第5話「女神様は仕草がもはや小動物」

「湊君、これはどこに置いたらいいでしょうか?」


「あー、どこでもいい。食器が並べられればそれでいいよ」


「わかりました」


 そう言って、美桜はスムーズにテキパキと料理の乗った食器をテーブルの上へと並べる。


 あれから数時間が経過し、気づけば夜の6時を回り——更にそこから一時間。現在は、美桜と共に夕ご飯を作り終えて食事しようとしているところだ。

 家事をするのを『当番制にしよう』と決めた後に、先にもめたのは本日の担当だった。

 安直だろうがそうくるだろうなー、と予想はしていた。が、ヒットしなくてもとは思う。


 そして案の定——美桜は自分が担当すると聞かずじまい。

 別に任せてもいいとは思うのだが、譲れないものだってこちらにもある。


 初日から女神様に甘えるわけにはいかない——そんな謎の意地があった。

 結果的にどちらも譲らず、ならば『一緒に作ろう』ということで落ち着き現在に至る。


「ふむ……」


「どうしたんだ、美桜?」


「あ、いえ。なんというか、並べられているものが和と洋で見事に分かれているなぁと思いまして」


「そりゃ、僕と美桜で得意料理が違うからな」


「不思議ですね。和の食卓に洋であるグラタンが置かれていると」


「美桜が食べたいって言い出したんだぞ」


「い、いいじゃないですか。気になったんですもん」


 ……なに可愛い仕草してるんですか、美桜様?

 まぁでも、和と洋が日常に混合しているのなんて、普通なんだけどな。けど、美桜の場合は和に特化しすぎているせいで、珍しい光景みたいだな。

 美桜がグラタンをじーっと見つめている。……小動物だろあれは。


「……お腹空いたんだろ? そんなに凝視しなくても、誰もお前の飯に食いついたりしないぞ」


「はっ! ち、違います。そ、それに、お昼をおやつの時間に食べたばっかり——」


 ぐぅぅぅ〜〜と、とても可愛らしい音がリビング内に木霊した。

 瞬間、美桜は頬を真っ赤に染め上げ、後ろへとぷいっと身体ごと逸らした。


「……湊君のバカ」


「いやそれ僕関係ないと思うんだが。お腹空いてるなら空いてるって言えよ。そうやって意地張ってると、可愛くないって思われるぞ?」


「別に構いません。周りの評価は、私の価値と比例しませんもん」


 おい、何だよ『もん』って。

 完全に萌えを狙いに言っているような発言だったぞ。……とまぁ勝手に僕が妄想しているだけで、実際美桜に狙ってやったのかと訊けば「何のこと」だと返ってくるだろうな。

 こんなに、珍しいものに興味津々な彼女に、そんな芸当が出来るはずがない。出来たら、どれだけ超人なんだよこの人……。


「……ほら、早く食べるぞ」


「……はい」


 空腹には逆らえない。生物の本能というやつである。

 僕達は相対する形で席に座り、「いただきます」と言葉にして箸を取った。


 今日のメニューは、美桜が作った味噌汁と野菜炒め。それから僕が作ったグラタンだ。

 偏りが無いよう、グラタンには細かく切ったお肉も入れてある。野菜ばかりだと飽きるからな。


 美桜は慣れない手つきでフォークを持ち、グラタンを掬ってぱくっと口へ運んだ。


「……っ!! み、湊君! 美味しいです、これ!」


「耳がぶんぶん揺れてる幻覚が見えるなぁ」


「何を言っているんですか?」


「ん? 単なる比喩表現だ、気にするな」


「そうですか。では、私が作った野菜炒めも食べてください」


 そう言うと、美桜は大皿から箸ですくった野菜炒めを小皿に移し、そしてそれを箸で再度摘み直して僕へと差し出した。


「……えっと?」


「知りませんか? 男女、それも2人きりで食事をする場合の鉄則——食べ比べというやつらしいのですが」


「いや……そういうことを訊いてるんじゃなくてな?」


 何の迷いの余地もなく、美桜は食べて欲しそうにコチラを見ている。

 や、やめろ! そんな小動物が潤んでるみたいな瞳で僕を見てくるんじゃない!

 ……先程はリスのように見えていた美桜だったが、今はウサギに見えてしまっている。


「……せ、せめてその小皿をくれないか? そうしたら安心して食べられるし」


「小皿、ですか? それに安心って……何がです?」


 もうね、完璧なまでの天然お嬢様だよこのお方は!

 美桜は“この行為”を単なる食べ比べとして認識しているらしいが、実際はそうじゃない。


 まぁ知っているのが当然なんだよな。美桜が特殊な人間なだけだ。

 これは、恋人同士でする行為だ。単なる同性の友達同士でやるのなら何の問題もないと思う。学校内でも、女子がお弁当の中身をこれで食べ比べしていたし。


 ……あっ。もしかして、それで勘違いしてるとかか?

 だとしたら、完璧に僕が悪いな。間違った知識を正そうとしてなかったわけだし。

 幼馴染で、しかも異性での幼馴染でこんなことは普通はやらない。そう、


「……美桜。悪いがそれは、恋人がする行為なんだよ。僕達は幼馴染だ。そういうことをするような仲じゃない」


「……恋人同士、が。……ということは、あの女の子達は『恋人』というわけなのですか! し、知らなかったです……」


 ……うん。とんでもない勘違いをしているけれど、何かもういっか。

 訂正が面倒になったわけじゃない。決してな。こういうのには慣れっこだし。


 ただ、これ以上訂正を加えてしまうと更におかしい方向に話が飛躍してしまうので、敢えて今は訂正を加えないでいるだけだ。……言い訳ではないからな?


「わかったか? だから、小皿だけ貸してくれ」


「……そういうことでしたら」


 美桜は申し訳なさそうに箸を引っ込め、代わりに小皿を差し出した。

 僕は素早くかつ迅速にそれを受け取り、野菜炒めを乗せていく。

 箸で出来る限り掴み、一口で口の中へと運んだ。


「美味いな」


「……っ!! あ、ありがとう、ございます」


「どうした? そんなに顔赤くして」


「……湊君に褒められると、どんなことでも嬉しく思えるんです。それが、勉強面であろうと、家事のことであろうとも」


「……そっか」


 美桜の場合、素直に褒められるってことよりも『やれて当然』とか『当たり前』だとか、そういった社交辞令みたいな言葉ばっかりだろうしな。

 受け取れ慣れていないのは、こういった単純な言葉ばっかりなんだろうな。美桜は。

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