第187話 ターマイト、囚われる。
ソンビであった魔術師を殴り飛ばしたターマイトだったが、それで彼女の状況は変わることはなかった。
パニックになった彼女は、うろうろと落ち着きなくあちこちを歩き回って、混乱しながら言葉を放つ。
「ど、どうしよう。これからどうしよう。と、とりあえずどこでもいいから少しでもここから離れて……。」
そんなパニックに陥っている彼女の周囲の木々に巻き付いている蔓が気づかれないうちにすっと動き、その蔓はまるで獲物を狙う動物のように一斉にターマイトへと巻き付いて彼女の動きを封じ込める。
これは、ハイエルフやエルフたちが得意とする自然操作の魔術の一つである。
全身を蔓で縛られて身動き取れなくなってしまった彼女は驚愕の表情を浮かべる。
「な、何!?どうなってるの!?誰か助けてー!!」
じたばたと暴れているターマイトに対して、エルフやハイエルフたちが姿を現して怒りの表情で睨みつけてくる。
恐らくはこの白蟻人がこの元凶だとセレスティーナから聞いた地理に詳しい彼らは、至急白蟻人のアリ塚へと急行して、彼女を魔術で捕らえたのだ。
剣呑な雰囲気にまずいと悟ったターマイトは、必死に自分の無実を主張する。
「わ、私はこの魔術師に騙されてやっただけだ!私は悪くない!私は悪くない!!」
そのターマイトの言葉に、追いついてきた軍隊蟻人の親衛隊は、怒りをもって彼女を睨みつける。
「黙れ!お前のせいで我ら軍隊蟻人は全滅の危機にあるんだぞ!よくも言えたものだな!!」
「わ、私だってもう白蟻人は私だけで全滅の危機よ!お互い様じゃない!
とにかく、私は悪くない!悪くないったら悪くなーい!!」
必死になって喚きたてるターマイトに対して、同様に追いついてきたセレスティーナは、にこりと微笑んで彼女に提案をする。
「なるほど。自分は悪くないと。それではこういうのはどうでしょうか?」
そのセレスティーナの提案にターマイトは思わず叫び声をあげた。
「ち、ちょっと待って!私が自分自身でこの蟻塚を全て吹き飛ばせっていうの!?
私一人じゃ無理に決まってるわよそんなの!!
それに自分の手で愛着のある故郷と仲間を吹き飛ばせとか鬼なの貴女たち!」
そう、セレスティーナの言葉は、自分の手でこの蟻塚と白蟻人を吹き飛ばせ、という物だった。そのターマイトの言葉に、ふざけるな!我々の森に被害を出した元凶のくせに!というハイエルフたちの叫びを、セレスティーナは片手で制する。
「このまま放置していてはこの場所が冬虫夏草の発生源になって無数の胞子が発生します。そうなれば森中を全て埋め尽くす可能性すらある。
どうしても焼き払わなくてはいけません。
それに、これは要請ではありません。”やれ”という命令です。」
「う、ううう~~~。」
そのセレスティーナの言葉に、ターマイトは、がくりと地面に膝をついた。
そして、ターマイトは、手にした水晶玉を使って、菌に侵された白蟻人を操って自分の蟻塚に次々と火薬や油など可燃性の物資を大量に運び込んでいく。
これらは、冬虫夏草を焼き払うために用いられたもので、そこで余った物をここまで運び込んできたものである。
それをターマイトが操った白蟻人の手によって、蟻塚のあちらこちらに運び込まれているのだ。いくら巨大とは言っても蟻塚は白蟻の排泄物と土でできているだけの物。
これだけの火薬と油なら吹き飛ばして全てを炎に包むことができるという計算だ。
《しかし、この程度なら妾が上空から吹き飛せばいいのではないか?
飛び散る胞子も風の結界なら何とかなるじゃろ?》
その上空を悠々と旋回しているアーテルは魔術通信でセレスティーナへと言葉を送ってくる。だが、セレスティーナはその言葉に、首を左右に振る。
「ダメです。彼女は強い恨みを買っていますから、自分の手でやらせないと。
ハイエルフたちや蟻人が彼女を叩き殺してしまうかもしれません。
貴重な情報源を無駄にするわけにはいきません。」
そして、蟻塚に大量の油と火薬を運び込み、それらに導火線をつけては慣れた場所へと遠ざかる皆。そして、そんな中、ターマイトに松明が手渡せる。
「さあ、貴女がやるんです。自分の手で自分の巣を吹き飛ばしなさい。
そのぐらいやらないと、皆貴女を許しませんよ。」
「う、ううう……。」
ターマイトは渋々、手渡された松明を震える手で導火線に火をつける。
そして、その導火線は蟻塚の内部へと続いていき、やがて内部にふんだんに込められた油や火薬へと着火する。
凄まじい轟音と吹き上がる炎、それも一回だけでなく、次々と内部の様々な場所にある油や火薬にさらに引火し、次々と爆発を繰り返して、炎を巻き上げていく。
そんな劫火に白蟻人も蟻塚も耐えられるはずがない。
菌糸だらけの白蟻人たちは次々と吹き飛ばされ粉微塵にされ、やがて蟻塚自体が炎と爆発に耐え切れず、完全に崩壊していった。
「わ、私の蟻塚が!私の仲間がー!!」
ターマイトのその言葉は空しく消えていった。
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