第42話、アピアの話

 ルイさんの店は、いろんなものが置いてあった。

 武器防具、道具、日用品。服や靴。カウンターのケースには高級そうな宝石などもある。

 物が多い。だが、質もいいのが揃っている。

 俺とアピアは、宝石を眺めていた。


「すごいです。これ、エメラルドストーンですよ」

「エメラルドストーン。確か、エメラルドワイバーンの心臓から取れる鉱石だっけ」

「はい。エメラルドワイバーンは討伐が難しい魔獣の一種で、中には鉱石を持たない子もいるんです。これだけの大きさを持つエメラルドストーンはかなり貴重です」


 値段は大金貨800枚。かなりの値段だ。


「ん~……私の趣味には合いませんね」

「あはは。アピアは水色が好きだもんな」

「え!? なな、なぜそれを?? だ、誰にも言ってないのに……リュウキさん、すごいです!!」

「あ、ああ……」


 だって、髪の色と目の色は水色だし。着てる服や小物も水色で統一してるから。

 これで「ピンクが好きです!」とはならないだろ。

 

「お、それなら……これはどうだ?」

「え……? あ……」


 俺は、水色の宝石で作られたイヤリングを指さす。

 アピアは「わぁ……」と、魅入っていた。

 値段は、大金貨100枚か……なんか金銭感覚狂うな。


「ルイさん、これください」

「はい、ありがとうございます」

「りゅ、リュウキさん!?」

「アピアには迷惑かけたからな。お詫びの気持ちだ」

「迷惑……?」

「ダンジョンで、俺が暴走した時だ」

「そんな。私たちは何も」

「俺も、全く覚えていない。でも……みんなを怖がらせた責任はある」


 俺は、レイさんから包みを受取り、アピアへ渡す。

 アピアは嬉しそうに胸に抱き、笑顔で言った。


「ありがとうございます。嬉しいけど……お礼なら、レイちゃんにも渡すんですよね」

「ああ。レイの場合、焼肉でも奢れば喜びそうだけどね」

「ふふっ、それはダメですよ?」

「え、なんで?」

「……もう、鈍感さんですね」

 

 よくわからないけど、アピアは嬉しそうだった。


 ◇◇◇◇◇


 アピアと一緒に、近くのカフェでお茶をしたり、商店通りを歩いて面白そうな店を覗いたり、公園のベンチでアイスを食べたりして過ごした。

 お昼はアピアがおススメする喫茶店のサンドイッチ。貴族令嬢なのに、平民の飲食店にやたら詳しい。


「その、趣味なんです」

「趣味?」

「はい。貴族御用達のお店ももちろん知ってますけど、その……あまり趣味じゃないというか。それに、買い物しようとすると、お店の方から商品を持って屋敷のテーブルに並べたりするので……」


 確かに、貴族の買い物はそういうもんだ。

 店にはいかない。店を呼ぶ。店に行くのは従者。

 アピアは、そういうのが嫌らしい。


「私、平民の……ううん、町の人たちのお店、大好きです。あったかくて、みんな笑顔で……」

「わかる。俺も同じ気持ちだ」

「……えへへ」


 アピアは嬉しそうに笑った。

 サンドイッチを食べ終え、のんびり紅茶を飲む。

 カップ半分ほど飲み終え、俺はアピアに聞いた。


「な、俺に言いたいこと、あるんだろ?」

「……!」

「お前が急に俺を誘って出かけた理由、そろそろ話してほしい」

「……わかりました」


 アピアは、自分のカバンから一冊の本を出す。

 そこには、『真龍聖教の教え』と書かれていた。


「真龍聖教……?」

「はい。我が家は代々、真龍聖教の信者なのです。私も……幼いころから、この本を読んだり、真龍……エンシェントドラゴン様の昔話を聞いて育ちました」

「そうなのか……ん? エンシェントドラゴン?」

「はい! 枢機卿リンドブルム様がおっしゃるリュウキくん、あなたがエンシェントドラゴン様の『化身』であるなら、ぜひぜひ、父と母に会っていただきたいのです!!」

「え。ってか化身って……俺、べつに化身とかじゃ」

「真龍聖教を崇拝する貴族は多いです。私の実家マーキュリー侯爵家を含めて……」

「待った待った。貴族が、宗教に?」

「はい。ところでリュウキくん、クロスガルドの貴族はご存じですか?」

「……知らない」


 というか、興味ない。

 すると、アピアは指を鳴らす……セバスチャンさんが現れ、羊皮紙をバッと開いた。

 そこに書かれていたのは。


「クロスガルドには二つの公爵家、四つの侯爵家が大きな力を持ち、それ以外の貴族はこの六つの爵位を持つ貴族の下に付いています。サン公爵家、ムーン公爵家。マーズ侯爵家、サターン侯爵家、ジュピター侯爵家、そして我が家であるマーキュリー侯爵家。そのうち、ムーン、サターン、マーキュリー侯爵家が真龍聖教の信者です」


 長い説明ありがとうございます。たぶん役に立たん知識だけど。


「もし、エンシェントドラゴン様の化身であるリュウキくんが真龍聖教に来てくれたら……」

「悪い。遠慮しておく」


 俺はアピアが言い切る前に言った。

 

「ごめん。俺……真龍聖教に興味はないんだ。エンシェントドラゴンを信奉するのはいいと思う。でも、俺にとってエンシェントドラゴンは信仰の対象じゃなくて、恩人みたいなモンなんだ。祈ることじゃなくて、あいつがくれた力に恥じないように鍛えることで恩を返したい」

「……」

「アピア。俺に期待してたなら謝る。でも……友人として、これからも仲良くして欲しい」

「……わかりました。ごめんなさい、私……自分のことばかりで、勝手でした」

「いいよ。それと、ありがとな」

「……え?」

「エンシェントドラゴン。あいつも、最後は寂しいとか言ってたけど……こんなにも想って、祈ってくれる人がいるってわかった。それだけでも、俺はうれしい」

「リュウキくん……」


 俺は、残った紅茶を飲み干した。

 そのまま立ち上がろうとすると。


「あ、あの……その、実はもう一つ、お願いが」

「ん?」

「その……一か月後に、真龍聖教のムーン公爵家が開催するパーティーがあるんですけど、その……私、パートナーがいないんです。リュウキくん……私のパートナーとして、夜会に参加してくれませんか?」

「え」

「その、真龍聖教とか、エンシェントドラゴン様とか関係なく、『私のパートナー』として参加して欲しいんです。一人だと……その、まだ婚約者のいない令嬢として見られて、その」

「……あー」


 アピアみたいな美少女が、婚約者なしでパーティーに参加したら……まぁ、婚約者に名乗り出る男はいっぱいいるだろうな。

 

「私、やっと冒険者になれたんです! その……婚約者なんてできたら、自由に冒険できなくなっちゃいます。それは……いやです」

「…………」

「お願いします。私の婚約者として、夜会に参加してくれませんか?」

「…………まぁ、仕方ない。わかった」

「ありがとうございます!!」


 アピアは一気に笑顔になり、残った紅茶を飲み干した。

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