第19話 紋章の封印


 その後、“まだやるべきことがある”と残して、ルークはその場を立ち去った。

 彼と別れた八神とジンの二人は、バトルドームへと帰還していた。


 彼女らは共に公安特務課第五班のオフィスがあるビルの地下に存在する研究施設へ赴いていた。

 この研究施設は主に紋章の研究や兵器開発、科学捜査などを行う特務課第四班が所有している。

 地下空間にてルークに告げられた、“紋章が分割されて封印されている”という言葉の真偽を確かめるべく、検査を受けにきたのだ。


「結論から申し上げますと、君の紋章は封印されています」


 そう告げたのは第四班班長パトリック・フェレルだ。

 金髪を綺麗なオールバックにしたビジネスマン調の男。

 四角いメガネができる男を演出しているが、彼の服装が白衣ということもあり、研究者(?) ビジネスマン(?)というチグハグな印象を受ける風貌であった。


「制限が掛かっててあれだけ強いってどんだけよ」

「当然です。ルシフェルとはキリスト教における唯一神に比肩する力を持った存在。本来ならば全能に近い力を振るえるはずですよ」


 紋章の一部が封印されているという枷を付けた状態で、本気ではないとはいえ、自身に勝利を収めた八神の強さに静は頬を引きらせていた。

 そんな彼女の言葉にパトリックは当然だと答える。


「詳しく説明しましょうか。多神教の宗教の神ならば、それぞれが司る概念という形でリソースは分割されます」


 ヘルは地獄を司る。

 ヘルメスは商業を司る。

 と言ったように、多神教はそれぞれの神がそれぞれの概念を司る。


「しかし、一神教の宗派の神はリソース全てをその神が管轄しています」


 対する一神教には一柱しか神が存在しない。

 一神教には天使が存在するが、それはあくまで唯一神が創り出した手駒に過ぎず、概念リソースを分け与えられた神格ではない。


「つまりは、多神教にて全能と言われるゼウスやオーディンといった主神クラスよりも、より強力な権能を持つということです」


 言うなれば、巨大なダムの水リソース各家庭数多の神々へと細かく分割するのが多神教の在り方。


 一つの巨大ダムをたった一人の管理者唯一神が自由に使い込むのが、一神教の在り方という訳だ。

 当然、分割されていない一神教の方が神が保有する力は大きくなる。


「その唯一神に比肩ひけんするとされたかつての天使長、熾天使してんしルシフェルならば、当然唯一神と同格とは言えずとも、多神教の主神クラスと同等かそれ以上の力を振るえてもおかしくはありません」


 その言葉を聴いた八神は己がことながら、信じられないという面持ちで確認の言葉を投げかける。


「なら、本来の力を取り戻せればなんでもできるってこと?」

「ええ、人が想像し得るありとあらゆることが可能です。魔力リソースさえあれば、世界の再編すら可能でしょう。ただし、今はまだ封印を解くべきではありません」


 小難しい話に頭を悩ませながらも、封印を解くべきではない、という発言が気にかかったじんは質問を投げかける。


「どうして? それだけ強力な力ならすぐにでも解いちゃった方がいいんじゃないの?」

「まぁ、これを見てください」


 静の疑問も最もだ。

 使える力があるなら使うべきだろう。

 しかし、そうもいかない理由があるのか、パトリックは白衣から折り畳まれた紙を取り出し、広げる。


 そこにはとある図解が描かれていた。

 心臓部を中心として、その周囲を取り囲むように八つの文字が浮かび上がっていた。

 文字は日本語のようであるが、今よりも昔、平安期に用いられていたような古い字体であった。


「これは八神さんに施されている封印術式を図解したものです。図を見て分かる通り、彼女の心臓部に眠る強力な力。恐らくはこれこそが封印されている力そのものでしょう。この封印されている力自体を封印術式の核として、その上から彼女が所持する八振りの紋章武具が、心臓を取り囲む文字とリンクしたくさびとなり、封印を掛けられています」

「つまり?」


 何を言っているのかいまいち理解できなかった静は簡潔に話せとばかりに促す。

 そんな彼女の顔を見て呆れて溜息が溢れるのを我慢し、先の話を要約する。


「……つまり、彼女の封印を解くには八振りの紋章武具全てを破壊した上で、最後に残された九番目の龍を討ち倒す必要があるのです」

「ちょっと待って。紋章武具が楔になってるから壊すのは分かるけど、九番目の龍ってなんなの?」


 九番目の龍。

 聞き慣れない、何かの隠喩いんゆと思しき単語に八神は疑問をていする。


「封印されている力とは恐らくルシフェルのもう一つの側面。地獄の王、堕天使ルシファーとしての力。そして、かの地獄の王は赤き龍黙示録の獣とも同一視される存在です。九番目の龍とは、これと封印術式のくさびである八振りの妖刀を破壊した末の存在であることを掛けて、便宜上べんぎじょう名付けた名称です」


 そう、八神の質問に答えると、パトリックは話を続ける。


「話を戻しましょう。つまり、紋章武具による楔を解き放てば九番目の龍が解き放たれ、八神さんは精神世界で交戦することになる。見事、精神世界で九番目の龍を討ち果たして調伏できれば力をものにできますが、失敗すれば八神さんの精神は死滅します。そして、全能に近い力を持った九番目の龍が八神さんの身体を乗っ取り、世に放たれることになるでしょう」

「今の勝率は?」

「一パーセントあれば良い方でしょう」

「絶望的じゃないやだぁ」


 勝ち目のない戦いに椅子の背もたれにもたれ掛かってお手上げする静を尻目に、静聴して話の内容を吟味していた八神がパトリックへ質問を投げかける。


「私の力を封印した術者はどうしてこんな面倒な封印を施したと思う? 私の記憶には部分的な欠落・・・・・・はあるけど、思い返してみれば研究所にいた頃はこんな封印がなくて全能としての力を振えてたと思うの」


 八神の言葉にパトリックは顎に手をやり考え込む。

 “研究所時代は全能だった?” “何故それを今になって思い出した?” “封印は成長の過程で施されたものとするならば……”、と小声で呟きながら思考にふけること暫く。

 思考が纏まったパトリックはうつむけていた顔をあげて、自身の推論を話しだした。


「紋章は所有者が精神的、物理的に強く成長することに比例してその力が増大する性質があります。通常は紋章者の成長に比例した力の増大なので暴走することはないのですが、例外があります」

「例外?」


 パトリックの話す“例外”という言葉に八神が反応する。

 その反応に促され、パトリックは言葉を続ける。


「紋章の覚醒です。ご存知だと思いますが、紋章は所有者の実力が極まった時や精神的に大きな変動が起きた際に覚醒という特殊な現象を引き起こすのです」


 パトリックによると、覚醒すると概念格、自然格、動物格、偉人格。

 全て共通して紋章の出力が大幅に上昇するという。

 それに加えてそれぞれの紋章種別ごとに紋章の進化ともいえるものがある。


 概念格は司る概念を完全支配し、自分だけの現実を持つ程の紋章者でさえ、同じ覚醒者としての領域に立つ者でなければ覆せなくなる。

 燃焼の概念格を例に挙げると、自身の周囲の炎全てを制御下におく。

 自身の身体を燃焼させて自然格のような流体化も可能と言った具合だ。


 自然格は神格を獲得し、権能となる。

 炎の自然格を例に挙げれば、その炎は不可逆のものとなる。

 権能故にそこに理由は介在しない。

 炎だから全て例外なく焼き尽くすのだ。


 動物格は他の紋章よりもより身体能力が強化され強靭な肉体を得る。

 加えて、司る動物の形に沿った進化が行われる。


 そして、偉人格は動物格と同様に肉体の強靭性が増すことに加えて、司る偉人の人格と肉体が回帰する。

 つまりは、


「力を封印した理由は、紋章の覚醒によって回帰した人格による紋章の暴走にあります。わたしも最初はただルシファーとしての側面を切り離した力を封印しているものと考えていましたが、八神さんの言葉が正しいならばこちらの仮説こそが正しいでしょう」


 パトリックはメガネのブリッジをクイっと指で押し上げて整え、更に詳しい説明を行う。


「覚醒者の例そのものが少ないのですが、社会に反した偉人。反英雄はんえいゆうと呼ばれる者を司る偉人格の覚醒者は、その殆どが司る偉人に肉体を乗っ取られる又は乗っ取られかけたという事例が残っています。そして、後者の紋章者は反英雄を精神世界で調伏する事で、紋章を正しく支配下におくことに成功しています」


 一呼吸置き、パトリックは遂に核心に触れる。


「つまり、封印の術者は八神さんの暴走を治める為に紋章覚醒によって回帰した人格をその力ごと封印した。そして、充分な実力が着くその時まで封印が解かれないように、幼い頃は全能の力を振るえていたという記憶を暗示によって封じていたのでしょう」

 

 “今になって暗示が解かれたのは無念無想の境地に至り、自身の内面と深く向き合うようになったからでしょうね”

 そう締めくくったパトリックは、話すべきことは話したとばかりにポケットからチョコを取り出して食べ始めた。


「その封印を施した人が誰かとか分からない? 術者なら段階的に封印を解除して少しだけ力を引き出すとかできそうだと思うんだけど」


 八神の隣で椅子に座って耳を傾けていた静が尋ねる。

 すると、パトリックは鼻で笑って肩をすくめた。


「愚かですね。わたしは天才ではありますが神ではありません。限りなく確信に近い心当たりしかありませんよ」

「ねぇ、それ分かってるのと何が違うの? ねぇ!?」

「どーどー」


 “ふんがー!” と鼻息荒く詰め寄る静を羽交い締めしつつ、八神はその人物の名を尋ねる。


「その人物とは特務課第二班所属」



 土御門晴明つちみかどはるあきですよ。

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