第5話 Aランクパーティー
俺はがくりと首を前に垂らしながら、茫洋と町を彷徨った。
どれくらい徘徊しただろう。
二時間か、それとも三時間くらいか。
もしかしたらもっとだったかもしれない。
目的もなくただひたすら町を彷徨う俺を、ふと何者かが呼び止めた。
「ねえ君、ちょっといいかい?」
その男は中々に整った顔立ちをしており、何やら自信満々な様子がうかがえた。
「……何?」
俺のあまりに覇気の無い返答に、男は思わず肩をすぼめながらもさらに言った。
「最強パーティーを探しているんだって?」
え?
「なんだって?」
「だからさ、最強パーティーを探しているんだろ?」
よく見ると、男は一人では無かった。
両脇に女性を従え、さらにその脇には中々に屈強そうな男たちが立っていた。
そしてその後ろに、なにやら下卑た笑いをかみ殺している男の姿が目に映った。
ああ、あの男は、さっき冒険者ギルドで俺の話を盗み聞きしてドーラに追い返されていた男だ。
なるほど。
あの下卑た男から話を聞いたのか。
「いや、もういいんだ」
俺は力なく手を振りつつ言った。
そして彼らの横を通り過ぎようとした。
だが男はさらに俺に話しかけてきた。
「おいおい、もういいってどういうことだい?」
俺は肩を落としたまま、力なく言った。
「もう最強パーティーに用はないんだ。だからだよ」
「でも君、ドラゴンスレイヤーの称号が欲しかったんじゃないのかい?」
「ああ、欲しいよ。それは今でも欲しいさ。でもそれは手に入らない。最強パーティーに入ったところで、ドラゴンに最後のとどめを刺さないと称号は得られないって聞いた。だからもういいんだ。俺の力じゃドラゴンにとどめなんて刺せるわけがないからね」
すると先程から話しかけてくるパーティー中央のリーダー格の男が、カラカラと明るい声で笑った。
他の四人も明るく笑っている。
ちなみに下卑た男は相変わらずの品のない笑い方をしていた。
だが俺は明るかろうが暗かろうが、品が良かろうが悪かろうが、自分が笑われるのは好きじゃなかった。
「なんだ?なんで笑うんだ?」
するとリーダーの男が両手を振って謝った。
「ああ、ごめんごめん。そんなつもりじゃなかったんだけどね。怒らせてしまったなら謝るよ」
笑われるのは嫌いだが、すぐに反省してちゃんと謝る奴は嫌いじゃない。
他の四人もいつの間にか笑みを潜めている。
だが一人だけ、今だに嫌らしく笑っている男がいた。
俺の矛先は五人パーティーの陰に隠れて、今も下卑た笑いをする男に向けられた。
「あんただけなんでいつまでも笑ってるんだよ」
険のある俺の言い方に、下卑た男がびくりとして一歩後ずさりした。
するとリーダー格の男が、下卑た男に向かって言った。
「ああ、君はもういいよ。さあ行って行って」
リーダー格の男は左手をひらひらさせて、下卑た男にしっしっと手払いした。
すると下卑た男は素直に従い、忍び足で消えていった。
俺は気を取り直し、リーダー格の男に言った。
「笑ったことはもういいよ。怒ってない。でも聞かせてほしい。なんで笑ったんだ?」
するとリーダー格の男がまたも肩をすぼめながら言った。
「君がドラゴンに最後のとどめを刺せないなんて言うからさ」
俺は一つ大きなため息を吐いた。
「でも俺の身体を見たらわかるだろう?まだ全然大きくないんだ。腕も細い。こんな身体じゃ、ドラゴンの鱗だって切り取れやしないよ」
「そうかい?そんなことはないと思うよ。無論、君の腕でドラゴンに深手を負わせられるとは思わないけど、瀕死の状態にして心臓を露わにしてしまえば、君の腕力でもとどめの一撃を突き刺すことが出来ると思うけどね」
男が自信たっぷりに言った。
本当に?
確かに俺は、同年代の中では力が強い方だ。
いや、かなり強いと言っていい。
でもいかんせんまだ十五歳だ。
強いといっても所詮は子どもの腕力だ。
いくら心臓を露わにしていたとしても、俺の突きでその鼓動を止めることなど出来るのだろうか?
ドーラも無理だって言っていた。
俺が思い悩んでいると、リーダー格の男がさらに言った。
「大丈夫さ。ドラゴンを瀕死の状態にするなんてのは、僕らなら簡単に出来るよ。君は本当に最後の一太刀をドラゴンの心臓に突き刺せばいい。何も問題ないさ」
「本当に?でも貴方たちは一体……」
驚き問い掛ける俺に、リーダー格の男が朗らかな笑みを湛えて言った。
「僕はダスティ。クラスはパラディン。このパーティーのリーダーさ。聖なるご加護を受けた僕が付いていれば、君もきっとドラゴンスレイヤーになれるさ」
するとダスティを皮切りに、パーティーの連中が次々に自己紹介を始めた。
まずはダスティの向かって右隣の艶めかしい服装の女性が口を開いた。
「わたしはメリーザ。ウィザードよ。攻撃魔法ならお手の物。よろしくね」
次いでダスティの反対側に立つ、一見幼そうだが目つきの鋭い女性が無愛想に短く自己紹介した。
「ラロン。ヒーラー」
その挨拶に俺が不機嫌な顔を作るより早く、ラロンの隣で丸太のように太い腕を組んでそびえ立つ大男が言った。
「俺はガーズ。クラスはヴァンガード。見ての通りの腕自慢!前衛で攻守両面に大活躍さ!」
最後に向かって右端のひょろ長い男が、冷静沈着そうな静かな語りで自己紹介した。
「俺はラーグルという。ストライカーだ。主攻を担当している」
前衛二人に後衛二人。リーダーのダスティはパラディンだから前衛も後衛もどちらも出来る。
実にバランスの取れたパーティーだといえる。
「ダスティさん、教えて欲しいことがある。冒険者ギルドで認定された貴方たちのパーティーランクは?それにドラゴンと戦った経験は本当にあるの?」
するとダスティがニヤリと微笑み、自信満々に言った。
「ダスティさんなんて止めてくれ。ダスティでいいよ。それと、安心してほしい。僕たちのパーティーランクはAさ。そして僕たちパーティーは過去に三度、ドラゴンを退治している。つまりパーティー中三人がドラゴンスレイヤーの称号を持っているんだよ」
ダスティはそう言うとニコッと微笑み、『ステータス』と言った。
するとダスティの目の前に半透明なガラス板のようなものが浮かび上がった。
俺はそれを反対方向からマジマジと見つめた。
確かにAランクだ。
それに間違いなくドラゴンスレイヤーと書き記されている。
俺がマジマジとカードを見つめていると、横からさらに二枚のステータス画面が浮かび上がった。
前衛二人のステータス画面だった。
そして、そこにはやはりドラゴンスレイヤーの文字がハッキリと示されていた。
「凄い……本当にドラゴンスレイヤーだ……」
ダスティはそこで、さらに自信たっぷりな笑みを浮かべた。
「だから言ったろ?問題ないって」
だがそこで俺の頭の中に、或る疑問がもたげてきた。
俺はそれを率直にダスティにぶつけてみた。
「でもなんで俺をドラゴンスレイヤーに?」
するとダスティが少しだけ言いにくそうに、だがしっかりはっきりと明言したのだった。
「う~ん、君は今はテスター侯爵家のお坊ちゃんかもしれない。だけど、ドラゴンスレイヤーの称号を手にし、テスター侯爵家を継ぐことになったら……かなりの謝礼が期待できるんじゃないかと思ってね」
なんだ金か。
見た目爽やかなのに、目的は金だったか。
ちょっとがっかりだ。
いや、でもこれは俺にとって好都合なんじゃないか。
金で解決出来るなら、それに越したことはないじゃないか。
そうだよ。
金ならテスター侯爵にさえなれば、ふんだんに手に入る。
ドラゴンスレイヤーの称号を手に入れてもクラスなしは変わらないから、確実にテスター侯爵家を継げるという保証はないけど、彼らはそれを承知で成功報酬として俺に提示したんだ。
よし、なら即断即決だ。
「わかった。俺がテスター侯爵になった暁には、相応の謝礼を約束するよ」
すると五人に笑顔が浮かび上がった。
そして口々に快哉を叫んだ。
俺はそうしてドラゴンスレイヤーの称号を得るため、ダスティのAランクパーティーに加入したのであった。
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