モンスター肉バル居酒屋『珍肉食堂』

影津

第1話 勇者来店

「このコカトリスの卵煮込み。絵にしてみてもいいか?」


 緑の上着に黒のマント、背中には大剣を背負った男は間違いない……。近頃この片田舎タノンの町に出没するという勇者だ。


「ここは酒場だ。呑気に絵を描いてもらっちゃ困るな」


 俺が二メートルの体躯で上からどやしつけてもその勇者はあどけない顔でひひひと笑うだけだ。幼いのかじじいなのか分からない笑い方だな、おい。


「で、何飲むんだ?」


 俺の問いには答えない。テーブルの上には勇者が持参した紙一枚と、今こいつが注文したコカトリスの卵煮込み。コカトリスの卵は輪切りにして青白い白身とオレンジの黄身が毒々しい色合いを放つ。牛ひき肉の黒めのソースと煮込んでいるので煮汁は真っ黒。最後に上から胡椒をまぶしたんだが、あらびきなので黒いぶつぶつが浮き出ているように見える。見た目も味も濃いこの店オリジナルメニューだ。


 勇者がおもむろに取り出したのは何の変哲もない羽ペン。


 それが何かと問えば、こいつが言うには紙の上に落とすと羽根ペンが自走して勝手に絵を描くらしい。


「あーん? コカトリスの卵煮込みを絵にしてなんになるってんだ?」


 俺には到底理解できない。酒場は酒を飲むところだ。この勇者、本当に勇者か? 服はこざっぱりとしていて戦闘で汚れた形跡はなし。今夜は雨で、ぬかるんだ路地裏のこの店までわざわざやってくるしけた常連の一人も来ない。こいつ一人の貸し切り状態だからって好き勝手しやがって。


「もう描けたな」


 勇者は一人ごちる。羽根ペンは絵が完成すると同時に自走するのをやめた。

 卓上には精巧なコカトリスの卵煮込みの絵が完成していた。青白い白身は青色が抑えられていて、オレンジの黄身が強調されている。黒い煮汁と対比されていて見た目にもインパクト抜群。見た者の口からよだれを誘発する。そして何より驚いたのは、とても絵には見えない立体感を伴っていたことだ。

 紙の上に描かれたとは到底思えない。卓上に浮いているようにさえ見える。


 「こ、これは絵画か」


 俺の声が震えている。世には絵描きで商いをする人間もいるらしいが、こいつの描いた絵は絵の範疇を越えている。


「ほ、ほんもの見てぇだ」


「だろ?」


 勇者は誇らしげだ。だが、こいつ自身が描いたものではないのだが。


「恐ろしいな。こんなの誰が見ても絵だって気づかない。認めたくねぇが、宮廷に呼ばれるほどの腕前じゃねえか」


「悪いが、宮廷には行かない」


 勇者は自信ありげに答える。


「絵を売らないってのか?」


「ああ、あんたが金を払う」


「はあ? なんで俺が金を出さないといけないんだよ。俺は酒のつまみを提供し、お前さんが勝手に絵を描いた。それだけだ」


 勇者は首を振る。


「いいや。これは、あんたのためだ。あんたはこの絵に金を払わないといけない。広告料としてな」


「一体どういうこった」


「俺は旅をする者だ。あちこちでこの絵を見せびらかす。絵一枚で稼ぐのはそう簡単じゃないんだ。だから、あんたの店を宣伝する代わりに広告料をもらおうと思って」


「言ってることは分からんでもないが、一言言わせてもらう。ふざけるな」


 絵を見ただけで人間、店に行きたくなるもんだろうか。


「とりあえず、二万ヘルラでどうだ?」


「ふざけんな! こっちは店主だぞ。お前はコカトリスの卵煮込みを食いにきた客だろうが」


「ラム酒追加で」


「あいよ! ってごまかすな。……ったく」


 俺は勇者にラム酒を注いでやる。


「あと、ドラゴンのテールの皮肉も頼むわ」


「お、ドラゴン行くかい? こっちも噛み応えが楽しい一品よぉ」


 ドラゴンのテールの皮肉はその名の通りの尾の部分の皮だ。ぶにぶにの弾力、皮とはいえドラゴンの皮膚の分厚さは十センチ。大口を開けて食らいかなければならない肉厚さを誇る。老人は喉を詰めるから要注意と、品書きには書いてある。見た目は艶やかな緑で、断面は緑のスライム状。生で食べられる。難点は、喉に運ぶまでに鼻腔に刺さる尿みたいな臭いがあるため、女性客には不人気な食材だ。その代わり、おっさん連中にはラム酒との相性は抜群だと豪語して提供している一品。咀嚼すると滲み出る血生臭さと舌に残る濃い塩ダレが尾を引いて美味い。


「うーん。マスター、これは駄目だわ」


「駄目とはなんだ、こんちくしょう! 頭ごなしに否定する奴があるか」


 いちゃもんばかりつけてくる勇者だ。さっきのコカトリスの卵煮込みは手をつけていない! これは由々しき問題だ。


「お前さん分かってるか? 酒を飲むところだ。ここは」


「ああ。だから、注文してる」


「はぁ……」


 客入りの悪い雨の日に来てくれるのはありがてえがよ。出した品に手をつけず羽根ペンで絵ばかり描かれても困るんだって。


「お前さん、どこの勇者なんだ。こんな変な酒場に来なくたって、いい給料もらってんだろ?」


「まぁ、害獣駆除に飽きたってところかな。言うほど役所のくそじじいも羽振りがいいわけじゃなくてな。成功報酬は支払われるけど、保険はなくなったし深夜手当もない。あと、休日出勤手当もなくなってさー。まあ、若いからなんとかなるだろって言われて。どうしろと?」


「そ、そりゃ散々だなあ」


「だから、美味いものが食いたいんだ。あと、俺の大嫌いなモンスターが次々食べられていくのを見ると、ちょっと痛快じゃない? あ、そんなことより、このドラゴンのテールの駄目なところ、分ったかも」


「駄目だと?」


「そう。これ、どの角度から見ても緑なんだもんなぁ。食欲の減退する青色に片足突っ込んでる感じ」


「緑とはなんだ。ドラゴンのテールの皮なんだ。緑でなにが悪い。んなもんは、ドラゴンに文句を言って来いよ!」


「いや、俺がいいたいのは」


「文句があるなら食わなくていい」


「あ、待って待って」


 勇者はこれ見よがしに鼻の穴を広げてドラゴンの皮の臭いをかぐ。


「くっさ!」

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