第46話「これがリア充の惚気話」

「なぁ、伊月。少しいいか?」


 翌日。いつも通り15分休みに遊びに来ていた伊月に僕は言う。こいつ僕のところに来ること以外に行くところないのか?


 どちらにせよ、催促メールとして『明日の15分休みになったらそっち行くからそのとき聞かせろよ!』と、妙に楽しんでいそうな内容のメールを受け取ってたし、報告するように言われてたので思い切って訊いてみることにした。


 少々頼るということに抵抗はあるが、この際躊躇している場合ではない。

 それに伊月には鈴菜さんという立派なカノジョがいる。乙女心とやらを熟知する上で、こいつからの情報を手に入れるのは非常に重要だ。


「何だ?」


「……お前だったらさ、鈴菜さんに何をあげたい」


「……ほほぉ? 遂にか。遂にあの湊の口から『女性』に関する疑問が飛び出してきたか! これは、嬉しいことこの上ないな!」


「楽しんでるだろ、お前」


「さてさてさーて? 何のことやら」


 ニヤけた面をしたまま伊月はしらばっくれようとするが、明らかな確信犯だった。

 最早隠す気さえない。完全に自分の感情を隠す気のないこの男に、僕はため息を吐く。


「……で、どうなんだよ」


 どれだけ欺かれようと僕が問いたい内容に変化は一寸もない。

 とことん頼りたくない男だが、今回ばかりは協力してもらう他ないと僕自身が1番身に染みてしまっている。

 そのため誠に遺憾ながら、僕は再度問い直すことにしたのだ。


「そうだなぁ。基本的には、あいつが喜んでくれそうなのを買ってる」

「喜んでくれそうなもの、か」


 脳裏に2年前の教室での出来事が浮上する。

 あのときの美桜は、本当に嬉しそうな顔をしていた。幼馴染の僕ですら当時は滅多に見られなかった、彼女が心から笑った顔。今でもそれは離れない。もしくは一生離れないのではないかと、疑いそうにもなる。それくらい僕にとっては貴重だった。


「例年だと、紙だったりとかペンだったりとかが多いけどな」


「さすがって感じだな……」


 確かに、鈴菜さんだったら漫画を描くための道具一式とか喜んで使いそうだ。ファンの僕ですら想像に容易い。本当に絵が好きな人だからな。


「他にはないのか?」


「……少し前の話にはなるけど、小学生の頃……つまりはあいつがまだ漫画家じゃなかった時期な。そんときは確か小遣い叩いてハンドクリームとか買ってたな」


「クリーム?」


 また意外なものを購入していた時期があったのか。

 伊月や鈴菜さんと出会ったのは、中学生になってから少ししてからだった。お互い過去のことは詮索しないタイプだったこともあり、出会う以前のことはほとんど知らない。


 まぁ伊月の場合、少しパーソナルスペースに踏み込んでいる気はするが……空気が読めるリア充というのは本当に『嫌だ』と思うようなことは訊いてこない。

 鈴菜さんが言う、こいつの数少ない長所の1つだ。


 伊月は話を続けた。


「手荒れが酷い時期に誕生日迎えるからな、鈴菜は。本人はあまりにも気にしてなさそうだったんだが、さすがにな……と思って」


「………………ほぉ」


「そんで、今まで貯めてた小遣いとかを叩いて全部それに投資してさ。当日に、鈴菜にそれを渡したら『も、もっと違うことに使いなよぉぉ……!』って、半泣きしだしたんだよ」


「…………ほぉ」


「オレとしては喜びのあまりの笑顔! ってのを期待してたんだが……人生って物語みたいに上手く構成されてねぇよな」


「……へぇ」


「まぁ、オレは手繋いだときに……少し、カサカサしてたのが、き、気になって……何つーの? お、幼馴染としての精一杯の優しさっていうやつなわけで……っ!」


「へぇぇ」


「おいこら!! なんでさっきから口角が徐々にに緩み始めてるんだよ!!」


 等々沸点を迎えたらしく、珍しいことに顔から耳朶まで真っ赤っかの伊月を拝むことになった。いやあれは完全に惚気でしょ。平和だね〜、とか言ってカップに入った紅茶を飲みたいよ。


 普段だったらイラつくはずのお前の惚気話を、今日は愉快な気分で聞けるとはな。

 これも、美桜の包容力による賜物だろうか。


「いや。何て言うの? いつもだったら腹立つお前の惚気話を、こんなにもニヤニヤとした気分で聞けるとは、最高だ……みたいなやつ」


「例えが意味不明なんだが……」


 何故か伊月は頭を抱えて蹲ってしまった。これ以上の意見(日頃の右節制を晴らせる)は無理だと判断し、ペットボトルのお茶を飲む。


「……似てるのな」


「何が」


「お前って基本的にお茶しか飲まねぇじゃん。真城さんの家は和に特化してるから、当然お茶飲むだろ? やっぱ幼馴染って似るもんなんだな」


「……偶々だよ。それに、お茶を好きなのは何も和の人達だけじゃないだろ?」


「まぁ、それもそっか」


 そういう伊月は鈴菜さんとは幼馴染だけど、あまり幼馴染って感じじゃないよな。


 恋人っていう線を抜きにしても、僕達が『似ている』と表現するのなら、伊月と鈴菜さんは『似ていない』と思う。完全に僕個人の意見になってしまうが。


「……それで、結局どんなのにするのか決めたのかよ」


「うん……ちょっとな。ただ、スゴく行きにくい……」


「何だ? 女物でも買いに行くつもりなのか? 湊って意外と大胆なことするんだな!」


「勝手に話を大きくするな。……そういうのじゃない。それに僕がそんなところに行くと、本気で思ってるのか?」


「無いな」


「だろ」


 即答で『無い』と否定され男としては負けた気がするもののそれでいいのだと心のどこかでは肯定している。


「だったらさ、前日の日、ちょっと付き合え!」


「……えっ?」




 我が学校の女神様——真城美桜の誕生日まで、あと1週間。


 僕はその前日に何故か無条件で伊月に付き合う羽目になってしまった……陽キャって怖い。

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