第32話 エドゥワルド王子

 ジーク=テスターが王都より丸三日の距離にある最上級ダンジョンで悪戦苦闘している最中、その親友であるエドゥワルド王子もまた、王宮内において苦心惨憺していた。


「くっ!……このままではテスター侯爵位はベノン子爵の息子、あの忌々しいルビノのものとなってしまう。ゲトー、そうはならないために何か他にいい方法はないだろうか……」


 エドゥワルドは自室の一人掛ソファーに深く身体を沈めて頭を抱え、真向かいの三人掛ソファーに浅く腰を掛けるゲトーに対し、苦しそうに問い掛けた。


 ゲトーは、エドゥワルドが幼少の頃から付き従う一番の腹心であり、最も信頼する従者であった。


「……残念ながら、現状を覆すことは難しいかと……」


 ゲトーは冷静沈着な性格であり、常に悩めるエドゥワルドに対して最高のアドバイスを送ってきた。


 だが今、ゲトーはいつものようにエドゥワルドを満足させる回答を用意することが叶わず、眉間に深い皺を寄せて苦悶の表情を浮かべていた。


「……ダメか……本当にジークがテスター侯爵家を継ぐ方法はないのか、ゲトーよ」


 エドゥワルドが答えをわかっていながらも、再度同じ問いかけをゲトーにした。


 ゲトーもそれをわかっていながらそうは言わず、腹に収めるようにして静かに答えた。


「肝心のジーク殿が行方不明となってすでにひと月となります。これまでは殿下が陛下に言上して、時間を稼いでまいりましたが、もはや限界にございます。おそらくそろそろ陛下からのお呼び出しが、かかる頃かと存じます」


 エドゥワルドはゲトーの言う、父王からの呼び出しを恐れていた。


 恐らく次の呼び出しは、エドゥワルドに対する最後通牒になるだろう。


 そう考え、エドゥワルドは先程から頭を抱えていたのであった。


「……ああ。そろそろだろうな……」


 エドゥワルドは手で額を覆い隠すようにして両のこめかみを強く押して痛みを感じることで、自らの懊悩を誤魔化そうとしていた。


 だがそれで事態が変わるわけもない。


 エドゥワルドはスッと顔を上げて、ゲトーに対して素早く下知した。


「ゲトー、引き続き情報収集を頼む。そもそもベノン子爵もその子息のルビノも、素行の悪さは有名なくらいだ。探せば色々と落ち度はあろう。それを出来るだけかき集めてくれ。それを交渉材料としたい」


「かしこまりました。今現在、あらゆる場所に配下の者たちを送り込んでおります。現状侯爵位の行方を左右しそうな情報は得てはおりませんが、これからも諦めずに情報収集して参ります」


「ああ、頼む」


 エドゥワルドはそう言うと、さらに懊悩を深く、眉間に深い皺を寄せた。


「……ジークが最上級ダンジョンにおいて亡くなったという、あの情報は本当だろうか?」


 エドゥワルドは先月その驚くべき、そして恐ろしく不愉快な情報を耳にしていた。


 だがその情報をもたらしたAランクパーティーは、以前より怪しげな噂のある輩たちであり、またジークの遺体や遺品などを持っていないことから、眉唾である可能性が高いと当初はみていた。


 しかしながらその後もジークは一向に姿を見せず、行方不明のままであったため、日に日に不安が募っていたのだった。


 ゲトーは難しい顔をして、答えた。


「恐れながらその情報を精査いたしましたが、一部については本当である可能性がございます」


「なんだと!?何故それを早く言わないのだ!」


「申し訳ございません。情報が断片的であるため精査に時間がかかりましたためと、あくまで真実は一部に過ぎないと思われるため、さらなる情報の精査をしているところでございました」


「ではジークは……亡くなってしまったというのか?」


 ゲトーは即座に否定した。


「いえ。そのパーティーの者共はそう主張しているようですが、わたくしはそうは思いません」


「何故だ?」


「ジーク殿の遺体や遺品がまったく見つからないためにございます。わたくしはその一報を受け、即座にSランクパーティーをいくつも雇い入れました。そしてその最上級ダンジョンへ協力して潜り込むように手配をしたのです」


「そうだったのか?初耳だが……」


「その結果報告を受け、まだエドゥワルド様のお耳に入れるべきではないとわたくしが判断いたしました」


「そうか。ゲトーの判断はこれまでも常に正しかった。そのゲトーがそう判断したというなら、それが正しいと思う。それで、その結果というのはどういうものだったのだ?」


「何処を探してもジーク殿の遺体や遺品はみつかりませんでした。情報では消息を絶ったのは地下二十五階ということでございました。ですが、地下三十階まで潜ってみても、そのような形跡はなかったとのことでした。ですのでわたくしは何らかのアクシデントのようなことが起こり、そのAランクパーティーの連中がジーク殿を見失ったのではないかと考えております」


「その……魔物に食べられてしまったということはないか?」


「もしそのようなことがあったとしても、通常遺品は残ります。剣や防具、それに何らかの持ち物。それらを魔物は食べません。口の中に入れたとしても異物として吐き出します。ですが、その痕跡が何処にもなかったのです」


「では真実の部分とは何だ?」


「様々な目撃情報などを総合しますと、そのダンジョンに入ったのはおそらく事実だと思われます」


 エドゥワルドはそこで難しい顔となった。


「しかし、ジークがたった一人で最上級ダンジョンの地下二十五階から脱出出来るとは思えないのだが……」


「はい。ですので、何者かがジーク殿を救ったのではないかと考えております」


「それは何者だ?」


「それは現状わかりかねます。ですが、これまでに得た情報からは、それが最も整合性のある答えなのではないかと思っております」


 ゲトーの報告を聞き終わり、エドゥワルドはまなじりを決して改めて下知を下した。


「ゲトー、そのAランクパーティーからもっと多くの情報を仕入れよ」


 ゲトーは胸に手を当て頭を下げた。


「はい。それではわたくし自身が参ります」


「その連中の居所はわかるか」


「無論、常に把握しております」


「よし、俺も行く。断わるなよ?」


 エドゥワルドが今日初めて微かに笑みを見せた。


 ゲトーもほんのわずか頬を緩め、うなずいた。


「かしこまりました。では早速参りましょう」


「ああ。行こう。きっと真実を暴き出してやる!」


 エドゥワルドは方針が定まったことで少しだけ生来の明るさを取り戻し、力強くソファーから立ち上がるのだった。

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