第二部
第9話「女神様の早起きは三文の徳」
『早起きは三文の徳』
なんてということわざがある。
朝早起きをすれば、健康にも良く、それだけ仕事や勉強が捗ったりするため得をする。そんなことわざだ。
まぁ、学生諸君にありがちだとは思うが、平日休日に限らず、中々布団の中から出てこないやつ。あれは、野生本能のようなものだ。
脳がまだ活動を始めていないために、眠いと感じてしまう。……なんてのを、保健の授業でやった記憶があるだけだ。得意げに言ったが、詳しい専門知識があるとかではない。
眠いのはわからなくもないが、僕の場合は寧ろ逆——朝には結構強い方だと思う。
日頃から早く起きることが習慣だったために、脳が『活動しなきゃ……』と、眠気まなこを摩りながらもそう訴えてくるのだ。これに関しては、完全に慣れだな。
早起きをする理由は、これといって特にない。
強いて言うなら……そうだな。家事諸々を片付けながら、目を覚ますためだろうか。
朝は誰だって眠い。学生だろうと、大人だろうと、赤ちゃんだろうと。
人類の中に、朝が怠いと感じない人は滅多にいない。——まさに魔性の朝、だな。
推奨するようなことでもないが、早起きは結構よかったりするものだ。
起きるという動作をする必要はない。
『目が覚めた』
それだけでも十分だと思う。何がいいかって、スマホ弄れるだろ? 勉強を寝起きから強制させる必要はない。要は脳内活動をさせればいいのだから。手っ取り早いのが、それということだけだ。
と。ここまでの中でも、人それぞれの『徳』があるものだろう。
実際、こんなぼっち体質な僕にでさえ、徳があるぐらいなのだから。
スマホを弄るためでもいい。
早起きはいいものだ。
早く寝ることと、早く起きること。それは健康にも作用することだしな。
偉く言っているつもりはないが、そう感じてしまったなら謝罪する。
そして今日もまた——新しい1日が始まる。
ピピピピピ、と電子音の音が部屋に木霊する。
「……煩い」
寝ぼけながらも、僕は何とか腕を伸ばしてスイッチを押す。瞬間、電子音は暴走タイムを終了させ、大人しい時計へと変貌を遂げた。
「……朝、か」
意識が完全に覚醒していない中での太陽の光は実に眩しいことこの上ない。
うぅぅん……と、軽くまなこを摩るとそのまま顔を洗うために洗面所へと向かった。
「あ、おはようございます」
「……………」
どうしてだろう。
僕1人しかいないはずの家の中から、非常に可愛い女の子の声が聞こえてくるよ。
あ、あれか……この家の壁の強度は非常に薄い。
そのために隣の家の住人の声が聞こえてきたのか。まぁ「おはようございます」なんて挨拶は日本人だったら誰でも行う挨拶だしな。
……いつから自意識過剰になったんだ? 僕って奴は。
僕は止めていた足を再度動かし、再び洗面所を目指して歩き出す。
——そんな僕の進路を、前に飛び出して来た真っ白い腕によって阻んだ。
「酷いです。朝の挨拶は日本人ならば常識。挨拶は挨拶で返すのが基本ですよ? 普段は湊君が私のことを『非常識』と宣っていますが、本日は真逆ですね。寧ろ、日頃の仕返し的なものが出来た気分です」
「………………」
やけにはっきりと、それも近くから声が聞こえた。
……その証拠に、僕の行手を阻むような白い腕。
どうしてだろうか。
はっきりとではないが、この腕の正体がわかってしまった……。
「お、おはよう……」
「はい。おはようございます、湊君」
夢でも幻でも幻聴でも勘違いでもない。——小学校時代からの幼馴染である真城美桜が、僕の家の台所に立っていた。
髪は邪魔にならないためにか、ポニーテールを高い位置で結んでいる。袖は巻かれていて、その風貌はまさに主婦そのもの。
……って、なんで美桜がウチに居んの!?
「み、美桜? どうしてウチに……」
「……大変です。湊君が記憶喪失になってしまいました。こ、この場合、どうやって対応すれば……! と、とりあえず、訊かれた質問の答えですが、私は昨日から湊君のご好意でここに同居させて頂くことになりました」
「えっ……。あっ、そういえばそんなこと、あったな……」
「やはり記憶喪失ですか?」
「真剣に悩まなくていい。スマホ取り出して救急車呼ばないで迷惑になるから!!」
「はぁ。湊君が、そう言うのなら」
スマホスタンバイ状態だった美桜を静止させ、改めて昨日の出来事を思い浮かばせる。
てっきり『夢の出来事』だと思っていたのに……これが、現実ってやつなんだな。
頭も徐々に覚醒を始め、現状を理解しようと脳みそが働きを始めた。
「……それでだけど、美桜は朝から何やってるんだ?」
「今日は私の家事当番です。なので、朝食作りとお弁当作りです」
「べ、弁当?」
「はい。湊君、気づくといつも購買のパンなどで済まされていますし、偶には栄養のあるお弁当を食べるのが1番です。あ、ちなみにお弁当箱ですが、湊君のが棚に入ってたので、勝手ながら使わせていただきますね」
「そ、それは構わないけど……。っていうか、もう1つのそれは?」
美桜の手元には『2つのお弁当箱』が並んでいる。
1つは青色の長方形のお弁当箱。昔から使っていたお弁当箱だ。収納してあったのを美桜が取り出したのだろう。それはまだいい。
もう1つのお弁当箱は、まったく見覚えがなかったのだ。
ピンクを基調とした丸まったお弁当箱。そこには既におかずが敷き詰められている。
ということは自ずと、美桜用なのはわかってくる。だが——そんなお弁当箱なんて、男子である僕が持っているわけがない。ピンク好きでもないし、そんな霹靂があるわけでもない。
すると、美桜が「あぁ」と頷き僕の方を見た。
「これは私のです」
「え、でもそんなのなかったよな?」
「持ってきたバッグの中に入れてましたから。気づきませんでしたか?」
淡々と、美桜は告げる。
美桜がこの家に来た際に持っていた小さめのバッグだろう。通学バッグと共に持ってきてたっけ。いや……けどあの中に着替えまで入ってたよね? なにあのバッグ、どこにそんな収納スペースあんの。四次元ポケットかよ。
「そ、そっか。ともあれ、ありがとな」
「いえ。礼には及びません。三文の徳をしましたので」
「どういうことだ?」
「基本的には早寝早起きなので、湊君が朝難しそうなことをしようと考えました。なので、洗濯と軽く掃除、そしてこうして食事の準備と。好きな家事作業を3つも行えました! 反抗するような人がいないからこそ、出来たことですね」
その反抗する人ってのは、多分僕のことなのだろう。
初日から、この幼馴染に甘えるわけにいかなかった僕は、そこそこの家事スキルを頼りに何でもやりたがっていた美桜を静止させていた。
けど、それは日中だったから出来たこと。
朝、それも早朝ならば、この女神様を止める人などいないってことだろうな……。
本当、目的遂行のためには手段選ばないな。家事をするという面では。
「……あっ」
「どうかしましたか?」
「い、いや……。お前が僕の家に居候してることって、内緒なわけじゃん。基本的には」
「そうですね、基本的には」
「普段は購買で飯を済ませている陰キャが、いきなり弁当を持って来たら……どんな反応になるか、必然的にわかってしまう……」
「お弁当、嫌でしたか? 嫌ならば、無理して食べなくてもいいですよ?」
「あーいや、美桜は悪くないよ。ただ、あんまり目立つことはしたくないだけで」
そうだよなぁ。これが問題だ。
お弁当を食べる食べない以前の、ぼっちにしかない悩みが増えた。
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