第14話 誰かが何かを



 ◇ ◇ ◇



 明かりのない山道を三人の男は走る。

 すでにとっぷりと日は暮れ、煌々と輝く月光が微かに夜道を照らしていた。



「まさか組織が壊滅するとはな。さすがに参った」


「あのクソガキ共のせいで商売上がったりだぜ」


「オレなんてせっかく捕まえたカワイコちゃんを楽しむ前に手放すことになったんすけど〜」


「テメェはいつも商品に手ェ出すなっつわれてただろうがよ。毎度毎度カネにする前にダメにしやがって」


「仕方ないじゃないっすか〜」


「そんなことよりも早々に出てきて正解だったな。雇用主も死んだようだし、あのままあそこにいてもただの働き損だ」


「へぇ、ボス死んじゃったんだ。ご愁傷様っすー」


 キヒヒヒ、と笑う男たち。

 先ほどまで雇主だった人間の死を知ったところで、悲しみなんてものはこれっぽっちもなかった。



 つい数刻前まで、彼らはとある犯罪組織に用心棒として雇われていた魔導師だった。

 用心棒とはいっても人攫いから敵との戦闘までなんでも請け負い、それに見合った多額の報酬を受け取る。腕っ節を売りにしている彼らにとってはなんともうってつけの仕事だ。


 それ以前にも用心棒として裏の世界で荒稼ぎしており、そこらの界隈ではそれなりに名の通った三人だった。


「今回もがっぽりっすね!」


「思っていたよりも早く組織が潰れたことには驚いたが、売上金は頂戴したし十分だな」


「これでまたしばらくは遊んで暮らせんぜ。この国からはとんずらすんだろ?」


「ああ。また次の金ヅルを探すとするか」


 何者かの襲撃により地下アジトが戦場となる前、彼らはすでに組織内の金銀財宝全てを持って隠し通路から脱出していた。


 こういうことを生業としていると、身の危険に対する嗅覚は自然と上がる。


 襲撃されるその直前、なぜだか全身に戦慄が走った。

 このままでは命を狩られると本能が理解した。

 だからこそ用心棒としての仕事を投げ捨て命を取ったのだが、正しい判断だったといえる。


 もちろん彼らは魔導師としての実力も伴っていたが、こうして生死を嗅ぎ分ける嗅覚と本能が下す判断に従い、今まで生き延びてきたのだ。


「それにしてもなんだったんすかね。なんかアジト内だけ変だったじゃないすか?」


「あァ、魔法が使えなくなったアレか?」


「それっすそれっす! 魔法が使えてたらカワイコちゃんの一人や二人連れてきたのに〜」


「原因はわからん。魔法が発動しない状況など初めてだったからな」


「んなのいくら考えてもわかんねぇだろ。今は使えてんだし問題ねぇって」


「ああ。とりあえずさっさとこの国から出て…───」



 言葉も途中に先頭を走る男が急に足を止めた。

 それに一拍遅れてほか二人もブレーキをかける。


「…………」


「…………」


「…………」


 自然と会話も途切れる。


 サワサワと木々が揺れる音がやけに大きく響いていた。


 三人はそれぞれ顔を見合わせ、互いに顔が強張っていることを自覚する。

 何も変わらない。

 さっきも今も何も変わらないのに、何かが決定的に違う。


(…なんだ、この肌に刺さるような悪寒は……)


 否応なく流れる冷や汗。

 周囲を探っても誰もいない。なにもない。


 なのに、得体の知れない薄気味悪さだけが彼らを襲う。




────シャリン。




 ひときわ強く風が吹く。


 囁くような微かな鈴の音が、耳奥で聞こえたような気がした。









「こんばんは」









 見開いた目にまず映ったのは、風に靡く真っ白な髪。

 次にこちらを見据えるその双眸。月明かりの加減で金にも橙にも変わる宝石のような色味が神秘と妖しさを交互に連れてくる。


 得体の知れなさを纏って佇むその姿に、いっそ寒気がするほど美しいその存在に、気付けば彼らは魅入っていた。魅せられていた。


 その背後に浮かぶ美しい十六夜の月も、なぜだか今は不気味に映る。




 真っ先に我に返ったのは先頭にいた男だった。

 

(…いつから、いつからそこにいた……?)


 すかさず腰に差した剣に手を持っていって、そして気づいた。


「………は?」


 なぜ手が震えているのだろうか。

 剣を握りたくともうまく力が入らない。何度も剣を掴み損ねることに焦燥が募る。

 はっ、はっ、と息が乱れ、顎をつたう汗がぽたりと落ちる。


 目の前にいる白髪から放たれる雰囲気で本能が理解した。

 理解してしまった。


 自分達は”狩られる側”なのだということを。


「……っ、…!」


 逃げたいのに思考と体がうまく連動しない。

 そもそも体が動いたとして、目の前の存在から逃げ切れる未来がまるで見えない。


 たった一言声を聞き、そこにいるというだけで、そう思わせるほどに目の前の存在は異質で、異様な存在感を放っていた。


「………お前は、誰だ」


 やっとのことで男は声を絞り出した。

 後ろの二人も正気を取り戻したことを気配で察したが、目の前からは一度たりとも視線は外さない。

 一瞬でも警戒を怠れば、間違いなく命を狩り取られることを理解しているから。


(……アスファレス国の追手か。あるいは俺たちを始末しにきた殺し屋か…?)


 五感全てから得られる情報で相手の正体を推し量っていく。


「誰? うーん……君たちに教えても意味はなさそうだから、通りすがりの村人ってことにしといてよ」


 こちらが全力で警戒しているのを知ってか知らずか、きっと全てを見透かした上で冗談めかした答えが返ってきた。


「……俺たちになんの用だ」


「君たちあのアジトにいたよね? べつにあのまま見逃してあげてもよかったんだけど、よくよく考えればぼくに不都合なことばかりだと思ってね」


「……どういうことだ」


「だって君たち、あそこで魔法が使えないことに気づいてたよね? それ自体は構わないんだけど、そのことが万が一広まりでもしたら面倒なんだよ。だから申し訳ないんだけど───死んでくれるかな?」


 困ったように苦笑した顔は本当に申し訳なさそうだった。

 しかし言い放った言葉の内容を考えれば、いかに表情と本心が乖離しているのかがわかる。



 男たちも伊達に戦歴を重ねてきたわけではない。すぐさま白髪を取り囲むようにフォーメーションをとる。

 雷属性の魔法で相手の動きを止め、火属性の魔法で一帯を火の海にする。

 それで倒せずとも逃げる時間さえ稼げればいい。


 長年の連携から瞬時に作戦を共有した三人はそれぞれ詠唱する。


 その間も白髪から笑みが消えることはなかった。

 何もせず、ただ男たちの動きを眺めているだけだった。


「へぇ、君たちけっこう強いみたいだね。ボスと呼ばれてた男よりずっと強そうだ」


 まるで他人事のように傍観する白髪に向けて、詠唱を終えた男たちは魔法を放った。


 轟音と共に凄まじい稲妻が落とされる。

 周囲の木々を巻き込んで一帯を焼き尽くし、黒い焦げ跡が広範囲に広がった。



 間髪入れずに男たちは次の手を仕掛けようとして。

 立ち上る土煙の中に人影を見つけた。


「せっかちだね。べつにぼくは君たちに手を出すつもりはないんだよ」


 やれやれという風に眉を下げるだけで、白髪には傷跡ひとつ、服の焦げ跡ひとつ見当たらなかった。


 たしかに魔法は放った。

 それなのにこうして白髪にダメージがまるでないということは、うまいこと的が外れてしまったのか。

 あるいは………の可能性を考えてしまった男たちは慌てて頭を振った。


「……、…俺たちを殺しに来たわけではないのか?」


「え、殺しに来たんだけど?」


「…おちょくってんのかよテメェは……!!」


「だから言っただろう。ぼくは手を出すつもりはないって」


 白髪は手を出すつもりがない。

 だが男たちを殺す気はある。


 それならば、誰が──。



「ただね、ちょっとこいつがお腹空かせてるんだよね。だから頑張って相手になってくれるかい?」



 瞬間、くらりと眩暈がしそうなほど濃密な、それでいて今にも失神しそうなほど禍々しい魔力が辺り一帯を飲み込んだ。


 その中心で悠然と佇む白髪の傍には、いつの間にかもうひとつの人影が。


 かろうじて見えた口元はニィと弧を描き、二本の鋭い牙を覗かせる。

 そして、残虐性を隠しもしない愉悦に歪んだ深紅の双眸と目があって。


 男たちは自らの命の最期を悟った。



「じゃあね。せいぜい地獄を楽しむといい」



 最後に目に入ってきたのは白髪の柔らかな笑みと、”ソレ”の左耳で妖しげに揺れる鈴の耳飾りだった。

 

 




────シャリン。






 ◇ ◇ ◇

 


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