第5話 召喚
仕切り直して魔法陣に手を置く。
そして今度は四人が同時に魔力を流した。
複数人での召喚などここにいる誰も試したことはない。なんならルベルの場合は召喚魔法自体が初めてだった。
さて、魔力を混ぜたことでどのような反応が起こるのか。
ボワンと光を帯びだした魔法陣。
次第に光は強くなり、次いで誰のものでもない魔力が感じ取れ始めた。
期待と好奇心がこもった目が見守るなか、果たして魔法陣の中心から現れたものとは───。
「───我を呼び出したのは貴様らか?」
肌を刺すような緊張感。
喉元を掻っ切られるような殺気。
窒息してしまいそうなほどに濃密な禍々しい魔力。
ちらりと見えた口元には薄い笑みが浮かび、真っ赤な眼光はそこに映るものなど容易く消し飛ばしてしまいそうなほど鋭く冷たい。
精霊を呼び出そうとして描いた魔法陣のはずが。
そこから現れた生物の姿はまるで──。
((((……なんてこった……悪魔を呼び出してしまった…))))
誰が何を言うでもなく彼らの行動は早かった。
驚きの声を上げる前にローズが辺り一帯を濃い霧で包み込み、レオンが魔法陣から出てきた相手に魔法を放つ。
その隙にアッシュとルベルが魔法陣の一部を消して強制的に道を閉じる。
1秒にも満たない一瞬の連携で召喚魔法は中断された。
眩い光もすぐに消え、たった一声なのにやけに耳に残る声の主も消えていた。
後に残るはパチパチと瞬きをする四人と、いつも通りの穏やかな森の光景だった。
「……ふう…油断した…」
「感知妨害の魔法はかけたけど……たぶん間に合わなかった気がするわ」
「結構ヤベェ魔力垂れ流してたかんな。まあ普通に考えて勘付かれたわな」
「とりあえず痕跡だけは消しとこうか」
それぞれがそれぞれに苦笑いを浮かべながらも、ひとまず隠蔽工作だけは手抜かりなく施す。
瞬間的に放たれた禍々しい魔力。それを感じ取って間もなくやって来るであろう教師たちにわかりやすい証拠だけは残さないようにと。
それぞれがそれぞれにこの状況を正しく理解していた。
しかし、どうしてこのような結果になったのか、その原因までを知る者は誰もいない。
教科書に載っていた通り、たしかに精霊を呼び出すための魔法陣を描いた。
何度も確認した。
それなのに、いざ召喚されたのは、精霊とは正反対にいるような存在だった。
「…いやいやいや、なんで悪魔なわけ? 属性が違う精霊とかならわかるよ? でもなんでよりにもよって悪魔?!」
「魔法陣間違えたとかか?」
「いや魔法陣は間違いなく精霊召喚のものだったよ。それは俺が保証する」
「じゃあ考えられるのは、魔力を混ぜたことによる反動とかかな?」
「魔力混ぜたくらいで精霊召喚の魔法陣から悪魔が出てくんのかよ。危なすぎんだろ」
「それもそうだね。もしかしたらぼくたちの魔力がたまたま互いに作用して変な反応でも起こしたのかもしれないね」
「ありえない話じゃないな。複数の魔力を混ぜることで起こる反応は未だに確認されていないものも多いから」
精霊を召喚するつもりが悪魔を召喚してしまった経緯を様々推測する。
魔法には思ってもみない事象や超常現象はつきものだ。
何が何にどのように作用してどういう結果をもたらすのか、そもそも無数に存在する可能性をすべて解明することのほうが不可能に近い。
世の中には説明がつかない現象も往々にしてある。
つまりは考えるだけ無駄だということだ。
「つか、とっさに道閉じちまったけど勿体なかったか? せっかくの悪魔だったのによォ」
ところどころ文字や線が消えた魔法陣を見てアッシュが残念そうに漏らした。
召喚魔法は対象を召喚しきる前に魔法陣さえ乱してしまえば強制終了できる。
召喚されたのが悪魔だとわかった時点で、呼び出して早々申し訳ないが速やかに魔界にお帰りいただこうと彼らは判断したのだった。
だからレオンは悪魔に攻撃して気を引いた。
ローズは周囲に感知されないよう一帯を霧で覆い隠した。
アッシュとルベルは魔法陣を消して召喚を強制終了させた。
その甲斐あって少々ヤバそうな悪魔は無事魔界に強制送還できたのだ。
「たしかに悪魔を見る機会なんてあまりないからな」
「なんかあん時すっげえ寒気がしたんだよなァ。すぐに魔界との道閉じたのは間違いじゃねえんだろうけど……もうちょい遊んでもよかったな」
「そんなことしたらこの辺り一帯更地になってたかもしれないけどね」
「あっは言えてる〜。やっばい空気ビンビンだったもんね!」
口では各々好き勝手に言いがらも手は真剣に動かす。
ひと通り証拠を隠滅し終えた彼らはやっと一息つき、再び気を引き締めた。
彼らにとっての問題は悪魔を呼び出してしまったことではない。
いやそれも十分に問題なのだが、これから起こることのほうがよっぽど山場だった。
「お前たち、ここで何をしている」
怖い顔をした教師が数人、校舎の方から駆けて来た。
おそらく先ほど一瞬だけ悪魔が現れた際に放たれた魔力を感知し、この場までやって来たのだろう。
ローズが感知妨害の魔法をかけてはいたが、やはり間に合わなかったようだ。
初めから展開していたのならまだしも、一拍遅れた対応ではあれほどの魔力は隠しきれない。
「何と言われましても……ただ、敷地内を探索していただけです」
「この森にもか?」
「…あの、入ってはいけないところでしたか?」
レオンが答える。
その顔には少しの不安と困惑が浮かんでいた。
まだ学校のルールも魔導師としての善悪もいまいち分かっていませんよという新入生の顔。
なるほどこの男は演技派とみた。
「今さっきこの辺りから強い魔力を感じてねぇ。君たちの仕業かな?」
「少し魔法の練習はしていました…」
「なんでこんなところでしてたのかなぁ? 魔法の特訓には校舎内に専用の部屋が用意されてるはずだし、新入生の君たちももう説明は受けてるよねぇ?」
「…俺たち程度の魔法を他の人に見られるのは恥ずかしくて……人目のないところでやっていました。すみません……」
核心に触れるか触れないかギリギリのところでレオンはシラを切る。
残念ながらこの辺りに自分たち以外の人の気配は感じられない。
ここで何もやってません知りませんを貫いてしまっては、もしも真実がバレた時、なぜ嘘をついたのかと酌量の余地がなくなってしまう。
だから嘘はつかず、けれども全てを正直には語らない。
「お前たちのクラスは?」
「Bクラスです」
「それぞれの魔法属性は」
「風です」
「私は水」
「ぼくも水です」
「火っスね」
「そうか…」
きっと今、教師たちの中ではこの事実をどう判断するのかとてつもなく微妙なラインなのだろう。
この森から強く禍々しい魔力を感じたのは事実。
しかしそこにいた四人の所属はBクラス。
確かに優秀な生徒には分類されるが、果たしてあそこまで強い魔力を持っているのだろうか。
これがAクラスならばその可能性は十分に考えられる。
だがBクラスにそのような生徒がいるか否かは実に微妙なところ。
しかも一瞬感じたであろう魔力は魔族のもの。属性は闇そのものだ。
ルベルらの生徒情報は他の教師が調べ、それぞれが言った属性が虚偽でないことも確認済みのはずだ。闇属性ではない。
ともなれば、この森から感知した魔力は何かの間違いか。
この生徒たちには関係のないことなのか。
そう思考してくれれば非常に有り難い。
間違っても入学三日目で今日習ったばかりの召喚魔法をリスク承知で試していました、なんてアホな思考にはならないでほしいものだ。
「本当にただ魔法の練習をしていただけなのか?」
「はい。こんなところですみませんでした」
「……そうか。とにかくお前たちは早く帰りなさい」
「はい」
レオンを筆頭としてとにかく反省しているという表情が功を奏したのか、未だに訝しんではいるものの、なんとか教師からは解放された。
教師陣はまだこの森に用があるらしく、これからの動きを話し合っている。
学校敷地内で得体の知れない魔力が感知されたのだから、教師としてはその原因をつきとめておかねばならないのだろう。
四人は最後まで表情が緩まぬよう気をつけながら、校舎へ戻ろうとして。
「───おや、ここで何をしているんだい?」
その一歩を踏み出す前に出鼻を挫かれた。
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