一挙手一投足を、見逃したくないんですっっ!!」

「わかった、わかったわよ。ダメとは言っていないでしょう。楽しんできなさい。帰りも気をつけるのよ」

「ありがとうございますー!!」


 こうして二週間、毎日帝都とランディスの街を往復して、劇団タントール太陽組の公演を観る。

 ランディスに住んでいた頃に比べて大変ではあるが、クリストフに会えるならこの程度の距離などどうってことはなかった。




「ああ……今回の公演も良かった……」


 二週間の公演を全て観たスヴィは、満足のあまり口から魂が抜け出そうになっていた。


 クリストフの笑顔。クリストフの怒り顔。クリストフの真剣な顔。

 クリストフの長い足。クリストフのしなやかな手。クリストフの男らしい体つき。

 クリストフの耳に心地よい声。クリストフののびやかな歌声。クリストフの臨場感あふれる台詞。


 どれをとっても最高だ。最高としか言いようがない。


「あああああ、クリストフさまぁああ!!」

「黙りなさい、うるさいわよスヴィ」


 隊長であるキアリカにピシリと言われて、スヴィは口を尖らせる。


「今は休憩時間じゃないですかー」

「休憩時間でも、その左袖に『薔薇の覚悟』をつけている以上、自覚を持って行動しなさい」

「はい……」

「腑抜けた返事をしない!!」

「はい!!」


 キアリカは結婚して少し丸くなったが、厳しさはディノークス騎士隊で隊長をしていた頃と変わらない。

 休憩の後は見回りを言いつけられ、スヴィは担当地区を歩く。

 帝都は賑やかな分、人の流れも多くて犯罪が頻発する場所だ。帝都民が安心して暮らせるように、騎士が巡回する。それだけで犯罪を抑止する効果があるから、重要な仕事のひとつだ。


「ほら、見てごらん。薔薇のお姉さんよ」

「わあ! かっこいいー!」


 親子がスヴィを見て手を振り、スヴィもまたその親子らに手を振ってあげる。

 キアリカ隊は、騎士団の中でも有名だ。隊員一人一人が誇りと自覚を持ち、帝都民一人一人に丁寧に接しているからだろう。

 事の優先順位はもちろんあるが、できる限り帝都民に寄り添う対応をするのが、キアリカ隊のモットーだ。


「あの、すみません。道に迷ってしまったんですが」

「はい」


 声をかけられていつものように振り返ると、そこには。


 くくく、クリストフさまぁぁああああああ!!?


 スヴィの全てと言っても過言ではない、クリストフが立っていた。

 思わず彼を見上げたまま固まってしまう。


「あの……やっぱりダメですかね、こんな事で有名なキアリカ隊の方をつかうのは」

「は!! あ、いえ!! 困っている人を助けるのも、キアリカ隊の役目ですから! ど、どこに行きたいのですか?!」


 興奮し過ぎてしまったスヴィを見て、クリストフは一歩引いてしまっている。

 これではいけないとコホッと咳払いをひとつして、心を落ち着かせた。


「タピオヴァラ商会というところに向かっているんですが」

「ああ、大きなところですが、少しややこしいところにあるんですよね。お連れしましょう」

「そこまでしてもらうわけには……」

「これも仕事ですから」


 にっこりと微笑んでみせると、「ありがとうございます」とそれ以上の笑顔で返される。


 あああ、クリストフ様の笑顔を、こんなに近くで拝めるだなんて!!

 神様ありがとうございます!!


 スヴィは心で感動の涙をだばだば流しながら神に感謝し、彼の隣を歩いた。

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