第6章 四日日 第1話 起床

「……はっ!?」

 小春が目を覚ました時。最初に見えた光景は、和室の天井てんじようだった。どこかの和室で、横になっていることが、小春にはすぐに理解できた。この和室は、どこの家なのだろう?

 手足や頭を動かしてみると、問題なく動いた。どこかが痛いということもなく、身体に異常は見られない。小春は起き上がると、自らの身体からだと着衣を確認した。身体に傷やケガもなく、着衣の乱れもない。振り返ると、布団ふとんが敷かれていた。自分は布団の上に寝かされていたことを、小春はその時に知った。隣にも同じように布団が敷かれていて、そこでは夏代が寝かされていた。夏代の向こう側には、秋奈が寝かされている。反対側を見ると、布団の上で冬華が寝かされている。そして小春は、ようやくその和室がどこなのか、気づいた。

 ここは、紅楽荘の大広間だ。いつも団体客が泊まりに来た時に、宴会場として使っていた場所だ。小春も幼い頃に何度か、手伝いでビールや空になった食器を運んだことがある。

 さっきまでは、確か化野村から帰る途中でした。ウコンさんとサコンさんが用意してくれた列車で、無事に脱出できて……。

 小春が出来事を振り返っていると、廊下に繋がっている引き戸が開いた。

「……小春!」

 驚いた声に呼ばれて、小春は振り返る。そこには目を丸くした、光代がいた。

「……おばあちゃん!」

「小春!」

 光代は小春に駆け寄ると、小春の身体をあちこち触った。どこか異常が無いか、調べているみたいだった。

「き、気がついたのかい!?」

「うん。おばあちゃん、私は――」

 小春がそう云いかけた時。隣で横になっていた夏代、秋奈、冬華も起き上がった。

「うう……ん。ここは……?」

「あれ……? 二人のイケメンは……?」

「うーん……お腹空いたぁ……」

 それぞれが別々の言葉を口に出して、起き上がる。それを見て、小春はそっとため息をついた。

 どうやら、皆さん無事に、化野村から脱出して帰ってこられたみたいですね。それにしても、ウコンさんとサコンさんはどこに行ってしまったのでしょう? どこか、別の場所にいるのでしょうか?

 小春がそう思いながら、光代に訊こうとしたが、光代は立ち上がった。

「たたっ、大変じゃ!」

 光代は慌てて大広間を出ると、すぐに健一を呼びに行った。健一を連れて戻ってくると、健一はすぐにどこかへ電話をかけ始めた。驚きと焦りが混じった声で、健一は誰かと話していた。

「こっ……小春ちゃん……?」

「私たち、どうなったんだ……?」

 秋奈と夏代の問いに、小春は答えた。

「皆さん、ここは紅楽荘です。どうやら……みんなで無事に帰ってこれたみたいです」

 小春のその言葉に、冬華が安心して口を開いた。

「良かったぁー。もうお腹ペコペコだよぉ……」

「そうだな」

 冬華が云うと、夏代も頷いた。

「私も、お腹が空いた」

「私も! 何か食べたい!」

 秋奈も手を挙げて、そう告げた。

「おばあちゃんにお願いしたら、きっと何か作ってくれると思います。ちょっと、訊いてみますね」

「小春!」

 小春が立ち上がろうとした時、光代がやってきた。ちょうど今から探しに行こうと思っていた小春にとっては、ベストタイミングだった。

 お昼ごはんは何かと聞こうとしたが、光代が先に口を開いた。

「おばあちゃん。お腹が――」

「念のため、先生を呼んだから、一度診察してもらうの。いいね?」

「え……あ……は、はい……」

 光代の真剣な表情と言葉に、小春はそう返事をするしかなかった。



 その後、健一が往診カバンを手にした、ひとりの男性を連れてきた。男性は夏だというのに、ビジネスカジュアルの上に、白衣を着ている。男性からは、かすかだが薬品の臭いが漂っていた。

 その男性には、小春も見覚えがあった。神山村に唯一ある病院、宮田医院の院長先生だった。宮田先生と呼ばれていて、小春も幼い頃に熱を出したり、予防接種を受ける時には、いつも宮田先生のお世話になった。

 突如として訪ねてきた年上の医師に、三人が不審がっていると、小春は口を開いた。

「私もお世話になったことがある、お医者さんです。仏頂面ぶつちようづらですが、いい人ですよ」

 その言葉で、三人は少しだけ表情が柔らかくなった。

 宮田先生は往診カバンを置くと、小春たちの前でそっと膝をついた。

「それでは、これから念のため身体に異常が無いか、検査させてもらいます。よろしくお願いしますね」

 仏頂面には似つかわしくない、穏やかな口調で宮田先生は云った。

「宮田先生!」

 小春が、口を開いて尋ねた。

「あの……私たちは、どうしてここに……?」

「昨日のお昼ごろに、駅前で四人が倒れているのを、近所の人が見つけたんです。駐在さんが来まして、普段は見かけない、村にいる人じゃないため、すぐに身元は分かりました。駐在さんと消防団で紅楽荘まで連れてきた後、ここで寝ていました。もしものために、健一さんには何かあったら電話で連絡するようにと、お伝えしていました」

「それじゃあ、私たちは……?」

「おそらく、熱中症か何かで気分が悪くなって、倒れたのでしょう。昨日は特に暑い日というわけではありませんでしたが、日差しが強かったので、日射病につしやびようの可能性もあります。そのせいではないかと、思いますよ」

 それでは、診察を始めますよと、宮田先生は往診カバンを開いた。

 宮田先生は手足に傷や打撲後が無いか、熱が無いか、心音は大丈夫かなど、かなり細かく診察をしていった。宮田先生しかおらず看護師が居ないため、小春以外の三人は少し不安な表情をしていた。しかし最初に小春が、安心しながら宮田先生の診察を受けた後には、緊張しつつも小春と同じように診察を受けた。

 夏代、秋奈、冬華の順番で診察を受け、終わってから宮田先生はその場でカルテを作成した。その後、心配していた健一と光代に「特に異常は見受けられませんでした」と診察結果を告げると、健一の運転する車で帰っていった。

 診察が終わると、小春たちのお腹が盛大に鳴った。

「すっかり、お腹空いちゃったねぇ……」

「早く何か食べたいよぉ」

 秋奈と冬華が、衣服を直しながら云う。

「というか、今は何時なんだ?」

 夏代の言葉で、小春たちは一斉にスマートフォンを取り出した。

 画面に表示された時間は、昼前を指し示していた。

「私、おばあちゃんにお昼はいつになるか、訊いてきます!」

 小春は立ち上がると、台所へと向かって行った。

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