第7話 ドラゴン
「仕方がない。もう一階層潜るとしよう」
パーティーリーダーのダスティが、嘆息と共に言った。
もうすでに地下二十四階に到達している。
だがドラゴンはその影すら見えなかった。
俺はこみ上げる不安に襲われ、つい呟いた。
「……大丈夫なのかな?……」
すると俺の呟きを聞きつけ、ダスティが言った。
「大丈夫さ。問題ないよ」
「でも階層が下がれば下がるだけ、強力な魔物が出て来るんじゃ……」
「もちろんそうだよ。だけどこのパーティーなら心配はいらないよ。僕らの戦い振りは見ただろう?」
「それはまあ見たけど……」
「だろ?だから何にも怖がらなくてもいいのさ」
ダスティはそう言うと、俺の背中をポンと叩いた。
俺はまだ抱える不安を心の深い位置に押し込めると、一歩前に足を踏み出した。
「さあ階段を探そう。何処かにあるはずだ」
ダスティの指示を受け、皆が一斉に散らばった。
すると、主攻担当のラーグルが声を上げた。
「あったぞ。こっちだ」
ラーグルの声に皆が一斉に反応し、再びパーティーは集結した。
そしてラーグルが指さす方向を見た。
「よし、では二十五階に潜るとしよう」
ダスティがそう言うと、前衛のガーズが先頭に立った。
次いで主攻のラーグルが続き、ダスティと俺が続いた。
最後に後衛の二人、メリーザとラロンが続き、一行は地下二十五階へと至る階段を下りていったのだった。
「え?……何か、空気変わってない?……」
俺は地下二十五階にたどり着くや、首筋に冷やっとした空気を感じ取った。
それはもしかしたら、何者かの息吹を俺の本能が感じ取ったのかもしれない。
するとダスティが、これまでの軽佻な話しぶりから一転、重々しい口調となった。
「ああ、よくわかったね。間違いなく空気が変わった。みんな気を引き締めてくれ」
するとパーティーの連中も、これまでの雰囲気とはガラッと変わり、明らかにピリッとした空気を醸し出した。
ガーズが腰を静かに落として、ゆっくりと先頭を進む。
両手にはすでに戦斧が力強くギュッと握られている。
続く主攻のラーグルの手にも、細身の刀身がギラリと輝くレイピアが。
リーダーのダスティも腰に佩いた直剣をすでに抜き放っており、警戒感を全面に押し出している。
後衛のメリーザとラロンも、大きく輝く宝石が彩られた魔法杖を手に、辺りを緊張気味に窺っていた。
俺は彼らの変貌振りにちょっと驚きながらも、今のこの空気が彼らにとってもかなり危険な状態なのだと実感したのだった。
そうしてパーティーは、最大限辺りを警戒しながらゆっくりと進んだ。
だがしばらくは何もなかった。
小さな魔物も何も出ず、コツコツという俺たちの足音だけがダンジョン内に響いた。
薄暗いダンジョンは、ただそれだけで気味が悪い場所に早変わりだ。
俺は先程までのある程度楽観的だった感情から、かなり悲観的な感情へと変わっていた。
それが荒い息となって出た。
緊張からだろう、俺の呼吸はさっきからだいぶ浅く、荒くなっている。
だが今度はダスティからの慰めの声はかからなかった。
そんな余裕はもう無いのだろう。
俺の緊張感は否応なしに増した。
するとその時だった。
遠くの方で、何やら恐ろしげな咆哮が聞こえた。
俺は身体をビクリと大きく震わせた。
だがそれはパーティーメンバーも同様であった。
皆一様に身体を震わせ硬直させた。
だが俺と彼らとの違いは、彼らはすぐに硬直を解いて動き出したのに対し、俺の方は恐怖に身体を強張わせてすぐには動き出せなかったことだった。
俺はごくりと生唾を飲み込んだ。
だがパーティーメンバーは、そのわずかな時間に展開を変えた。
前衛二人が突出して前に出たかと思うと、後衛の二人がそれぞれ別れて左右の壁に触れるかというぐらいに離れた。
言ってみれば、リーダーのダスティを中心に、三角形を描いた陣形であった。
俺は唾を飲み終えると、唯一動かず、目の前に立ちすくんでいるダスティを見た。
ダスティは厳しい表情で真正面を睨み付けている。
俺はダスティが見つめる視線の先を、追ってみた。
だがそこにはなにも居ない。
しかし、何かが影に潜んでいるような気配だけはした。
怪しげな空気が周囲に漂う。
その時、荒い息づかいが聞こえた。
大きく息を吐き出した音。
だがそれは、今まで聞いたことがないほどに大きく低くくぐもった音であった。
おそらく今まで俺が見たこともないほどの巨大生物がいるに違いない。
もしかして……。
俺はもう一度唾を飲み込み、心臓を高鳴らせて耳を澄ませた。
その時、巨大な地鳴りのような音が辺り一帯に鳴り響いた。
俺は確信した。
それは明らかに巨大生物の足音だった。
その時、視線の先が黒く揺らめいた。
影だ。
何者かの影が、前方で大きく右に曲がった洞壁の奥に映し出されたのだ。
大きい。
間違いなくいる。
するとまた大きな地鳴りがした。
足を踏みしめ、俺たちの方に向かって来ている。
きっと、あの右に折れ曲がった洞壁の先にいるはずだ。
俺の心臓が最高潮に高鳴る。
その時、正面の洞壁一面が一瞬ですべて黒く染まった。
大きい。巨大生物の影だ。
いや、きっとあれは……。
その瞬間、洞壁の隙間から赤褐色の何かが突然にゅっと首を覗かせた。
俺は目をこらしてそれを凝視した。
すると、そこにいたのは紛れもなく俺が追い求めたものだった。
ドラゴン!
そいつは赤褐色の肌を煌めかせ、長い舌をチロチロと覗かせながら、獲物である俺たちを遠くの方から値踏みしていた。
「ようやく出たな」
リーダーのダスティが嬉しそうに言った。
俺はその声を胡乱げに聞いた。
それというのも赤褐色の肌をしたドラゴンの偉容に、完全にぶるっていたからだった。
「……す、すごい……」
するとダスティが愉快そうな声で言った。
「そうだろう。あれがこの世で最強クラスの巨大生物、君が追い求めたドラゴンさ」
そう言うと、ダスティは悪魔的な含み笑いをした。
俺はその顔を見て、怪訝な表情となった。
何故ならこれまで、ダスティのこのような顔を見ていなかったからだった。
それが言葉となって口をついて出た。
「……ダスティ?……」
だがダスティは俺の言葉には反応せず、その悪魔的な笑みを湛えたまま、前衛の二人に突如指示を出した。
「予定通りに行くぞ。下がれ」
すると前衛の二人が突如踵を返し、駆け寄って来た。
見るとガーズ、ラーグルの両名共に、薄ら笑いを浮かべていた。
俺は途端に薄気味悪くなってたじろいだ。
そして思わず一歩後ろに後ずさったところで、背中をドンと激しく叩かれた。
俺は思いも掛けないことに驚き、受け身を取ることも出来ずに前に倒れ込んだ。
「な、なにをするんだ!ダスティ!」
前のめりに倒れ、尻もちをついた俺は振り向きざまにそう叫んだ。
すると目の前のダスティが、口の端を異常なほどに上げて俺を見下ろし、嘲笑っていたのだった。
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