其ノ七『狂闇の冬気』①
午後五時半分頃――エクリプス地上。
純白や虹色彩の塗料がまばらに剥がれ落ち、赤錆の露出した古い鉄柵や老朽した木材の残骸は、貧民区の殺風景と哀しく同化する。
力を込めれば消し炭のように崩れ落ちそうに見える"楽園の跡地"へ、灰色の
「認定子ども楽園……まさか"こんな場所"にもあったなんて……」
捨てられた玩具の残骸や瓦礫が散らばり、老朽化した廊下を踏み越えた先には、
蛍の視線が真っ直ぐ捉えたのは、亀裂の卵殻さながら白い壁を背に置かれた一台の「
世界に独り見放されても尚、高貴な佇まいを保った艶闇色のピアノへ横から触れる。
埃や煤の感触を両手のひらで感じながら渾身の力で押した。
すると、ピアノに隠れていた白い壁に浮かぶ"皮膚
地下街で発見した「隠し通路」の入口と酷似した闇の扉に、蛍は固唾を呑んだ。
貧民区の廃園の家具裏へ巧妙に隠した場所を作った誰かも目的も、何なのかは想像するまでもない。
連続猟奇殺人事件の「
しかし、レギンの残虐性と蛍の弱みを完全に把握した卑劣さを鑑みれば「行く」以外の選択肢は浮かばなかった。
実際、警察端末越しに蛍を常時監視しているのはハッタリではない証明のためか。
レギンは数分置きに「今、区内へ入ったな?」、「通報はしていないようだな」、といった確認の連絡を取ってくる。
もしも、蛍が逆らう様子や不審な素振りを見せれば、レギンなら本気でやりかねない。
最悪の場合、奴は気まぐれ一つで大切な仲間の命を容赦なく奪いかねない。
さらに、レギンの口から名前までは耳にしていないが、恐らくレギンと紙一重の場所で身を潜ませている「義兄」の命すら。
唯一無二の"家族"であり、昔と変わらない澄んだ優しい声を思い出す。
『よく聞くんだよ、蛍。たとえ何があっても、君は"こちら"へ来てはいけない。絶対に、だ』
蛍を心から案じる義兄の警告は、脳内で幾度となく再生される。
殺人鬼レギンから命からがら逃げ出し、気取られる危険も違法行為も冒してまで連絡してくれた。
義兄が義妹を守るため、決死の想いで結ばせた約束を今から破ろうとしている。
蛍は記憶に在る義兄へ微かな罪悪感を覚えた。
しかし、覚悟を決めた以上は今ここで足を止めるわけにはいかない。
殺人鬼の耳障りな聴覚記憶へ上塗りするように澄み渡る懐かしい声を心の慰めにする。
純白の雪のように清らかなに澄んだ声も、朧にしか思い出せない微笑みは、蛍の心へ優しく降り積もっていく。
懐かしき安らぎを胸に灯した蛍は、警察端末を操作しながら慎重に地下の巣窟へ降りて行った。
古い鉄骨階段を数メートルほど降りていった場所には、赤褐色の瓦礫と煤色の
あの獰猛な殺人鬼がいつ、どこから、闇影に潜んでこちらへ牙を剥いてくるのか。
蛍は周囲の影へ神経を研ぎ澄ませながら端末の灯りをかざして道を歩む。
かび臭い静寂の常闇を突き進むこと数分後。
三つへ枝分かれした瓦礫と石膏の道を発見した。
どれか正しい道を一つ選んで進めば、蛍の目的地へ無事辿り着けるのだろうか。
事前に受信した地図情報には枝分かれ道も正しい方向の指示も記載されていなかった。
右・中央・左のどちらの道を進むべきか逡巡し始めた矢先。
「……
警察端末へ一通の伝達……というよりも、奇妙な「落書き」の画像警察端末から闇の宙へ照射された
鮮血色のバイクに乗った人間は、空へ伸ばした左腕で直角を描いている。
幼い子どもが描いたように
ルーナシティでの交通手段は、専ら地下鉄電車か地上モノレールのみに限定されている。
現在は道路とはいえば、
八年前までに流通していた自動式運転車すら、一般人が乗り回す機会はほぼ失われた。
つまりルーナシティと付近の都会地域において、手動式の自動車が絶滅種と化した今、バイクの乗り方と交通規則を知る人間はほぼ残っていない。
「これは明らかに私達を嘲笑っているわけね……」
蛍達、警察を含む公務職――日昇国のICTと機械革命によるあらゆる"利便性"を積極的に推し進めた我々を玩弄する目的があるらしい。
実に相手を馬鹿にした"皮肉"な悪戯だ。
生憎だが、蛍にとってはこの程度の謎解きは、正しい知識さえあれば難しくない。
蛍は、「旧時代の遺物」を象徴する落書き画面を何の感慨もなく閉じると、迷わず右側の通路を選んだ。
右の通路は、赤褐色のでこぼこした土岩壁に電球の連なる人工洞窟の造りをしている。
小さな夕陽みたいな灯りは、"正解者"の蛍を歓迎する。
秋寂に照る夕陽のように優しく、長い夜へ沈む者達を包むように温かな灯り。
そのせいか、温かくて懐かしい記憶が不意に蘇った。
『大丈夫だよ、蛍』
夜、幼い頃の蛍は心細さから眠れなくなると、義兄のもとへ
寝台を温かく照らす夕陽色の灯の下で、いつも義兄は蛍へ穏やかな「夢物語」を朗読してくれた。
それでも時折、どうしても眠れない、傍を離れないでほしい、と不安が治らなかった。
そんな我儘で縋り付く幼い自分を、義兄は嫌な顔一つせずにただ抱き締めてくれた。
灯に照る綺麗な顔に咲いた無垢な微笑み。
慈しみに澄んだ冬空色の瞳に幼い蛍を映していた。
『僕だけは君の傍を離れないから――"永遠"に』
郷愁に満ちた秋の夕陽を眺めると、互いに優しい気持ちになれた。
だから蛍も深月も、冬を待ちわびる"秋"の季節を好きだった。
しかし、蛍はどことなく"義兄と似ている"冬の季節がもっと好きだった。
ひんやりと冷たく澄んだ氷。
清浄に満ちた冬の大気。
柔らかな純白の雪の温もり。
冬に纏わる全ては、深月義兄を彷彿させたからだ。
「……義兄さん……――っ!?」
秋色の郷愁と冬の記憶へ心耽り、義兄に焦がれたせいか不意に名を零してしまった直後。
不意に鼻腔を掠めた異臭は、蛍の意識を無理やり覚醒させた。
謎の異臭が狭道に沿って漂ってきている、と気付いた蛍は前へ足を速めた。
刑事官として現場で嗅ぎ慣れたのと似た"不穏な臭い"に、蛍は懐にから拳銃を取り出した。
確認し得た限りでは、三人もの人間を惨殺した殺人鬼は、既に手前まで近付いているのかもしれない。
レギンに遭遇すれば、奴との交戦は避けて通れないだろう。
警察学校卒業以降も厳しい鍛錬を怠らなかった蛍には、氷さながら強硬かつ柔軟な肉体に戦闘技術、一丁の拳銃がある。
ただし、敵側に"人質"がいるとなれば、圧倒的に劣勢不利なのは蛍のほうだ。
しかも、レギンの粗暴で残忍な特徴を鑑みれば、蛍の態度次第で人質の命の保障も約束を守る人間とは思えない。
それでも、この後に及んで尚、蛍は後戻りするつもりはなかった。
何故なら、今まで以上に蛍はどうしても
たとえ、この命を懸けてでも。
「(どうか……生きていて……黒沢刑事官……深月義兄さん……!!)」
ICT
何より蛍自身を突き動かすのは、仲間や恋人、家族――かつて"孤独の闇"にいた自分を、光の差す場所へ引き上げてくれた大切な人達を守りたくて――。
「ィヤアアァァアアアァァァーー!!」
突如、遥か奥から狭い道へ凄まじい悲鳴が反響した。
胸の底から慟哭するような声の甲高さから、叫びの主は女性だと判別できた。
悲鳴は人質の黒沢ではない事に安堵する反面、言葉らしい輪郭を失った声は嫌に聞き馴染みがあった。
まさか、新たな被害者が出たのだろうか。
もう一つ増えた悪い事態の可能性を確かめるべく、蛍は悲鳴の源を辿っていく。
空に忽然と浮かぶ夕陽を象った出口を見つけると、迷いなく潜り抜けた。
途端、蛍は全体が夕陽色に照らされた壮大な
広間の左右壁には、赤錆色の
斜路を登った先には、蛍が出てきたのと似た洞穴が浮かんでいる壁、と同時に中央で塔のようにそびえる円柱があった。
中央の天辺は、蛍が通った以外の通路を行き来する合流地点らしい。
政府も工事の手も届かないエクリプス区の深淵に眠っていた夕陽色の壮大な地下空間に、暫し蛍は瞳を奪われる。
しかし、淀んだ水音を奏でる地下水の浅瀬へ視線を下ろした瞬間。
「――望月、刑事官……?」
夕陽色を映していた薄氷の双眸に、赤色の動揺が浮かんだ。
冷静だった心臓は、灼けるような緊迫感によって瞬く間に氷解し、動悸を奏で始めた。
鉄の臭いに満ちた浅瀬に膝を浸からせたまま放心する望月の後ろ姿。
人形さながら微動だにしないせいか、望月の存在を視認できるまで数拍分遅れてしまった。
見慣れた黒い
先程から指先一つ動かさない望月が生きているのかすら怪しく感じ、蛍の心拍数は跳ね上がる。
しかし、望月の丁度真上にそびえる円柱の天辺に張り巡らされた蜘蛛網状の鉄柵と床――その隙間から零れ滴っている赤黒い液体は望月の無事を証明していた。
ただし、望月の肩と髪を汚していく液体の源を恐る恐る視線で辿った蛍の双眸へ映り込んだのは。
「――私が、彼を……殺してしまった……」
虚ろな眼差しでうわ言のように呟いた望月の台詞に、蛍は愕然とするしかなかった。
中央円柱の天辺で倒れ伏せているのは、"若い男性"だった。
そんな、まさか――どうして。
望月のうわ言の真偽はともかく、彼女と自分の頭上から"死の色"を滴らせている者の正体を確信した
蛍の瞳は絶望に凍りついた。
こんなことが、決してあってもいいはずがない。
蛍にとっても馴染みのある"彼"は、青褪めた首筋と唇からおびただしい血を流して絶命している様から動脈裂傷による「失血性ショック死」が疑われた。
今の望月は現実を頭で理解しつつも、心の強い拒絶による凍結状態へ陥っていた。
生きているか死んでいるかの違いしかない、物言わぬ抜け殻と化した望月と"彼"へ、蛍もかける言葉もなく立ち尽くしていた矢先。
「……! 待ちなさい――!」
円柱を壁に隠れていたらしき"人影"、と斜路を駆けていく"足音"を蛍は見逃さなかった。
すさかず蛍も下から斜路を駆け登って足跡の源を追いかけた。
正直、放心状態の望月一人を残すのは心苦しかった。
しかし、今ここで"彼"の仇と思しき足音の主を決して逃すわけにはいかなかった。
中央柱の天辺に辿り着いた所で、蛍は一つの斜路を辿った先にある洞穴から一瞬だが、逃げていく誰かの背中を見た。
蛍に気付いた瞬間に颯爽と逃げて行った人影と足音の主こそ――望月を追い詰め、彼女の大切な相棒を奪った憎き仇だ。
冷静に
「(真っ暗……けれど、追いつける……!)」
先程の赤い空間とは打って変わり、黒闇で小さな白熱光が灯る通路へ出た。
白い雪に輝く冬夜の闇を駆け抜けていく気分だ。
真っ暗な通路だが、足元に連なる小さな灯りに導かれるように素早く走れた。
蛍より数メートル先を駆けて行く足音との距離が縮まっていく。
やがて、暗闇で瞬く白銀の耀きを視界で捉えた蛍は空いた片手を必死に伸ばした。
「――逃がさない……っ!」
足音の主と間合いを詰めると、決して逃がさない絶妙な時期と力強さで相手の肩を掴んだ。
蛍の手に捕らえられた相手は、意外にも呆気なく観念したのかピタリッと足を止めた。
すかさず蛍はもう片手に構えていた銃口を相手の後頭部へ押し当てた。
「指先一つでも動かせば、あなたが何かするよりも早く引き金を引くわ」
仲間の心と命を奪った不審者の捕獲と制圧に成功した。
一方で、蛍の胸の隅には何とも言い難い"違和感"も覚えた。
蛍の手を振り払うことも、突き付けられた拳銃に怯える様子すら一向に見せなかった。
後ろ姿で表情が見えない分、蛍の牽制に無反応な相手の真意が読めず、蛍が不安に駆られたのも束の間。
「単刀直入に訊くわ。あなたは――……」
蛍の疑問も不安も一瞬にして払拭された。
相手に追いついた時点で浮上した強い違和感の理由も腑に落ちた。
一方相手は、蛍が息を呑んで双眸を見開いたのに気付くと、頭だけをそっと振り返らせた。
いつの間にか蛍は相手へ向けていた銃口を自然と降ろしていた。
*
午後の五時四十五分頃。
血腥い赤褐色に照らされた別の地下広間にて。
緊迫の表情で銃を構える光達刑事官は、血に飢えた殺人鬼レギンと相対する。
レギンの手には猛獣の牙さながら鋭い肉切り包丁を握りしめながら、光達を無慈悲に睨め回す。
先頭に立つ光と須和もレギンをさりげなく誘導させる目的で横へ慎重に移動しつつ、こちらを虎視眈々と狙う奴の出方を窺う。
ただし、厳重なICT安全監視装置の網を難なく潜り抜け、三人も恐らくそれ以上を惨殺しているであろう屈強なレギンと真正面から勝負する無謀な策を取るつもりはない。
「……先ずは質問に答えてもらう。お前は一体何者だ?」
冷凛とした氷の戦女神――蛍の怜悧な威容を思い描きながら、光は少しだけ鎮まってきた頭で"時間稼ぎ"を試みる。
「俺が何者か……ねぇ。警察にしちゃぁ、随分と哲学的な問いを投げるたぁ。さっき教えた通りだ。最近は"レギン"で名を通している」
「偽名のようですが?」
「そりゃあ、そうだ。貴様らの問いも、本当の名前なんぞ、俺にとっちゃあ、最初から全て"無意味"だからよ」
時間稼ぎに投げた質問に対して、レギンは悪ふざけや誤魔化し、というよりも、心底どうでもよさそうな返答をした。
血走った眼球に瞬いた空虚な色、"無意味"という言葉からもの哀しさを感じたのは、藤堂刑事官の人の良さ故か。それとも。
「小笠原大臣と佐々木所長、そして二郎・石井を殺害したのは、お前か?」
「ああ、そうだぜ?。最近、俺が切り刻んだ奴らの名前だな。だったら、どうした?」
レギンは自分こそ猟奇殺人事件の真犯人だ、とあっさり認めた。
罪の意識も良心の呵責もまるで皆無な堂々とした態度。
光と須和も一瞬呆気に取られたが、背後から終始静かに観察としていた秋元が質問を再開した。
「お前が連続猟奇殺人事件の犯人で間違いないのですね?」
「ああ」
「……なら、答えろ。何故、彼ら三人を殺した? しかも、あんな惨い方法で……お前の「目的」は何なんだ?」
「目的だぁ……? んなもん、別にねぇよ」
「は……?」
冷静な秋元の声のおかげか、光も質問の核心部へ触れたのも束の間。
レギンの予想外な返答にまたしても光と須和は愕然と言葉を失った。
寡黙な秋元も思う所があるらしく、一瞬だけ眉を顰めた。
「"ただ
他者を惨たらしく殺し、その骸を辱めるように痛めつけた。
あまりに残虐非道な行為と身勝手な動機をあっけからん、と吐き散らすレギン。
生物は空腹を覚えるから食べたくなり、食べたいから食べる。
レギンにとって、人間の生殺与奪は"食うか食わないか"レベルの話でしかない。
生まれた世界と種を"誤った"としか思えない。
自分達と同じ人間とは思えない、到底理解の及ばない"怪物"とは、まさにレギンのような存在に圧倒されるのも束の間。
「っ――ふざけるな。ただ、"それだけの理由"で、人の命を弄ぶ行為が許されると思うな!」
光一人はレギンの威圧に屈しない強気な眼差しと声で激昂した。
人間の皮を被って命を玩弄する悦に溺れる殺人鬼――この男にだけは、光は何が何でも圧し負けたくはなかった。
己の信じる正義と矜持に懸けて――大切な者達を守り救うために。
「――はっ。貴様の言う通りだなあ? 俺を殺人狂の屑呼ばわりするのは自由だ。だが」
真っ当な正論と人の道理を説く光をレギンは否定こそしなかった。
しかし、光の信じる正義も善性も如何に打ち砕いてやろうか、と嗜虐に舌舐めずりをしたレギンは答えた。
「『強欲な嘘つき大臣』に『善人面した変態所長』、『中途半端な必要悪を謳いながら罪悪感に押し潰された腰抜け』――死んだ奴ら屑どもと殺人の屑の俺に、一体何の"違いと差"がある?」
レギンの餌食となった被害者三名への蔑称と嘲笑に、またしても光達は面食らうばかりだ。
レギンの言葉通り、被害者全員が後ろ暗さを秘めた偽善者であった可能性も、光達は警察として否定できなかった。
「俺はなぁ、虫唾の走る偽善の屑の絶望する様を見ながらをぶった切るのが愉しくてたまらねぇ! あの屑どもが"死んだことで幸せになる奴らは増えた"んだ」
「何だと……?」
酔狂としか思えない台詞の意味深な箇所を耳にした瞬間。
フィルムの動画内で虐待を受けていた子ども達。
不運な事故で亡くなった灯・石井。
磔で目玉を抉られて亡くなっていた二郎・石井。
憐れな彼らの顔と姿が光達の頭を過ぎった。
「屑"を
矛盾した正義と善で装飾された社会。
その世界で生まれ育ちながらも自分達なりの正義と価値観を築いてきた。
今の社会と人間全てへの侮蔑と嫌悪を仄めかすレギンの持論は、光達の胸へさりげなく突き刺さった。
まさに正義と矛盾で葛藤しながら前へ突き進んでいく
「……そうか。なら俺は、ただの自分勝手な殺人鬼のお前を逮捕するだけだ!」
「猟奇殺人鬼らしい自己満足な持論は聞き飽きた。どうか持論はそのままで罪を悔いるがいい」
他人の命を奪った罪の愉悦に耽る殺人鬼へ理解も共感も不要だ。
偽善か否かは関係ない。
あくまで己の正義を崩さず、レギンの身勝手極まりない価値観を否定する光と須和、無言で肯く秋元。
「やれるもんなら、やってみろ!上っ面の薄っぺらい正義に酔った偽善者
一方レギンは、自分へ臆することなく対面する光達への侮蔑に嫌悪を孕んだ殺意を高笑いでほとばしらせた。
レギンから見れば、光達の澄ました表情も上っ面な正義感も完膚無きまで叩き斬らん、と彼は自慢の肉切り包丁を振り下ろした。
増援が到着するまでの対話による時間稼ぎはこれ以上保たない。
血腥い渇望に疼き出すレギンの様子から判断した光達は、引き金へ指をかけた。
レギンの言葉が偽りでなければ、間も無く蛍も地下を彷徨いながら、こちらへ辿り着く。
互いに無事な再会の叶うこと。
少女のような蛍の笑顔をもう一度、生きて見られる未来を光は心から祈った。
*
同時刻――黒い闇道に雪色の眩い電灯が足元に照り輝く通路にて。
血濡れた骸となった無残な後輩、相棒だった彼を喪った
現場から逃走した不審者を追跡し、拳銃で追い詰めるまでに至ったはずの蛍は愕然と立ち尽くしていた。
今にも「どうして」、という声が漏れ出しそうなほど唇から指先、銃口すら震えていた。
言葉を失っている蛍の動揺へ理解を示すように、相手は柔和な微笑みを咲かせた。
「――久しぶりだね、蛍。やっと会えたね」
冬闇に舞う雪のように冷たくも優しく澄み渡る声。
激しく揺らいだ鼓膜と共鳴するように高鳴った鼓動に、蛍は"心身で"確信した。
「君は必ず僕へ辿り着くと信じていたよ」
常闇へ清らかに響き渡る懐かしい声の源を求めた蛍は、拳銃の代わりに警察端末をかざした。
微かに震える手に収めた端末から放つ白光灯で対面者の顔を照らしてみた。
.
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます