第94話 怒られる社会的幼女。

『という訳で、そちらのワイバーンをこちらの軍として組み込みたいんだけど、ワイバーン貸してくれない?無論それなりの代償は支払うからさ。』


 あの提案の後、さっそくリュフトヒェンはアーテルを呼び出して、そちらのワイバーンを借り受けたい、と提案した。

 一応アーテルは名目上は大公であるが、本人の意識としては国家に所属している意識などまるでない。「身内だから力を貸してやるか」程度の感覚である。

 主従関係というよりは、共同体と言ってもいいだろう。

 そんな彼女に「お前は下の立場なんだからワイバーンを貸し出せ」と言ったら反抗されるに決まっている。(そもそも共に戦場を駆け抜けた戦友である彼女にそんな事を言うつもりもない)


 そのため、そちらのワイバーンを代価を支払うからレンタルしたい、という形で提案したのである。

 人間ごときが妾のワイバーンに乗るなどと!というある意味竜至上主義であるアーテルは反発するかと思ったが、実にあっさりと彼女は許可を出した。


「うむ!よかろう!だがしかし、当然ながら代償は支払ってもらおう!

 簡単にいうなれば金を払えという事じゃ!!」


 腰に手を当てて、ゴスロリ風の漆黒のドレスに身を包み、豊かすぎる胸を逸らしながら堂々とそう言い放つ人間形態のアーテル。

 何も知らなかった世間知らずの竜がすっかり俗世に塗れて金の亡者に……。と少しリュフトヒェンは悲しくなってしまったが、そうなってしまったのもリュフトヒェンのせいじゃないか、と突っ込まれてしまえばそれはそう、というしかなかった。

 ともあれ、きちんと布袋に宝石や金貨を入れてアーテルに渡すリュフトヒェン。

 そして、その布袋の中身をひーふーみーと数えながら、アーテルは満足げに頷く。


「ふっふっふ♪何もせずに金が入ってくる立場は楽でいいのぅ。

 さて、資金も手に入ったし、これで思う存分飲み食いするか……。」


 ふふん♪と上機嫌でうきうきのアーテルに対して、それを制止する鋭い幼い声が響き渡った。


「大公様!せっかくの資金をあっさりと飲み食いに使ってはいけません!

 というか何ですかこの支出の山は!お金使ってばっかりじゃないですか!!」


 それは、アーテルに食べて欲しいと言っていた孤児の姉妹のうちの姉の方だった。

 彼女たちは、セレスティーナの竜神殿で様々な教育を受けた後で、アーテルのお目付け役として、彼女の部下として派遣されていたのである。

 彼女の声を聞いた瞬間、あからさまにアーテルは動揺してしまう。


「んなっ!妾は竜じゃぞ!?竜が大量に食物を食べて何が悪い!妾を飢え死にさせるつもりか!!」


「ええ、食費はまぁ大目に見ましょう。ですが何ですかこの服やら何やらのお金は!

 何も考えずに使ってるだけじゃないですか!少しは節制という物を覚えてください!このままでは詐欺師に騙されますよ!ただでさえアーテル様は世間知らずなんですから!」


 幼女に怒られる社会的幼女ェ……。そう思いながら二人を見つめているリュフトヒェン。怒られたアーテルは、あからさまに翼と尻尾をしゅん……と下に向かせながら、ふぇぇ……と声を出す。


「ふぇえ……!助けてー!妾幼女にいじめられてるー!!

 なんでじゃ!妾はただ幼女を温かい風呂に入れて、三食きちんと食べさせて綺麗な洋服を着せてきちんと雇用して給料を払っているだけじゃぞ!

 その服もそなたたちのために買ってやった物じゃぞ!?妾の部下になる以上、薄汚い恰好など許さんからな!」


 確かに彼女は、孤児時代とは比べ物にならないほど血色もよく、清潔な服を着てイキイキとしている。

 これはセレスティーナの竜神殿できちんとした食事や休息などを取っていたのもあるが、アーテルの下で、きちんと三食取って暖かい風呂に入ってきちんと休めているからである。

 アーテルからすれば、こんな弱いクソザコ生物、無理をさせずきっちり休ませながら面倒を見ないと不安で仕方ない、という考えらしい。


「う……。そ、それはありがとうございます……。ですがそれとこれはとは話が別!この国の大公なんですから、もっとしっかりしてくださいね!」


 これ以上話していると、また散々怒られるであろう、と判断したアーテルは、身を翻してこの場からさっさと逃げ去ろうとする。

 このままでは、せっかく手に入れた資金も没収されかねない。


「うむ!という訳で妾面倒くさいことは、全てそなたたちに丸投げして食べ歩きしてくるから!それじゃ!!」


「ダメです!これから銀行に行って大辺境の開拓費用を借りるために銀行の人たちを説得するんですから!さあ、融資のための資料も用意しましたし、気合入れていきましょう!」


 思わず逃げ出そうとするアーテルに対して、幼女は必死になって彼女のスカートを両手で掴んで逃げられないようにする。


「や、やだー!妾面倒くさいのやだー!!美味しい物食べてくっちゃ寝生活したいー!!」


「私一人だと絶対に舐められて足元見られるじゃないですか!横で腕組んでふんぞり返っていればいいですから!」


 じたばたと暴れて逃げ出そうとするアーテルを必死に止めようとする幼女。

 人間形態とはいえ、竜が本気を出せばそんな女の子など軽く弾き飛ばせるのだろうが、人間、しかも女の子だと本気を出すと彼女が複雑骨折などしかねないので、怖いので思うように動けない、という所が正しいだろう。

 そして、「舐められる」という言葉にぴくり、と彼女は反応する。


「むう、確かに舐められるのも腹が立つし、か弱い人間一人行かせるのも妾の器が疑われるしな……。仕方ない。つきそうことにするか。」


「流石竜大公様!その美しさ、器の広さ流石です!さあ、このまま行きますよ~!」


「はっはっは!褒めるな褒めるな!よし、この妾がか弱いお主たち人間をきちんと見守ってやろうではないか!光栄に思うがいい!!」

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