第38話 山本星海と作戦会議

【登場人物】

山本 星海やまもとそら……十七歳。高校二年生。魔王。初心者魔法使い。



「まぁ、そりゃそうだ。でも面白いもんだな、魔法って。頭に浮かぶレシピ通りにやるだけなんだが、ちゃんと魔法が出るんだよ。ビックリだ」


 星海は何も無い空を見、新しい体験に目を輝かせた。



「そこは捨てていこう」

『し、しかし魔王さま』


 執務室のデスクについた星海は、親衛隊隊長のマルスから、軍の再編について説明を受けていた。

 そこで、四天王と護魔球イビルオーブの関係について聞いたところだ。

 それに対しての、星海の回答だ。


 星海の周りには、軍服を着た五人の若い魔族がいた。

 現役貴族だけあって、皆、よくよく見ると、知性や育ちの良さがにじみ出ている。


 天使の輪が浮かぶ、綺麗な黒い長髪をした細目がフォボスだ。

 紫髪でメガネを掛けているのがスピカ。

 金髪で、星海とほぼ同世代の若いのがベガ。

 緑髪を短く整えているのがリゲル。

 そして、ウェーブの掛かった赤髪が五人の中のリーダー格でもある、新生魔王軍の親衛隊隊長であるマルス。


 この五人の貴族が、星海の腹心となる。

 五人とも、こう見えて真面目なようで、皆、配られた資料にビッシリ、メモを書き込んでいる。


「勇者は魔王城に攻め込む為に、護魔球イビルオーブを壊さなきゃいけない。つまり、オレが勇者と一戦交える為には、どっちみち護魔球を割られなくっちゃならないんだ。な? 割られるの前提なのに、いい人材を置いてどうするよ。こっちがその間に行う作戦遂行ついこうの為の時間稼ぎができればいいだけなんだ。いい人材がいるなら、お前らの軍勢に入れておけ」

『そういうことですか。納得しました。では、どういった人材をあてがいましょうか』

「この戦いに反対してそうなヤツがいいな。でも給料の為には表向きちゃんと仕事をしなきゃならない。そんなヤツが相手なら、勇者も極力戦闘を避けようとするだろう。そしたら結果的に、塔の犠牲も減るだろうよ」

『確かに。ですが、それはそれで人選が難しそうですね。職業軍人は皆、戦闘意欲に燃えておりますから』

「いや、別に軍人限定で探さなくていいんだぞ。むしろ……」


 美人受付嬢のアニス=リーヴが人数分のお茶を持って部屋に入ってきた。

 内密の会議ゆえ、皆、一様に押し黙る。

 と、アニスの様子を見ていた星海が、口を開いた。


「アニスさん、キミ、四天王やってみる気ない?」

『は?』


 全員、驚愕の視線で星海を見る。

 アニスの顔が引きつる。


『ご冗談はおやめ下さい、魔王さま』

「いやいや。冗談でこんな事は言えないよ。キミには才能がある。オレはそういう隠れた能力を見抜く力があるから分かるんだよ。キミならいける!」


 キャバ嬢の勧誘か詐欺師かと思うくらい、星海の口から、真実味ゼロの軽薄な言葉がスラスラ出てくる。

 だが、そういううわつらの口説き文句に慣れていないのか、意外にもアニスも満更では無さそうな反応をしている。


「新しい自分の可能性に気付く良い機会だと思うよ。心配なら補助付けるし。給料もグンと上がるしさ。どうだろう」

『お、お給料……』


 アニスが傍目はためにも分かるくらい動揺している。

 受付嬢は、そんなに薄給はっきゅうなのだろうか。


 星海が何かを自分の資料の裏の白紙スペースにサラサラっと書いて、マルスに見せた。

 マルスは親衛隊の隊長ではあるが、伯爵家の嫡男ちゃくなんでもあるので、実家で家業に関してみっちり仕込まれていた。

 その為、数字に強い。

 そこを買って、星海は魔王軍の経理も任せていた。


 マルスは一瞬目を剥いたが、斜線で消し、代わりに何かを書く。

 それを星海が更に斜線で消し、何かを書く。

 数回そんなやり取りをした後、星海は、頭を抱えているマルスを背に、アニスに向かって、書かれた部分を見せた。


「こんなもんでどう?」


 アニスが覗き込む。

 思わず、アニスが両手で口を押さえる。


『そ、そんなに頂けるんですか? ま、前向きに検討させて下さい』


 アニスが慌てて部屋から出て行った。

 星海が会議メンバーの方に振り返る。


「とまぁ、こんなもんでいいのさ、時間稼ぎ要員なんて。職業軍人相手なら平気で戦える勇者も、元受付嬢が相手となると、さぞかしやり辛いだろうぜ」

『分かりました。早速人選に取り掛かります』


 星海は、アニスの置いていったお茶を手に取り、口に含んだ。


「フォボス、例の件、どうなってる?」

『ゴブリン部隊ですね? 順調にフォーメーションを覚えていってます。今すぐ投入しても、小さな町程度なら難なく制圧出来ます』


 黒髪ロングの魔族が報告する。

 星海が頷く。


「よしよし、その調子で鍛えてやってくれ、フォボス。勇者の出現ポイントが確定し次第、大規模転送を掛けるからな。ギリギリまで調整頼むぞ」

『おまかせを!』


「スピカ、例の寄生生物の件、どこまで進んだ?」


 星海が、紫色の髪にメガネを掛けた魔族に声を掛ける。

 普段は鋭い目つきで、全方位にガン飛ばしをしているように見えるのだが、星海はすでに、彼が単純に目が悪いだけと分かっている。

 そんな彼が、メガネを掛けると途端に優秀に見えるから不思議だ。


『魔王さま作成の寄生生物ですが、無事培養に成功。すでに各支部への配送も開始しております。飛行タイプのモンスターによる散布も順調に進んでおり、現地ではすでに寄生を開始しております。今は、順次追加分を発送している状況です』

「状態、見られるか?」

『そう言われるかと思って、とりあえず現地二ケ所と映像を繋げております。ではまず、東方のカルダラ諸島から』


 スピカが出した魔法ボードの表面が揺らめき、そこに映像が映る。

 森の中で草を食むウサギが映っている。


 カメラが近くまで寄る。

 額に生えたツノと、口からはみ出るほど長い牙が映る。

 目も赤く、見るからに凶暴化している。


 ツノにズームする。

 寄生生物の本体も、問題なく活動しているようだ。

 ウサギの可愛さが台無しだが、魔物としては申し分ない。


「いいね。次、頼む」


 スピカがまた魔法ボードをいじると、ボードの表面が揺らめき、今度は岩場が映る。

 オオカミの群れだ。

 カメラが寄ると、ウサギ同様、異様なほど長いツノと牙が生え、目を赤くしている様子が映る。


「うん、問題は無さそうだな。作成時、呪文で勇者への憎しみを植え付けたから、勇者と遭遇したら、無条件で襲いかかってくれるだろう。勇者も閉口するだろうぜ、きっと」

『ご満足して頂けたようで何よりです』


 スピカが魔法ボードを片付ける。


「じゃ次、ベガ。潜入班の様子は?」


 金髪の、この中では最年少のベガが資料をめくる。

 星海と同学年くらいだろう。

 幼さが目立つ。


『資料にも記載した通り、順調に事は進んでおります。ワルダラットの王子は、すでに我が部下の憑依ひょういを受けておりまして、内部より、護聖球セントオーブ在り処ありかを探っております。こちらは捜索、発見とも、時間の問題かと思われます。ただ、もう一方の方で少々問題が……』

「ん? なんだ、言ってみろ」

『ユールレインの王弟ですが、思った以上に資金がかさんでおります。魔王さまへの忠誠を示し、寄生生物も無事飲み込んだので、これから更に向こうに寝返ることも無いとは思うのですが、この王弟は部下からの信頼が皆無なので、周囲を広範囲に抱き込まねばならず、その辺りへの工作資金が余計に掛かってしまいまして……』

「あぁ、確かにそんな感じだったな、アイツ。とはいえ、無事抱き込んでしまえば、後がかなり楽になるからな。マルス、オレからも頼む。ここは少し融通ゆうずうしてやってくれ」


 マルスが渋い顔をする。


「頼むよマルス、何とか予算から捻出ねんしゅつしてくれ」

『マルス……』


 星海とベガが揃ってマルスを見る。

 マルスがため息をつく。


『はいはい、分かりました! 何とかします』


 星海とベガが、顔を見合わせ、ハイタッチする。

 そうしてみると、この二人が年齢が近いのと相まって、親友同士に見える。


「あとは、リゲル。提出してくれた各作戦案に関してだが、これで問題無い。というより、現役士官だけあって流石だ。オレ如きには文句の付けようが無い。作戦立案についてはリゲルに基本、一任するよ。オレはタイミングを見て、ゴーサインを出すだけだ」

『魔王さま……』


 緑色の髪をした魔族が、困惑の表情を浮かべる。


「餅は餅屋ってヤツさ。素人が口を出すべきじゃない。あぁ勿論、責任はこちらが取るから、安心して作戦の立案をしてくれ。期待しているぞ」

『ははっ!』


 星海が立ち上がって伸びをする。


「さ、じゃあ、今日の会議は終了だ。オレはこれからまた、魔界見学ツアーに行ってくる。夜まで留守にするからそのつもりで」

『行ってらっしゃいませ!』


 魔王軍の幹部魔族五人が直立立ちで見送った。

 魔王・山本星海が部屋から出ていくと同時に、皆、室内の片付けを始める。

 ホワイトボードを部屋の隅に運びながら、星海と同年代のベガが振り返る。


『……デートの相手って、アニスさんでしょ?』

『デート? ただの案内だろ?』

『どうかなぁ……』

『魔王さまが幸せであればそれでいいよ、オレは』


 皆、思い思いの感想を言って、部屋から出た。

 魔王軍の作戦は、順調に進んでいるようだ。


 勇者・時坂杏奈がここ、異世界ヴァンダリーアに降臨するまで、あと少し……。

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