第8話 若者たちの苦悩



 二人の話を纏めると。 


 魔法学校が休みの今日、学友三人でこの街に来ていたらしい。

 思い思いに店を回っていたところ、気づけばそのうちの一人がいなくなっていた。

 その心当たりが全くないわけでもないため周辺を探してみたのだが、姿も形も見当たらない。残念ながら目撃情報もなく、目ぼしい手がかりは掴めない。


 さて困ったと頭を抱えていたところでルベルが話しかけてきたという。



「十中八九、イグナーツは攫われたと思うわ」


「あいつは声も掛けずにどこかへ行くような奴じゃないからな」


「イグナーツって言うと……ああ、この前の赤髪の彼かな?」


「…お前、イグナーツを知っているのか?」


「彼もテリオスの生徒よ」


「君たちと同じ一年だよ。よろしく」


 今更だがもうひとりの男はグレイというらしい。先ほどそう紹介を受けた。

 エルシアやイグナーツと同じテリオス魔法学校の一年Gクラスに在籍する魔導師だ。


「それで、攫われたっていう根拠は何かあるの?」


 迷子でも失踪でもなく、誘拐。

 十中八九と前置きはあったが、その口ぶりはそれ以外の可能性を考えていない。

 何か確固たる理由をもってエルシアはそう判断した。

 異を唱えないグレイも同様に。


「…………」


「…………」


 二人揃って口を紡ぐ。

 互いに目を合わせ、何か考えるように逸らしてはまた合わせる。


 そんな二人のアイコンタクトを、ルベルは静かに見守る。


 こういう時、ルベルは決して口を挟まない。

 当事者間で行われている意思疎通を想像しながら、その思考の変化を眺めるのが好きだった。


 目の動き。

 瞬きの回数。

 表情の変化。

 呼吸の間合い。

 体の揺れ。

 無意識のうちに表れるその人の癖まで。


 言葉以上に雄弁な全身の変化を具に眺める。いわゆる人間観察だ。

 

 そうやって人の思考を読み解き、時には暇つぶしのアソビとしていたずらに人の中身を暴くことをひとつの嗜好としていた。

 誰からみても悪趣味としか言いようがないその趣味。その上さらに観察されているという視線の違和感を相手に微塵も抱かせないのだから厄介でしかない。


 かくいうエルシアとグレイも”そういう意味”でルベルに見られているとには気づかない。

 それ以前に、どうやら自分たちの思考に没頭しているようで目が本気だった。



 ぱちぱちと目で会話していたのも時間にしたらほんの数秒のことだった。


「……これは誘拐で間違いないのよ。イグナーツはクォラ公国の貴族だから」


 吐き捨てるように、エルシアはそう言った。


 クォラ公国といえば、軍事国家の多い東海では珍しい貴族の国だ。

 公国とつくことからもわかるように公爵位の貴族が国を治め、東海の中でもやや異質な国と認識されている。


 イグナーツはその国の人間で、しかも貴族出身だという。

 そこに誘拐という言葉が絡めば、事の顛末は馬鹿でも導き出せる。


「なるほどね。目的はお金もしくは権力への脅しの材料として。誘拐しか考えられないってことだね」


「ええ」


「だとしたら早いとこ見つけないと厄介なことになるね」


 この世界では人攫い、人身売買などは珍しくない。

 もちろんそれらの行為は犯罪に該当するものだが、如何せん世界の闇を取り締まるには犯罪数が多く、さらに犯罪者側に魔導師がいれば手口は巧妙を極め、事前に防ぐことは難しくなる。


 今回イグナーツが誘拐されたのが身代金目的か人身売買目的か、あるいはそのほかなのかは知らないが、どちらにせよ裕福な貴族は犯罪者にとっては魅力的なカードとなる。

 早いところ助け出してあげなければどんな目的に利用されるかわかったものではない。


「イグナーツの家には連絡したの?」


「してないな」


「しなくていいの?」


「いいのよ。あんな奴らに教えたって何の意味もないもの」


 忌々しげに言い捨てたエルシアの言葉に温度はない。

 グレイも同じ気持ちなのか眉根を寄せている。


(……なるほどね。ワケありか)


 二人の態度と貴族の世界にはありがちな事情を考慮すれば、イグナーツがどういう家庭環境に身を置いているのかは大体予想がつく。


 誘拐されたことを教えても意味がないということは、つまりはイグナーツの家がそれを知ったところで行動を起こすことはないということ。

 イグナーツは家族からよく思われていないのか、または軽んじられているのか。

 血の繋がりがない養子である可能性まで邪推するのは考えすぎだろうか。


「こういうことはよくあるの?」


 イグナーツの身に何かあったときの家の対応を知っているらしい二人。

 そして怒りと悔しさに満ちたその双眸。


 これは実際にイグナーツの扱いを見たことのある目だ。


「本人のいないところでこれ以上を口にすることはできないわ。………ただ、今回が初めてではないわね」


「あいつはそもそもトラブル体質だからな。危なっかしくて仕方ない」


「そっか」


 過去にも何度かイグナーツは危ない目に遭っているらしい。

 きっとその度に二人はなんの行動も起こさないイグナーツの家族に怒りを覚え、そして大事な友人を必死に助けてきたのだろう。


 イグナーツを含め、エルシアやグレイにもまだワケあり要素はあるようだが、とりあえず彼らの間には切っても切れない絆があることはよくわかった。


(若いっていいなぁ…)


 ついつい緩んでしまいそうな口元を引き締める。

 こんな状況で笑おうものなら一体どれほど二人の中でのルベルの印象が急落するかわかったものではない。


 他人の案件に自ら首を突っ込むこと自体が珍しいルベルだが、これも何かの機会だ。若者たちのために、今回は最後まで手を貸すことにしよう。


「ところで君たちはこの国に詳しいの?」


「いや、テリオスの入学に合わせて来ただけだ」


「じゃあ気配感知の魔法とか得意?」


「…俺は無理だな」


「………それがなんなのよ」


「だったらぼくについて来て」


「だからなんなのよ」


 一方的に質問を投げるルベルに苛立ったように低くなったエルシアの声。

 それでもやはりルベルはにっこり微笑むだけ。


「知ってる? この国には犯罪組織がいくつかあってね。その中には、金持ちから金銭を巻き上げようとする奴らもいるんだよ」


 いくら治安がいいとはいえ所詮は人間の住む国。

 思惑十色な人間がいる以上、悪事も犯罪もなくならない。


 だったらそれらを把握して、事件と同時に迅速に行動に移したほうがよっぽど有意義な手段というものだ。


「彼を助けたいんだよね? だったらぼくについておいで」


 どことない胡散くささを覚えつつ。

 しかし他にイグナーツがいそうな場所も知らないエルシアとグレイは、結局はルベルについていくことを選んだ。



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