第38話 山本星海と作戦会議
【登場人物】
「まぁ、そりゃそうだ。でも面白いもんだな、魔法って。頭に浮かぶレシピ通りにやるだけなんだが、ちゃんと魔法が出るんだよ。ビックリだ」
星海は何も無い空を見、新しい体験に目を輝かせた。
「そこは捨てていこう」
『し、しかし魔王さま』
執務室のデスクについた星海は、親衛隊隊長のマルスから、軍の再編について説明を受けていた。
そこで、四天王と
それに対しての、星海の回答だ。
星海の周りには、軍服を着た五人の若い魔族がいた。
現役貴族だけあって、皆、よくよく見ると、知性や育ちの良さが
天使の輪が浮かぶ、綺麗な黒い長髪をした細目がフォボスだ。
紫髪でメガネを掛けているのがスピカ。
金髪で、星海とほぼ同世代の若いのがベガ。
緑髪を短く整えているのがリゲル。
そして、ウェーブの掛かった赤髪が五人の中のリーダー格でもある、新生魔王軍の親衛隊隊長であるマルス。
この五人の貴族が、星海の腹心となる。
五人とも、こう見えて真面目なようで、皆、配られた資料にビッシリ、メモを書き込んでいる。
「勇者は魔王城に攻め込む為に、
『そういうことですか。納得しました。では、どういった人材をあてがいましょうか』
「この戦いに反対してそうなヤツがいいな。でも給料の為には表向きちゃんと仕事をしなきゃならない。そんなヤツが相手なら、勇者も極力戦闘を避けようとするだろう。そしたら結果的に、塔の犠牲も減るだろうよ」
『確かに。ですが、それはそれで人選が難しそうですね。職業軍人は皆、戦闘意欲に燃えておりますから』
「いや、別に軍人限定で探さなくていいんだぞ。むしろ……」
美人受付嬢のアニス=リーヴが人数分のお茶を持って部屋に入ってきた。
内密の会議ゆえ、皆、一様に押し黙る。
と、アニスの様子を見ていた星海が、口を開いた。
「アニスさん、キミ、四天王やってみる気ない?」
『は?』
全員、驚愕の視線で星海を見る。
アニスの顔が引きつる。
『ご冗談はおやめ下さい、魔王さま』
「いやいや。冗談でこんな事は言えないよ。キミには才能がある。オレはそういう隠れた能力を見抜く力があるから分かるんだよ。キミならいける!」
キャバ嬢の勧誘か詐欺師かと思うくらい、星海の口から、真実味ゼロの軽薄な言葉がスラスラ出てくる。
だが、そういう
「新しい自分の可能性に気付く良い機会だと思うよ。心配なら補助付けるし。給料もグンと上がるしさ。どうだろう」
『お、お給料……』
アニスが
受付嬢は、そんなに
星海が何かを自分の資料の裏の白紙スペースにサラサラっと書いて、マルスに見せた。
マルスは親衛隊の隊長ではあるが、伯爵家の
その為、数字に強い。
そこを買って、星海は魔王軍の経理も任せていた。
マルスは一瞬目を剥いたが、斜線で消し、代わりに何かを書く。
それを星海が更に斜線で消し、何かを書く。
数回そんなやり取りをした後、星海は、頭を抱えているマルスを背に、アニスに向かって、書かれた部分を見せた。
「こんなもんでどう?」
アニスが覗き込む。
思わず、アニスが両手で口を押さえる。
『そ、そんなに頂けるんですか? ま、前向きに検討させて下さい』
アニスが慌てて部屋から出て行った。
星海が会議メンバーの方に振り返る。
「とまぁ、こんなもんでいいのさ、時間稼ぎ要員なんて。職業軍人相手なら平気で戦える勇者も、元受付嬢が相手となると、さぞかしやり辛いだろうぜ」
『分かりました。早速人選に取り掛かります』
星海は、アニスの置いていったお茶を手に取り、口に含んだ。
「フォボス、例の件、どうなってる?」
『ゴブリン部隊ですね? 順調にフォーメーションを覚えていってます。今すぐ投入しても、小さな町程度なら難なく制圧出来ます』
黒髪ロングの魔族が報告する。
星海が頷く。
「よしよし、その調子で鍛えてやってくれ、フォボス。勇者の出現ポイントが確定し次第、大規模転送を掛けるからな。ギリギリまで調整頼むぞ」
『おまかせを!』
「スピカ、例の寄生生物の件、どこまで進んだ?」
星海が、紫色の髪にメガネを掛けた魔族に声を掛ける。
普段は鋭い目つきで、全方位にガン飛ばしをしているように見えるのだが、星海はすでに、彼が単純に目が悪いだけと分かっている。
そんな彼が、メガネを掛けると途端に優秀に見えるから不思議だ。
『魔王さま作成の寄生生物ですが、無事培養に成功。すでに各支部への配送も開始しております。飛行タイプのモンスターによる散布も順調に進んでおり、現地ではすでに寄生を開始しております。今は、順次追加分を発送している状況です』
「状態、見られるか?」
『そう言われるかと思って、とりあえず現地二ケ所と映像を繋げております。ではまず、東方のカルダラ諸島から』
スピカが出した魔法ボードの表面が揺らめき、そこに映像が映る。
森の中で草を食むウサギが映っている。
カメラが近くまで寄る。
額に生えたツノと、口からはみ出るほど長い牙が映る。
目も赤く、見るからに凶暴化している。
ツノにズームする。
寄生生物の本体も、問題なく活動しているようだ。
ウサギの可愛さが台無しだが、魔物としては申し分ない。
「いいね。次、頼む」
スピカがまた魔法ボードをいじると、ボードの表面が揺らめき、今度は岩場が映る。
オオカミの群れだ。
カメラが寄ると、ウサギ同様、異様なほど長いツノと牙が生え、目を赤くしている様子が映る。
「うん、問題は無さそうだな。作成時、呪文で勇者への憎しみを植え付けたから、勇者と遭遇したら、無条件で襲いかかってくれるだろう。勇者も閉口するだろうぜ、きっと」
『ご満足して頂けたようで何よりです』
スピカが魔法ボードを片付ける。
「じゃ次、ベガ。潜入班の様子は?」
金髪の、この中では最年少のベガが資料をめくる。
星海と同学年くらいだろう。
幼さが目立つ。
『資料にも記載した通り、順調に事は進んでおります。ワルダラットの王子は、すでに我が部下の
「ん? なんだ、言ってみろ」
『ユールレインの王弟ですが、思った以上に資金がかさんでおります。魔王さまへの忠誠を示し、寄生生物も無事飲み込んだので、これから更に向こうに寝返ることも無いとは思うのですが、この王弟は部下からの信頼が皆無なので、周囲を広範囲に抱き込まねばならず、その辺りへの工作資金が余計に掛かってしまいまして……』
「あぁ、確かにそんな感じだったな、アイツ。とはいえ、無事抱き込んでしまえば、後がかなり楽になるからな。マルス、オレからも頼む。ここは少し
マルスが渋い顔をする。
「頼むよマルス、何とか予算から
『マルス……』
星海とベガが揃ってマルスを見る。
マルスがため息をつく。
『はいはい、分かりました! 何とかします』
星海とベガが、顔を見合わせ、ハイタッチする。
そうしてみると、この二人が年齢が近いのと相まって、親友同士に見える。
「あとは、リゲル。提出してくれた各作戦案に関してだが、これで問題無い。というより、現役士官だけあって流石だ。オレ如きには文句の付けようが無い。作戦立案についてはリゲルに基本、一任するよ。オレはタイミングを見て、ゴーサインを出すだけだ」
『魔王さま……』
緑色の髪をした魔族が、困惑の表情を浮かべる。
「餅は餅屋ってヤツさ。素人が口を出すべきじゃない。あぁ勿論、責任はこちらが取るから、安心して作戦の立案をしてくれ。期待しているぞ」
『ははっ!』
星海が立ち上がって伸びをする。
「さ、じゃあ、今日の会議は終了だ。オレはこれからまた、魔界見学ツアーに行ってくる。夜まで留守にするからそのつもりで」
『行ってらっしゃいませ!』
魔王軍の幹部魔族五人が直立立ちで見送った。
魔王・山本星海が部屋から出ていくと同時に、皆、室内の片付けを始める。
ホワイトボードを部屋の隅に運びながら、星海と同年代のベガが振り返る。
『……デートの相手って、アニスさんでしょ?』
『デート? ただの案内だろ?』
『どうかなぁ……』
『魔王さまが幸せであればそれでいいよ、オレは』
皆、思い思いの感想を言って、部屋から出た。
魔王軍の作戦は、順調に進んでいるようだ。
勇者・時坂杏奈がここ、異世界ヴァンダリーアに降臨するまで、あと少し……。
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