1-2 NORTH CANAL
観光地から少し離れた住宅街に、雪乃は住んでいた。
子供の頃から成人するまで住んでいたのは大阪で、雪乃が短大を卒業するのを待って家族で小樽に引っ越した。
雪乃は最初、高校の修学旅行でここを訪れて。
両親はその後、雪乃を連れて家族旅行で来て。
まるでこの街に誘われているように、引っ越す話はすぐに決まった。
「観光客は増えるけど、人口は減ってるらしいのよねぇ」
実際、高松家が引っ越した場所は住宅街なのにあまり人の気配はなく、観光客にはすこし分かりにくい場所にあった。それでもここを選んだのは、観光客たちに昔のままの小樽運河を見てもらいたかったから。
『NORTH CANAL』
そう書かれた木製の看板が迎えてくれるのは、ゲストハウスを兼ねた高松家。
ゲストハウスをしたい、というのは母・
だから高松家は、彼らには本当に感謝している。
「お礼にさぁ、ユキ、デートしてよ」
という大輝の言葉には、雪乃は乗らなかったけれど。
ちなみに、ゲストハウスの収入は不安定なので、父親には平日、札幌でサラリーマンをしてもらっている。これがなければ高松家は、きっと暮らせない。
もちろん、紹介サイトに登録したし、俥夫たちにも、もし宿泊先を決めていない観光客がいれば、控えめで良いので勧めてもらうようにお願いしている。口コミを見て泊まりに来る客は増えたけれど、残念ながら、俥夫からの紹介で来た人は今のところいない。
玄関のドアを開けると、一人の青年が廊下に雑巾をかけていた。
「ただいま、ノリさん、何してるんですか?」
ノリアキはNORTH CANALの宿泊客で、毎年の常連だった。仲間と東京からスキーに来ているようで、いつも連泊してくれている。今年も昨日到着して、今日は朝から出かけていたはずだ。
「ああ、雪乃ちゃん、おかえり。さっき荷物片付けてて、汚しちゃったから掃除……はい、終わり」
他のみんなは晩ご飯の準備してるよ、と言いながら立ち上がり、ノリアキは雑巾を洗いに行った。
雪乃がリビングに顔を出すと、律子がスキー客たちと夕食の支度をしていた。ゲストハウスの食事は特に決めていないけれど、今日は特に冷えるので、みんなで鍋を囲むらしい。リビングの入り口付近にいたモモが雪乃に気付き、挨拶をした。
「何の鍋?」
「何だろうね? とりあえず何でも入れちゃえ、的な?」
モモは雪乃より一つ年上で、東京の会社でOLをしている。ちなみに一緒に来ているメンバーは全員、同じ会社らしい。
「あら雪乃、帰ったの? 荷物置いて、手伝って」
「はーい……。あっ、アカネさん、また綺麗になりました?」
律子と一緒に材料を切っていたアカネは、いつも肌の手入れを念入りにしていた。雪乃よりも、モモよりも年上だけれど、本当に肌は綺麗だ。
「そうそう、こないだ出た化粧水が良くってね!」
アカネは嬉しそうに新商品の話を始めたけれど、
「綺麗だとしても、年齢がなぁ……」
キッチンから追い出されていたらしいジローが、座って待ちながら笑っていた。
「ちょっとジロー、いま何か言った? 年齢が何だって?」
「いやぁ、なんでも」
「あんたも私と一つしか変わらないくせにー。来年には三十路なんだからね」
怖い顔をしながら材料を運ぶアカネから逃げるように、ジローはドアの方へ移動した。ちょうど雑巾を洗って戻ってきたノリアキが入ってきて、「なに、またケンカ?」と笑っていた。ちなみにノリアキの年齢はアカネと同じだ。
残念ながら、父親がまだ帰宅していなかったけれど。温まったし、食べましょう、という律子の合図で、NORTH CANALは夕食になった。
今日は楽しい夜だけれど、もちろん、誰も泊まらず静かな日だってある。
みんなが別々の食事の日だってある。
出身地が同じ客と盛り上がる日もあれば、外国人客に戸惑うこともある。
「そういえば雪乃に言ったっけ? モモちゃんとノリくん、東京に戻ったら結婚するって」
「えー本当ですか? おめでとうございます!」
そして、常連客のそんな情報も気になってたりする。
雪乃はどうなのかと聞かれながら、そんな相手いませんよー、と笑いながら、大輝の影がちらついたので、それは否定しながら……。
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