第19話 購買部の魔具工房
魔法習得の初期段階において、必要なものはなんだろうか。
ひたすら魔法を使って慣れること?
魔法発動のプロセスを理解すること?
自らの属性がどのように活用できるのかを知ること?
どれも魔導師として成長するには有効な手段だ。
だが魔法を使い始めた序盤も序盤、その時期に大切なのは魔力をコントロールすることだ。
体内に巡る魔力を使いたい時に使いたい分だけ、イメージ通りに放出する。
基本中の基本を疎かにしていては、今後の成長も高が知れている。
「ということで、今日はそれぞれに合った魔具を選ぼうか」
放課後。
いつもなら人目につかない校舎裏の木の下に集まるところだが、今日は本館一階の購買部。その一角にある、通称『魔具工房』と呼ばれる場所に来ていた。
テリオス魔法学校では魔具の販売も行っている。
優秀な魔導師の卵が集まる屈指の魔法学校とあってか、そこらの下手な店で買うよりも良質な魔具が揃っているのだ。
「でも俺たちもう魔具持ってるけど…」
「それは君たちが魔法が使えないときによくわからないまま選んだものだよね。魔法が使えるようなった今なら自分の属性にぴったりな魔具を選べるよ」
「よっしゃ、探すぜ俺の魔具!」
例によってエルシア、イグナーツ、グレイの三人組と、今日も暇だったらしいアッシュを加えた五人が集まっていた。
三人も魔導師としてはまだまだだがだいぶ魔法も使えるようになり、それと同時に魔力コントロールの甘さが目立つようになってきた。
だから今日はそれを補うため、というよりは上達させるために魔具を選びに来たのだ。
もちろん対象は
魔力を魔法として放出するための手助けをしてくれるこの魔具を使えば、魔力コントロールの上達も図ることができる。今回はそれが目的だ。
初めて入った魔具工房は想像以上に広かった。
商品棚の他に魔具を整備するところや、ちょっとした試し撃ちができるスペースまである。
商品のラインナップとしてはやはり圧倒的に助成魔具が多いが、少数ながら
他属性の魔法を放出できる創成魔具を使いこなせる生徒なんて、この学校でもほんの一握り程度のはずだが……売られているということは需要もあるということなのだろう。
属性ごとに分けられた商品棚をそれぞれ眺めていく。
「こういう時って何を基準に選んだらいいのかしら?」
「そうだね、性能もそれぞれによって微妙に違うし、合う合わないは完全に個人との相性によるものだから一概には言えないかな。まずは興味のある形状とか直感で選んで試してみるっていうのが一番かな」
「興味のあるものね…」
ルベルのアドバイスを受けてエルシアは魔具を吟味し始めた。
魔具は武器型だったりアクセサリー型だったりと、本当に様々な形状がある。
武器として使いたいなら剣や銃を選べばいいし、目立たせたくないのであればピアス状のものとかがいいだろう。
その人が何を重視するかにもよるので、あとは好みの問題だ。
いろいろ見ていればきっと自分に合ったものが見つかるはずだ。
「あ、ルベル。こっちこっち」
今度は火属性の棚の方から手招きされたので近寄ってみれば、イグナーツとグレイが真剣な表情で魔具を見ていた。
「あれ、グレイも火属性?」
「いや俺はこいつに付き合ってるだけだ。自分の魔具はもう選んだ」
「早いね」
「俺にはやっぱりこれがしっくりくる」
そう言って見せてくれたのはナイフ型の魔具だった。
そういえば以前、グレイは暗器などを使って戦うと言っていたので納得だ。クルクルと右手でナイフを弄るその手つきはもはやその道のプロだった。
「なあ、俺には何が合うと思う? 俺はまだ魔力のコントロールも未熟だし、魔力を魔法に変換するのにも時間がかかるし……」
「イグナーツはいつもどうやって戦ってたの? 武器とか持ってた?」
「もっぱら体ひとつの接近戦! 体動かす方が戦いやすいし、武器とかはあんま使ったことねえんだよなー」
「そっか。だったらわざわざ武器型にしなくてもいいかもね。アクセサリーとか身につけるタイプのもので、魔力制御を重視するとか。魔具を複数持つ人も結構いるし、必要になればその時にまた違った形状のものを選べばいいんじゃない?」
「それもそうだな。さんきゅ」
「じゃあぼくも適当に見てるから。また何かあったら呼んで」
「おう」
二人と別れ、水属性の魔具を見ながらそれとなく創成魔具の棚に足を運ぶ。
数こそ多くはないが、そこそこ値の張るものも並べられていた。
創成魔具と助成魔具にぱっと見の区別はない。
その性能や使い道はまるで違うのに、見た目はどちらも同じ魔具のように見えるのだ。
もっと言えば、ただの武器・アクセサリーと魔具の区別がつかない人もそこそこ多い。魔具には『これは魔具ですよ』という分かりやすい特徴がないからだ。
それだけ魔具は精巧に日常に擬態していた。
ただ。
(……見る人が見ればわかるんだよなぁ)
魔具であるのかそうでないのか。
魔具であったならば、それは助成魔具なのか創成魔具なのか。
見る人が見れば、わかる。
「それ、興味あんのかよ」
「んー」
横に並んだ気配。
視線は魔具に向けたまま言葉だけを返す。
「興味っていうか、創成魔具ってどんなものかなと思って」
「それを興味っつうんだよ。別にここで見なくても詳しいんじゃねェの?」
「人並みにはね。ていうかお前のほうこそ買いたかったんじゃないの?」
「火属性んとこ回ったけどビビッときたものもなかったんでね。今日はもういいわ」
「そっか。そういえば次の魔具の授業で武器型の使うんだっけ? 何か持ってる?」
「そういやンなこと言ってたな。オレ武器型は使わねえから持ってねえんだよ。なんかいいの持ってたら貸してくんね?」
「悪いね。ぼくも武器型は使わないんだ。そもそもぼくたち属性違うんだから持ってても貸し借りできないけど」
「んじゃ新調するしかねェか。今度買いに行こうぜ」
「うん。まぁでも、ぼくたち魔法使えないままだったら意味ないけどね」
「ハハ、そりゃそうだ」
「あははは」
駆け引き? 腹の探り合い?
いいや違う。これはただの言葉のキャッチボールだ。
互いに言葉の節々に二重三重の意味を含ませただけのただの会話。
踏み抜けば身バレに繋がる落とし穴を互いにするりするりと躱しながらのただの言葉遊び。
そこにギスギスした空気が入り込むことはない。
息をするように、気の向くままに、それぞれの本質を見極めているだけ。
それがルベルとアッシュの通常運転だった。
「あ、いたいた! 俺これにしたぜ」
アッシュとケラケラ笑っていれば、選んだ魔具を片手にイグナーツたちが集まってきた。その裏表のない笑みがなんだか今は新鮮に見える。
「魔力制御重視でブレスレットタイプのものか。うん、いいんじゃない?」
「だろ!」
男が手首に巻いていてもなんら違和感のないシルバーのブレスレット。
魔具だと言われなければお洒落の一環にしか見えないシンプルなデザインだ。
「私はこれにしたわ」
エルシアが見せてくれたものもブレスレットタイプのものだった。
石や水晶などのちょっとした装飾が施され、こちらもお洒落アイテムとして活用できそうだ。
エルシアも魔力制御に重きを置いた魔具選びになったようだ。
入り口付近のカウンターで会計を済ませている三人を待つ間。
よくよく考えればなぜ今回もついてきたのかわからないアッシュが気怠そうにあくびをしていた。
この男は大体が眠そう、怠そう、面倒そうのいずれかの状態にあることが多い。不真面目なのかと言われれば一概にそうだとは言えない。しかしやる気に満ち溢れているわけでは決してない。
「……オマエ、なんか失礼なこと考えてねェ?」
「いいやべつに。ただ、眠いんだったら早く帰ればいいのにとは思ったかな。彼らとも直接的な関係はないんだし、逆になんで着いてきてるのか不思議なくらいだよ。友だち100人とかそういうタイプでもあるまいに。こうやって人と戯れるの、実はあんまり好きじゃないよね?」
「ふは、オマエ優しげな雰囲気しといて意外と辛辣だよな」
「へえ、ぼくって周りからそういう風に見られてたんだ。自分で自分のこと優しいって思ったことはないんだけどね」
「あー語弊。あくまでも”優しげな雰囲気”ってだけだ。オレもオマエを優しいと思ったことはねェ」
「はは、お前も大概失礼なこと考えてるよね」
「さぁな」
「お待たせー! ……って、えぇー……なんで二人ともそんなに笑顔なんだよ、怖えよ……」
支払いを済ませて戻ってきたイグナーツが若干顔を引き攣らせながらルベルとアッシュを交互に見てきたが気にしない。
「さて、みんな終わったみたいだから帰ろうか」
「お、おう……」
今日は魔具の選定が目的だったのでこれにて解散だ。
それでもやはり手に入れたばかりの魔具を試してみたくてうずうずしていた三人は、このあと少し特訓していくと言っていたのでその場で別れた。
「付き合ってやんなくてよかったのか?」
「教わることも大事だけど自分で色々試してみるのも大事だからね。三人ともだいぶ使えるようになってきたし、そろそろ学校の授業にも適合してくる頃だと思うよ」
「そうなればオマエもお役御免ってか?」
「そういうこと」
魔法を教える云々以前に、彼らとは友人なので付き合いがなくなるわけではない。
それでも今後はその成長をひっそり見守っていくことになるだろう。
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