第68話 食糧危機の前触れ?

「とりあえず~食料が足りませんわね~。」


 ルクレツィアは手にした書類の束を確認しながら、王座にちょこんと腰をかけているリュフトヒェンに報告してきた。

 その報告に対して、思わずリュフトヒェンは驚いた顔になってルクレツィアに言葉を返す。


『えっ?神殿の備蓄とか放出したのにまだ足りないの?炊き出しそんなに人数来てる?』


 神殿などに頼んで、あれだけ食料の備蓄などを放出したのに、まだ旧帝都の民衆は飢えているのか、どれだけの人数がいるんだ?と疑問符を浮かべるリュフトヒェンに対して、ルクレツィアはゆっくりと首を振る。


「いえ、旧帝都ではなく~我が国の全体的に食料が足りませんわね~。戦争で畑などを荒らされて収穫が期待できないのが大きいですわね~。」


 確かに彼女の電撃戦ともいえる侵攻によって、大幅な領地を獲得する事はできたが、そこに至るまでの農地まで全て無傷で手に入れる事はさすがの彼女でも難しかった。

 どさくさに紛れて、農地を荒らしたり畑を燃やしたり焦土作戦を取ろうとした旧帝国軍も存在していたため、それらを完全に防ぎきることは難しかったのである。


『じゃあ、食料を他国から輸入するしかないか……。我の財宝を換金すればそれくらい楽勝でしょ?』


 うーん、と顔を天井に向けて考えこみながらのリュフトヒェンの発言に、ルクレツィアも頷きながら答える。


「それはそうですが~確実に商人たちから足元見られて、相場より遥かに高い値段で穀物などを高く売り付けられる事は間違いありません~。商人たちに舐められるのは、我が国にとっていい事ではないかと~」


 確かにこの国の備蓄だけでは難しい、となれば外から輸入するというのは極めて常識的な手段である。だが、そうなれば商人たちが高値でこちらに食料を売りつけてくる事は間違いない。まあ、最終的には食糧輸入は必要ではあるが、その前に打てる手は打っておく必要がある。


「幸い、各地の大地母神の神殿は備蓄を放出してくれますが~。それでも足りませんわね~。

 向こうの要求は「地脈と天候の制御をよろしく」との事ですわ~。確かに地脈と天候を上手く制御できれば農業国になれる可能性も多いにありますが~。今は目の前の食糧不足に備えなくては~。」


 大地母神の神殿は、竜を主を崇めるこの国に対しても比較的協力的である。

 それは、竜がこの大地の地脈に加え、事実上天候神の御子である彼なら天候操作も可能だという打算から出ている。

 大地の活力である地脈と、農業にとって大事な天候を両方操る事のできる竜は、農民の多い大地母神の神殿にとって喉から手が出るほど欲しい存在だった。

 そのため、他の神殿と異なり、お互いに協力体制を取る事ができるのである。


『そうなると、まず小麦や大麦などの穀物を娯楽品である菓子や酒に加工しないように指示を出す事から始めるか……。後は、代用食となる動植物の調査とかかな。そう言えば救荒植物とかあるでしょ?あれはどうなの?』


「確かにいいアイデアではありますが~。植えてすぐに収穫できる物ではないですね~。まあ、それはそれとして、政策は進めますが~。」


 救荒食物は、異常気象や災害、戦争に伴い発生する飢餓に備えて備蓄、利用される代用食物である。

 自然界の中にある様々な毒抜きなどをして食べられる食物、毒消し・灰汁抜きの手順が面倒であり、他の食べ物があれば手を出さないが、やむを得ぬ場合は食べるという物や、サツマイモなど痩せた土地でもよく育つ植物などが上げられる。

(この世界にはそもそも薩摩がないので違う名称になるだろうが)


 まだ余裕がある際に、そういった痩せた土地や劣悪な環境でも育つ農作物などのノウハウを研究する事は、国にとっても国民にとっても次善の策である。

 自分の額を書類用のペンの後ろでコリコリと掻きながら、ルクレツィアはさらに言葉を続ける。


「まずは無駄に大飯食いどもの食糧消費を抑えなくては~。とりあえず飲食店での無駄なお代わりの禁止、大量供給の自粛などお願いするしかありませんね~。」


 その言葉に真っ先に反応したのは、他でもないアーテルだった。

 彼女はただでさえ白い肌を真っ青にしながら、机を叩いて必死になって叫びだす。


「そ、そんな!それでは妾の好き勝手食い放題プランに支障が出てしまうではないか!!いいのか!?妾は腹一杯にならないと戦わないぞ!?他国からの侵略とかにお困るのではないか!?」


 あわあわと叫びだすアーテルに対して、ルクレツィアはにこりと華のような輝く笑顔を見せて辛辣な言葉を口にする。


「アーテル様も~大公という大きな役職についたのですから、辛抱という物を覚えましょう~。端的に言うと食ってばかりいないでダイエットしろやこのトカゲ野郎ですわ~。」


 ふぇえ……。勘弁してほしいよぉ……。という顔になるアーテルだが、一般市民が食うに困っているのに、自分だけ好き勝手食べているのでは、国民から反感を猛烈に買うのは、政治に疎い彼女でも理解でした。


「わ、分かった!さらに妾の財宝もそちらに投資する!こやつと妾の財宝が合わさればしばらく食うのに困らん程度の食糧は買うことができるじゃろう。商売の事とか政治の事はよくわからんが、これで何とかせい。」


 やっぱりチョロくね?という視線が彼女へと向けられるが、それはそれとしてありがたいので受け取っておく事で一致した。

 ともあれ、大食漢である竜たちにとって兵站である食糧がなくなるのは極めて打撃である。

 今から手を打たなくてはいけない。


 そして、この政策は彼らも予期しない別の波紋を呼んでいた。


「……お代わり禁止……ですか?」


 旧帝都から離れて、辺境伯のお膝元である大都市の中、きょとんとした顔を浮かべる絶世の美女が存在していた。

 それは人化したリュフトヒェンの母親、ティフォーネである。

 相変わらず、ふらふらとあちらこちらを回っている彼女であったが、この都市の飲食店が気に入ったのかちょくちょくここには顔を出して、そのたびに大量の飲食店を食べ歩きしていた。


「ああ、別にアンタに対して思うところがあるわけじゃない。単純に食糧の問題で上からのお達しだ。個人的には、皆に不安が伝達するか、やめてほしいが……。」


 実際、穀物や食糧の値上げはすでに始まっており、彼ら飲食店にも苦しい状況である事には間違いない。

 二杯や三杯ならともかく、何十杯も食べられると彼ら的に困るのである。

 ティフォーネは、小首を傾げながら彼に向かって問いかける。


「つまり……食糧危機が収まればいつも通りだと?」


「まあ、そうなるな。悪いな、アンタはお得意様なのに。」


 ティフォーネは、その場から離れて顎に手を当てながら、ふむ、と考えこむ。


「基本的に手は貸さないつもりではありましたが、これではこちらも困りますね……。

 地帝に頼んで"大釜"でも作ってもらいますか。」


 それだけを言うと、彼女はそこから姿を消した。

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