第12話 そうして僕らはすれ違う
オレはそのまま横を向いていた。ウサミの顔は見られなかった。
怒ってるかな? それともあきれてるか?
昨日は一晩中考えてた。本当に殺るべきなのか、そうじゃないのか。あるいは引き返してババアを殺るべきなのか。考えれば考えるほど分からなくなった。しまいには、何を考えてるのかも分からなくなった。
だから結局言えるのは、分かんなくなった、つまんなくなった、ってことだ。正直、冷めた。
ババアを許したワケじゃねえ。絶対に。だが、ババアのことはどうせ殺しても殺し足りねえ。なら、殺す意味もねえ。その必要も。
代わりを殺したって殺し足りねえ、それに間違いなくメンドくせーことになる。それじゃ余計つまんねー。だからそう……無しだ。
そんな風に結論づけた。ついさっき、やっと。
イヌイに言われても、僕は何も考えられなかった。きっと、僕の中でも考えないようにしていたことなのだろう。
だから、僕は今も考えなかった。笑うように短く息を吐いた。唇の端を吊り上げる。
「知るか。殺すんだよ、そのつもりで来てんだろ? そのつもりで生きてんだろ」
思い出していた。橋の欄干に立って川をのぞき込んでいたあのときのことを。イヌイに突き落とされたときのことを。イヌイと話したこと、人殺しを持ちかけたこと、刀を手に入れたこと、研ぎ上げた日のこと。
あのとき君は笑っただろう。なのに今さら、つまらないと?
刀のバッグを握りしめる。鞘の中で、刀身が揺れて音を立てた。
「……殺すよ」
イヌイはわずかに首を動かし、弾かれたように素早く僕を見た。ほんの少し、ベンチの上で後ずさったのが見えた。
「殺すよ、殺すんだ一緒に、誰でもいい。それから考えよう……ほら、来たぞ」
駅のそばの道を、僕たちと同い年くらいの男が通りかかる。ジャンパーの下はジャージ、手にはコンビニの袋を提げていた。
僕は駅を出て、男の後ろをつけ始める。イヌイが遅れて続いた。
やがて住宅街に入ったところで、男が角を曲がった。
「僕が回り込む、君はこのまま後ろから行け」
イヌイの方を見ずにそう言って、僕は駆け出した。背中の刀と荷物が揺れるのを感じながら全力で走る。一つ先の角を曲がり、その先をまた曲がる。次の角を曲がった先に男がいる、逃がしはしない、逃げ場なんかない。逃がすものか。
息を切らして走り、角を曲がる。そこには、イヌイが突っ立っていた。
頭をかきながら、イヌイは横の家を指差す。
「そこ、入ってったぜ」
僕は立ち止まり、体をかがめてひざに手をついた。息を整えてから言う。
「……本当にか?」
イヌイは眉間にわずかなしわを寄せ、目を細めた。鼻から長い息をつく。
「ウソだと思うか? オレが逃がしたって? 何言ってんだ、他に逃げ場なんかねーだろ」
僕は歯を噛みしめる。顔が歪むのが、額が熱を帯びてくるのが自分で分かった。
イヌイが言う。
「どーするよ、家ン中まで追いかけるか?」
反射的にイヌイをにらむ。
「するわけないだろ!」
頭をかきむしる。整えたはずの呼吸がまた荒くなっていた。
「次だ、次だよ次、探すんだ次を! 来いよ」
イヌイの方を見ず、早足で歩き出した。たとえ来なくても一人でやるつもりだったが、足音は後ろに続いていた。
駅には戻らず、足の向くままに歩く。二人とも何も喋らなかった。
どれほどそうしていた頃か。僕の前を女が横切った。僕らと同い年ぐらいの。
その女を見たとき、全身が固まった。気のせいだと、こんな偶然なんかあり得ないと思った。そうでなければ見間違いか、よく似た女なのだと。
住宅街の前の道を、永塚が横切っていった。
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